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第5話 私、どうしてしまったのかしら
③
しおりを挟む「あ、あの、お父様――」
「なんだ?」
伯爵はにこにこしながら立ち上がって、上衣の前をてきぱきと留めた。心なしか、彼の動きすらも十歳ほど若返ったように見える。
その姿に、数日前の朝、結婚を承諾したときの涙ぐむ父が重なった。
父が自分を思うほどではないかもしれないが、エレイナも父が大好きだ。老け込むほどの心労を与えてまで、ひとり身を貫こうとは思わない。
「ううん……なんでもないの」
エレイナが静かに首を振るのを見て、伯爵はにっこり微笑んだ。そして、テーブルをぐるりと回ってきて、エレイナの肩に手を置く。
「そうか、では行ってくる。帰りに金細工職人のところに寄ってくるとしよう。実はお前に内緒で、新しい首飾りを頼んであるのだ」
「ありがとう、お父様。いってらっしゃい」
部屋から出ていく父の姿を見届けてから、エレイナは重いため息を吐いた。
*
いつもは羽根が生えたように庭園を抜けるエレイナだが、今日はドレスが重く感じる。
演奏会が三日後だなんて本当に急な話だ。
あのスタンフィルと、一体何を話せばいいのだろう。また通訳がいれば少しは間が持ちそうだが、今度はそうはいくまい。おそらくふたりきりで、演奏会の会場を離れたどこか別の部屋でゆっくりと、ということになるのではなかろうか。
「どうしたの? 浮かない顔して」
客間に入るなり、アデルが心配そうに尋ねてくる。今日も美しく着飾った彼女に手を引かれて、いつものように長椅子の隣同士に座る。
エレイナは屋敷を出てからずっと、この話をアデルに聞いてもらいたいと思っていた。まずは自分のことを話してしまわなければ、今日は彼女の楽しい話も耳に入りそうにない。
メイドがお茶の用意をして、出ていくまでエレイナはずっと無言でいた。そしてお茶をひと口飲んでから、ようやく重い口を開く。
「コリアード伯爵の演奏会に急遽出席することになりました。スタンフィル様とお会いするために」
「え? ……彼に会うの?」
アデルの声に、エレイナは無言で頷いた。次の言葉を口にするのが本当に辛くて、とても顔を上げる気にはなれない。
「おそらく、それ以降は結婚に向けての準備が、急速に進むと思うのです。そうなると、花嫁修業も始まって、なかなかここには来られないのではないかと思って……」
そこまで言って、エレイナは顔を上げた。その瞬間、目にしたアデルの表情に驚いて息をのむ。
彼女は驚愕の表情を浮かべて虚空を見詰めていた。宝石のような青い目は零れ落ちそうに見開かれ、唇はわなわなと震えている。
「ア、アデル様?」
思わず心配になり、エレイナは声をかけた。
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