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19の夏。エメラルドグリーンの海。初恋。③ 完
しおりを挟む夏休みが終わる。
俺が帰るその日は、あっという間にやってきた。
俺たちは離れるのが名残惜しくて、ビーチで長い時間を一緒に過ごした。
太陽の熱が身体の中に蓄積されて、それを吐き出そうとするみたいに、毎日お互いの身体を激しく貪っては熱を発散していた。
一時の感情。一瞬の夏の恋。
それがお互いわかっていたけれど、離れるなんて出来る訳が無いと思うほどに、俺たちは濃密な時間を共有していた。
どうして夏は終わってしまうんだろう。
夏の恋は、夏が終わると途端にその効力を失う。
「莉斗・・・」
俺たちはお互いのことを何も知らない。
そうであればどんなに良かっただろう。
今やもうお互いの顔を見ればそれだけでほとんどのことが手に取るようにわかってしまう。
「タクミ・・・」
ーーー行かないで。
莉斗の顔にそう書いてあった。
ーーー離れたくない。
俺たちはお互いの境遇も住んでいる土地も違ったし、それぞれに成し遂げなければならないことがたくさんある。
発展途上の二人は、このビーチでの思い出を胸に分かれた道を行くしかなかった。
空港まで行く、と言った莉斗の申し出を俺はやんわりと断った。
このビーチの外は現実で、俺たちはここから一緒に出てはいけない気がしていたのだ。
出会った頃は、彼は表情や感情の乏しい少年に見えた。
今はもうたくさんの感情が彼の顔に浮かび上がって、その全てを俺はすくい上げることが出来る。
最後のキスは、潮の香りと、夏の終わりのにおいがした。
♢♢♢♢♢♢♢
「拓海、このサーフボード、ここに置くね。」
「あぁ、ありがとう。」
最後のキスから5年後。エメラルドグリーンの海。
俺と莉斗は、小さなサーフボードのショップを建てた。
「まだ履いてる。そのビーサン。」
俺の足元には、土産物屋で買った地名がローマ字で刻印されたビーチサンダル。
「そのTシャツ。地元では着てる人いないし。」
同じく土産物屋で買った、アイスクリームショップのロゴが描かれたTシャツ。
「いいんだよ。俺にとっては大切な思い出の一部なんだから。」
「いつまでも観光客気分だね。拓海は。」
「莉斗。これ、お前の分。」
お揃いのTシャツを手渡すと、彼は「げ!」という顔を見せて舌を出す。
「拓海。最後のキス。」
莉斗がおねだりするように、唇をこちらへ向けた。
あの日、最後のキスを交わしたつもりの俺たちは、その後何度も何度も「最後のキス」を更新している。
「わかってるよ。」
少年から青年に変化を遂げつつある莉斗の身体に、俺は彼とほぼ同じになった褐色の腕を伸ばす。
唇を重ねる。
これからも。何度でも。
夏は終わらない。
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