私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり

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2. 侮辱と断罪

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 『貴族の恥晒し』ーーその言葉に、アリスは怒りを宿した瞳でジョナサンを睨みつけた。
 その顔を見て満足気に笑うジョナサンは、とても王族とは思えない下品な笑みを浮かべていた。


 ーー十八年前、アリスの母は未婚でアリスを産んで他界した。
 婚前交渉は貴族令嬢にはあってはならない不祥事で、当時は祖父のハミルトン侯爵も、監督不行き届きだとひどく非難されたという。
 ハミルトン侯爵は優秀な外務大臣で先代国王と現国王の信頼厚く、人柄の良さもあって味方も多い。
 それを妬む者達にとって、その件は今でも唯一にして格好のネタだった。
 彼らは仲間内でアリスの母をそう呼び嘲笑する事で溜飲を下げていたのだ。

 ジョナサンの母である側妃の実家もその一つなので、当然ジョナサンもその事を知っている。
 十歳の時に先代国王の命で婚約をして以来、ジョナサンはそれを理由にアリスの事を毛嫌いし、冷たく接してきた。

 厳しい妃教育に躓いて落ち込むアリスに、
 「その程度で躓く女が未来の妃とは」
 と嘲笑い、
 
 「お前が俺の執務を助けるのは当然だろ」
 と言って己のこなす執務を押し付けて遊び歩き、

 アリスが魔法士としての能力を高く評価され、魔法関連の執務を任され始めると、
 「魔法など、王妃の仕事には何の役にも立たない。そんな下らない事に時間を割くな」
 と怒鳴った。

 それでも耐えたのは、侯爵家の為だ。自分が優れた素晴らしい王妃になれば、死んだ母の汚名を濯ぐ事ができる。育ててくれた祖父に恩返しができる。
 そして、幸いにも、王家にはアリスに味方をしてくれる者もいた。
 それを支えに、ジョナサンに冷たくされても己の責務を全うしてきたのだ。
 そのお陰で、学園では学業も魔法の実力もトップクラスになれた。

 「他に候補はいくらでもいたのに、お前のような女を俺の婚約者にするとは・・・・・・お祖父様も、父上も何を考えておられるのか」

 ジョナサンが忌々し気に呟く。
 アリスとジョナサンの婚約が成立してからは、表立ってその話題を持ち出される事はなかったので、生徒のほとんどはこの時初めてアリスの出生について知った者もいた。
 その生徒達、特に貴族階級の生徒は眉を顰めてアリスを見てヒソヒソと何かを話している。
 アリスは爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。

 自分が優勢になったとわかったジョナサンは、上機嫌に愛人を引き寄せる。

 「その点、アンジェリカは違う。正妻が産んだ娘だし、伯爵家とはいえ、王家の血筋が入っている由緒正しい家柄だ。それに、俺によく尽くしてくれる。父上と母上も納得して下さるだろう」

 それに、とジョナサンは続けた。

 「お前が犯した罪を知れば、きっとすぐに婚約解消を許して下さる」

 「・・・・・・罪、とは?」

 アリスは怒りに震えながら、なんとか声を絞り出す。

 「ハッ!またもやシラを切るつもりか。見苦しいぞ。ヒューイ!!」

 ジョナサンに呼ばれて壇上に上がったのは、アリスと同じ魔法クラスのヒューイだ。
 クラスの中でも特に優秀で、アリスと共に切磋琢磨してきた生徒である。
 何故彼がここにいるのかわからないアリスを見て鼻で笑ったヒューイが、大仰な身振りで声を張り上げる。

 「皆、聞いてくれ!ここにいるアリス・ハミルトンは、魔法を使って金貨の不正製造を行う重罪人だ!!」

 ヒューイの告発に会場がざわめく。
 
 「適当な事を・・・・・・証拠を出しなさい」

 アリスに睨みつけられたヒューイがたじろぐが、すかさずアンジェリカが割り込む。

 「魔法クラスの生徒が証言しています。アリス・ハミルトンに脅されて不正に関わってしまったと」

 「その生徒の名前は」

 「まあ、恐ろしい。制裁を加えるつもりですのね。生徒達の安全の為にも教える訳無いでしょう」

 アンジェリカが怯えた振りをしてジョナサンにしがみつく。

 「その生徒達からは俺が直接話を聞き、魔法省へ捜査を依頼している。お前の罪が立証されるのも時間の問題だ。そうなれば・・・・・・わかるな?」

 ジョナサンがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 「人々の為に魔力を使うべき魔法士が、その力で国を混乱に陥れるは重罪。通貨偽造もそれにあたる。故に、死罪も免れない」

 『死罪』という言葉に会場にいる者は動揺を隠せず、「それは余りにも・・・・・・」とアリスに同情する声も聞こえてきた。
 アンジェリカとヒューイも初耳なのか、顔が青ざめている。

 「だが、お前は俺の元婚約者。それに免じて国外追放に減刑してやる。即刻俺の目の前から立ち去れ!」

 そう言ってジョナサンが合図を送ると、ジョナサン付きの護衛兵がアリスの両腕を後ろ手に掴んで拘束した。
 

 「・・・・・・っ!離しなさい!!」

 アリスが叫ぶと同時に、アリスを拘束した兵士が何かに弾かれ尻餅をついた。

 「て、抵抗するとは往生際が悪いぞ!」

 アリスの魔法だと思ったジョナサンがそう怒鳴ったが、アリスは魔法を使っていない。

 「今のは私の魔法です」

 そう言って前に進み出たのは、険しい表情をした青年だった。
 

 
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