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第13話 幻
②
しおりを挟むエレイナはドレスのスカートを摘むと、足早に宮殿の角を曲がった。裏手へ続く通路を歩いていくと、主に使用人が出入りする扉から、アデルの部屋で顔見知りになったメイドが出てくるのを見つけた。彼女は洗濯場へ行くらしく、かごの中に山のようになった洗濯物を抱えている。
後ろから近づいていって、彼女の肩をそっと叩いた。メイドは驚いたのか、きゃっと声を上げて振り返った。
「こんにちは。よかったわ。あなたに会えて」
「エ、エレイナ様。こんにちは。何か……ご用でしょうか?」
丸顔のメイドはあからさまに戸惑って、頬をぴくぴくと引きつらせた。彼女のこんな顔を見るのは初めてだ。アデルの元で一番の仲良しだったこのメイドとは、数日前にも子供時代の他愛もない話で一緒に笑いあった仲なのに。
理由はわからないが、やはりアデルに関してかん口令みたいなものが敷かれているのだろう。それを察したエレイナは、人目につきづらい物陰へ彼女を引っ張っていった。
「誰にも言わないから教えてちょうだい。アデル様はどこへ行ったの? 私、どうしてもあの方にお礼を言わなくちゃならないの」
メイドの腕を握って、真剣な目つきでエレイナは懇願した。若いメイドは困惑した様子で、きょろきょろとあたりを見回す。そして誰もいないことを確認すると、おずおずと口を開いた。
「お嬢様は旅立たれました」
「旅立った? どこへ?」
エレイナは食い入るように彼女を見詰める。エレイナと同じくらいの歳頃のメイドは、今にも泣き出しそうな顔だ。
「行先はわたくしたちにもわからないのです。実は……エレイナ様がこちらにいらしても、何も教えないようにと」
「アデル様がそうおっしゃったの? 私に何も教えないようにって?」
「はい……」
メイドは俯いて、消え入るような声で言う。
胸をぎゅうぎゅうと締めつけられる感じがして、エレイナは大きく息を吸った。新たに生まれた疑問が渦を巻いて襲いかかるが、ただ命令に従っているだけの彼女をこれ以上詰問するわけにはいかない。一介のメイドでは、本当に何も聞かされていないのだろう。
「ありがとう。勇気を出してくれて嬉しかったわ」
エレイナは無理に笑顔を作ってメイドに礼を言った。素早く踵を返すと、もと来た道を抜けて離宮の入り口へと向かう。その歩みが庭園の端に差しかかる頃には、半ば小走りになっていた。
早くここから立ち去らなければ、泣いてしまいそうだった。エレイナを拒絶していたのが、ほかならぬ彼女自身だったなんて――。
美しいアデル。優しいアデル。勇敢なアデル。
彼女のすべてが憧れだった。あんなに誰かと仲良くしたのははじめてだったし、笑ったのもはじめてだった。スタンフィルに襲われているところに飛び込んできた彼女を見た時には、白馬に乗った王子様が助けにきてくれたように感じたものだ。
その彼女に拒絶されるのは、ナイフで胸を抉られるように辛く、悲しい。
ルシオとの恋を諦めたエレイナには、唯一無二の存在だった。アデルと一緒ならば、諦め傷ついた恋心も、昇華できるものと思っていたのだ。
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