私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり

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7. 手配書に似た少女

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 アリスが婚約破棄を言い渡されてから五日後。


 レノワール王国北部に位置する町の広場では、二人の女性がベンチに腰掛けて食事を楽しんでいた。
 一人は栗色の髪を後ろで纏めた吊り目の美人で、年齢は二十代前半ぐらい。
 もう一人は、栗色の髪の女性よりやや幼く見える少女で、こちらは肩より短い銀色の髪と、この国では珍しい紅い瞳をしている。
 二人とも旅の移動途中なのか、動きやすい軽装に外套を羽織っていた。
 
 「お嬢ちゃん、ちょっと良いかい?」

 その二人に、人の良さそうな中年の兵士が声をかけてきた。
 魔法士と思われるローブを纏った男も一緒で、二人と目が合うと軽く会釈をする。

 「何か?」

 口の中の物を咀嚼し終えた銀髪の少女が、そう言って首を傾げた。

 「いやね、君が手配書に載ってる女と特徴が似てるから話を聞こうと思って」

 「はあ!?この子の事を疑ってるんですか!?」

 栗色の髪の女性に凄まれて震え上がった兵士が、情けなく悲鳴をあげる。

 「ヒイッ!いや、一応念の為の確認だからねっ!ちゃんと怪しく無いって確認できたら解放するから!ねっ?」

 「シェリー姉さん、私は大丈夫だから」

 銀髪の少女に言われて、シェリーと呼ばれた女性は「貴女がそう言うなら」と、おとなしくなる。兵士の事は睨んだままだが。

 「ありがとうね。それじゃあ、ちょっと拝見」

 シェリーの視線に怯えながら、少女から身分証を受け取った兵士が魔法士と一緒に確認する。

 「アイリス・フォーデンさん。ほう、帝国からの旅行者なんだね。上の娘が嫁いだけど、良いところだよね」

 雑談を交えながら身分証の記載事項を確認する兵士の隣では、魔法士が身分証に手を翳している。
 鑑定魔法で身分証が偽造されたものか調べているのだ。

 「身分証は偽造された物ではないですね。正真正銘、帝国で発行された物です」

 兵士は魔法士の言葉に頷くと、穏やかな笑顔を少女に向ける。

 「はい。ありがとうね。一緒にいるのはお姉さんかな?」

 「はい。義理の姉です。この国の出身で、実家に用があって帰省するのに着いて来たんです。今は帝国に帰国する途中で」

 「そうかあ。仲が良いんだね」

 アイリスという少女の話に、兵士がにこにこ頷きながら身分証を返す。
 末の娘が同じ年頃だからか、ついつい好意的になってしまう。

 「女の子だけの旅は危ないから、気をつけなよ」

 「ありがとうございます」

 兵士の旅路を気遣う言葉に、二人が礼を言って別れようとしたその時、

 「ーーすみません、最後にもう一つ確認を」

 魔法士がそう言って呼び止めた。

 「何の確認ですか?」

 シェリーが訝しげに尋ねる。

 「手配書の女の特徴に『銀髪に藍色の瞳』とあるのですがーー」

 「この子のは違いますよ。帝国ではよくある紅い瞳です」

 思わず義妹を守るように抱きしめ、魔法士を睨んだが、彼は怯まなかった。

 「手配中の女は魔法士なのです。魔法で見た目を変えている可能性もあります。念の為ですので、どうか確認させてもらえませんか」
 
 「・・・・・・わかりました。どうぞ確認して下さい」

 そう言ってアイリスが魔法士の方へ進み出る。

 「少し光を当てるから眩しいけれど、目を開けたままにしてくれるかな」

 「はい」

 アイリスが真っ直ぐに魔法士を見つめる。
 魔法士は身分証の時同様、淡く光る右手をアイリスの目の近くにゆっくりと翳した。

 「・・・・・・瞳の色が変わらない。魔法で変えた瞳ではないな」
 
 「当たり前でしょ」

 シェリーがそう言いながらアイリスを引き寄せる。

 「すまなかったね。協力してくれてありがとう」

 「どういたしまして」

 アイリスは魔法士にお辞儀をすると、再び背を向けて姉と歩き出した。

 「可愛らしい子だったね。国に安全に帰れると良いんだけど。・・・・・・まあ、あのお義姉さんがついてるなら大丈夫か」

 義姉妹が連れ立って行くのを見送りながら、兵士が魔法士に話しかける。

 「ええ。・・・・・・どうかご無事で」

 彼の最後の方の呟きは、隣にいる兵士には聞こえなかった。

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