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♡『告白』 (SIDE 渡里 優羽)
しおりを挟む「実家を出る?」
仁に呼ばれて彼の部屋に行ったら、実家から出ていくと告げられた。
「キーボードの蛍と、二人で暮らす。」
バンドのメンバーは、一度紹介してもらったことがあるので知っていた。
蛍君は、サラサラの金髪、大きな猫目が印象的な、無口な少年だった。
確かまだ10代だったはずだ。
他のバンドメンバーとはあまり私的な交流がなく、仁にだけは懐いていると言っていた。
仁がこの家を出て行くなんて。
そんな日がいつか来るのは当然だとわかってはいたけれど、あまり考えないようにしていた。
生まれた時からずっとそばにいたから。
仁は僕から離れていかないと、心のどこかで思っていた。
蛍君と2人で暮らす。そのことにショックを受けている自分がいる。
仁は面倒見が良いし、誰にでも優しい。
ご両親が海外にいる蛍君に一人暮らしをさせるのは、かわいそうだと思ったのかもしれない。
理解はできる。
それでも彼がこの家を出ていくことが、どうしようもなく寂しくて辛かった。
「近くのマンションで暮らすから、今まで通りいつでも会える。」
言い聞かせるように、仁がそう言った。
僕の感情だけで引き留めたりしたら、仁が困ってしまう。
仁の重荷になるのは嫌だった。精一杯何でもないふりをして笑顔で返す。
仁にはきっとわかってしまうだろうけれど。
それから数週間があっという間に過ぎて、
仁は実家を出て行った。
♢♢♢
「それって、ヤキモチじゃないですかぁ?」
昼休み。
いつも通り職場の休憩室で、後輩の雪人とランチタイム。
「ヤキモチ?」
仁が実家を出て行ったという話をしていたら、雪人が急にそんなことを言い出したので驚いた。
自分では思ってもいないことだったから。
「だって、仁さんが実家を出て、その子と暮らすのが面白くないわけですよね。」
「・・・僕そんなこと一言も言ってないよ。」
雪人の話が突飛な方向へ流れていくのはいつものことだった。
僕の話ちゃんと聞いてた?と苦笑すると、彼はこちらへ身を乗り出して主張を始めた。
「仁さんは優羽先輩の一番の理解者であり、困ってる時はいつもそばで支えてくれた。なのに、それが蛍君に取られちゃうなんて、耐えられない!!って、僕にはそう聞こえましたけど。」
「取られるなんて・・思ってないよ。」
「い~や、思ってますよ。優羽先輩、自分の気持ちに鈍感だから、気付いてないんです。僕は先輩のこと毎日見てるんですから、それくらいわかります。顔に寂しい!取られたくない!って書いてましたよ。」
「そんなこと・・・」
確かに僕は自分の気持ちに鈍感だという自覚はある。
仁のことを誰にも取られたくないと思ってる・・・?
「もしかして、仁さんのこと好きなんじゃないですか?優羽先輩。」
仁のことが、好き・・・・?
「仁のことは、もちろん好きだけど、」
「そうじゃなくて、LOVEの方ですよ。LOVE!」
「それはないよ。僕、他に好きな人がいたんだけど、振られたばかりだし、」
「え?!優羽先輩、好きな人いたんですか!!??」
余計なことを口走ってしまった。
雪人に知られたら、病院中に知れ渡るのも時間の問題だ。
「いや、あのね、雪人君、」
その時、バン!と勢いよく休憩室のドアが開いた。
「坂口、渡里、もう休憩時間終わるから早く準備しろ。」
院長が静かに言い放つ。
時計を見ると、午後の診療時間開始が3分後に迫っていた。
♢♢♢
カタカタカタ。
PCのキーボード音。
文字を打ち込む無機質な音が鳴り響く、静かな夜の整骨院。
気まずい。
院長と二人きり。
今日はミスの連発で、仕事を片付けるのに時間がかかった。
外はもう真っ暗だというのに、院長と二人きりという状況に緊張して、なかなか思うように手が進まない。
今日の院長は1日中機嫌が悪かった・・・気がする。
気のせいだろうか。ミスばかり連発していた自身の罪悪感から、そんな風に見えたのかもしれない。
ミスのフォローもしてくれたし、そのお咎めもなかった。
彼は厳しい人だけれど部下のフォローをしっかりするし、技術的にもたくさんの学びをくれる。最高の上司だと思う。
それなのに・・・彼の前だとどうしても緊張して硬くなってしまう。
ミーティング時に使う大きなテーブルの端と端に座って、お互い自分のPCに視線を落としているけれど、彼がキーボードを叩く音に意識が持っていかれる。
「沢渡 仁ってどんな男?」
唐突に院長が口を開いた。
キーボードを叩く音が止む。
顔を上げると、彼は真っ直ぐこちらを見つめていた。
瞬間的に、逃げ出したい気分になる。
「ええと・・・幼なじみで、頼りになる面倒見のいい奴で、」
「・・・ふうん。」
自分から聞いたくせに、興味のなさそうな気の無い返事が返ってきた。
一体何なんだ・・・
早く仕事を終わらせて、この状況から抜け出そう。
PCの入力画面を保存して、システムを終了する。
「渡里、」
「・・はい。」
再び画面から視線を上げると、彼と目があった。
真剣な視線に、思わずゴクリと息を飲む。
「俺がお前のこと好きだって、気付いてたか?」
「え?」
パタン、とノートPCを閉じて、彼が立ち上がる。
状況が飲み込めずに、近づいてくる彼を僕はただ呆然と見つめていた。
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