姉が殺されたと言い出しまして

FEEL

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 次に目を開けたのは外が暗くなってからだった。
 ガタガタと何かが動く音がうるさくて半ば強引に起こされた。

「ねずみか……?」

 目を擦りながら音に耳を澄ます。
 音は天井から鳴っていて最初はネズミが入り込んできたものだと思っていた。
 しかしこの辺りは山に面していることもあり、ねずみのような小動物よりもイノシシ等の被害が大きい。
 ネズミなんてものはイノシシにとっては餌でしかなく、食べられることを恐れて現れるのは稀だ。

 では、この音はなんなのだろうか?

 考えている間にも物音は止まることなく鳴り続けていた。
 移動することなく同じ場所で鳴り続ける音を追いかけるように僕は廊下に出た。
 廊下に出て気付いたがどうやら天井で鳴っているものと思った音は二階から聞こえているものだとわかった。
 二階には両親が使っていた私室と僕たち子供の私室の四部屋があるだけで、僕一人になった家には誰もいないはずだ。
 今この家に住んでいるのは僕だけなのだから二階から物音がするなんてことは小動物が入り込んだことよりありえないことである。
 僕はゾっとした。

 恐る恐る階段を登る。その間も鳴り続ける音に耳を澄ませていた。
 階段を登り切ったところで音は姉の部屋から聞こえてきているというのがわかって背筋が凍りそうになった。

 ――雫ちゃんは殺された。

 爺ちゃんから聞いた話を思い出して体が震え始めた。
 もしも殺人犯がいたとして、物音を鳴らしているのはもしかして殺人犯なのだろうか? だとしたら何をしているのか。

 殺すべき相手を探している?
 何か欲しいものがあるとか?
 まさかのストーカー?

 色々な可能性を考えていると急に音が止まった。
 階段から頭だけ出すように姉の部屋の様子を窺っていると、いきなりドアノブが回りゆっくりと扉が開いた。

(まずいっ!)

 僕は慌てて頭を引っ込めて息を呑む。
 扉を開けた時点で動物が暴れている可能性はなくなった。となれば思いつくのはやはり犯罪者。しかも人を殺せるような悪質な凶悪犯か。
 鉢合わせる前に階段を降りようと考えたが、ここまで近くにいるなら物音で気付かれてしまうかもしれない。
 パニックでどうすればいいのかわからなくなり、僕は息を殺してただ身体を小さく丸めていた。

「……?」

 すぐに気づかれるかと思っていたが、いつになっても人の気配はやってこない。
 覚悟を決めて頭を出してみると廊下には誰もおらず、姉の部屋が開いていた。

 扉を開けただけ? いったいどういうことなんだ?

 頭の中はパニックも手伝って混乱を極めていた。
 ドアノブを回して誰かが扉を開けたのは間違いない、その瞬間を僕ははっきりと目にしている。
 だが、扉を開けただけで外に出てこないとはどういうことなのだろうか。それなら端から扉など開ける必要なんてないじゃないか。
 もしかして、僕の存在に気付いていて入ってこいと誘っているのだろうか。
 僕の考えが正解だと応えるように扉は揺れて大きく開く。
 ホラー映画のような状況に僕は唾を飲み込んでから、震える足を必死に動かして扉から部屋を覗きこんだ。

「……あれ?」

 中には屈強な凶悪犯でも潜んでいると思っていたのだが、想像と違って部屋の中には誰もいなかった。
 しかし家具に収まっていたものがところどころに散乱していて、誰かに物色された形跡が残っている。
 不思議に思って部屋にゆっくりと侵入するが、小物が床に散らばっている以外はおかしなところは見当たらない。
 窓に目をやると閉まっていて、きちんと施錠もされていた。
 つまり窓から脱出するのは不可能で、何者かがこの部屋を物色していたとしたらまだ潜んでいる。ということになる。

 誰かに見られているような感覚を覚えて寒気がする。
 怯える心臓をなんとか奮い立たせて、僕は辺りを調べ始めた。
 ベッドの下にクローゼット。物置の中など身を隠せそうなところは一通り調べてみたが誰もいなかった。
 それが却って不気味で、僕の心拍数は跳ね上がり呼吸が粗くなる。
 めぼしいところの散策を終えて、辺りを警戒して立ち尽くしていると机の方向から物音が鳴った。

「ひっ!?」

 シャーペンが転げたような高い音。
 僕が急いで振り返ると机の上でシャーペンが転がっているのが見えた。
 僕がいるのは部屋の中央。もちろん机になんて触れてもいないし、ここからは手も届かない。
 いよいよ恐怖を感じ始めた僕は、恐る恐る机に向かうと机の上にシャーペンと共に紙が一枚置いてあった。

「これ……今書かれたものか?」

 姉の葬儀が行われる前、棺に小物を詰め込むために一度部屋に入ったことがある。
 机の引き出しだって確認した。その時にはこんな紙なんて置いてなかったはずだ。
 紙を手に取って目を通す。
 ところどころが丸くなった文字列に見覚えがある。

「……姉ちゃんの字だ」

『慎一……お前を祟ってやる』

 A4サイズの用紙の中心に、ホラー特番のテロップのようなおどろ恐ろしい一文だけが書かれた紙。

 僕は目を狼狽した。
 怖かったのもあったが、わざわざ三点リーダーまで手書きで書かれた文章は内容こそ恐怖だが文字が丸く、可愛さすら感じらえる為にどう反応したらいいか困ってしまっていたのだ。
 紙を持ったまま困惑していると、再び物音が鳴り出した。
 今度は一度ではなく継続的に鳴り続ける。辺りを確認すすると小物が震えたり拍子を刻んだりしていた。

「なんだなんだ!?」

 僕一人だけの部屋で家具が動き回り、辺りはとても騒々しくなる。
 あまりの騒動に紙を机に投げ捨てて耳を塞いでいると、やがて家具たちは大人しくなり部屋に静けさが戻ってくる。

 それからしばらくして、何かを書く音が聞こえ始めてきた。
 音のする方向に目をやると、机の上でシャーペンが一人で動いていた。
 投げ捨てた髪の上でダンスを踊るように動き回ると、パタリを倒れる。
 首を伸ばして机を覗き込むと紙に文章が追加されていた。

『私だよ私。雫』
「ね、姉ちゃん?」

 僕の知っている雫という名前は姉一人しかいない。
 聞き返してみると再びシャーペンが起き上がって『そうそう』とえらく気さくな返事を書いた。

『怖かった? ねぇ、驚いた?』

 それは怖かったに決まっている。

「……今までのは姉ちゃんがやったってこと?」

 なんだかまぬけだが、僕は誰もいない部屋に向かって話しかけた。

『ご明察。怯える慎一なんてレアなものを見れて得した気分』

 ……つまり一人でに踊り出すシャーペンや動き回る家具は姉の仕業ということなのか。
 僕は霊的な物には否定的な性格だ。
 だからここに第三者がいたらそいつの仕業だと断定して、手品か何かだと一蹴にして鼻で笑うところだ。
 だけど家にいるのは僕一人。それにリアルタイムに返事を書いてくるシャーペンに対して信じざるを得なかった。 
 姉が化けて出たのだと。

「こ、こんなところで何やってんの姉ちゃん。天国……とかには行かなくていいの?」

 少し抵抗を感じながら姉に向かって独り言を言うと、暫く時間を置いてからシャーペンが動き始めた。

『行けない。心残りがある』
「……心残り?」

 聞き返してみるとシャーペンが勢いよく動く。

『私は誰かに殺された』
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