姉が殺されたと言い出しまして

FEEL

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 事情を説明すると、田淵の身体から力が抜けていき、ついには膝から崩れ落ちた。

「慎一君が……そんな、実の姉を……?」
「わたしも実際に突き落とされる瞬間までは信じきることはできませんでした」
「でも、でも、彼は雫ちゃんの為に何度もお使いに出たりする好青年だったんだ」
「あの子からしたら……そういう諸々が負担になっていた、て……」

 説明をしながら、わたしは雫のことを考えていた。
 雫は対人関係に対してとても強い精神疾患を抱えていた。
 原因はわたしも聞いたことはなかったけれど、両親が死んだことや元々人付き合いが苦手だったこともあり、色々重なった結果なんだとわたしは思っていた。

 だから雫は、慎一に頼らざるを得ない部分が多かった。
 そんな自分に自己嫌悪したり、癇癪を起して暴言を吐くこともあった。
 だがそのすべては発作的なものであり、穏やかな状態の雫は決してそんなことをしない。
 対人関係が苦手なのも、人の考えを深読みしすぎて話すことができなかっただけだ。
 本当はだれよりも心優しく、人の気持ちを汲み取ろうと努力している娘なのだ。

 だけど、慎一には雫のそんな感情は伝わらなかった。
 あるいは伝わっていたのかも知れない。
 だけど、慎一だって将来のある青年だ。いつまで続くかわからない姉の対応に精神をすり減らしていたのも事実だろう。
 だからといって、負担に感じたから殺してしまうなんて、絶対にしてはいけない行為なのだが、そんなことですら、雫は自分のせいにしてしまっていないか、私は不安に感じていた。

「ねえ、雫ちゃん。わたしに合わせて無理してない?」

 雫にとっては唯一残った肉親だ。
 わたしの敵愾心に合わせてそんな気もないのに復讐しようと考えているんじゃないかと不安がよぎった。
 しかし、雫は枝を勢いよく動かして文字を書く。

『慎一は大事な家族。わたしを殺してしまったのも仕方ない部分があったのだと思う。だけど、私の親友まで傷つけたのは見過ごせない。このまま放っておくと、きっと慎一は何人も殺す殺人鬼になってしまうから』
「そうか……そうだね」

 雫の決意は固いものだった。
 彼女の言う通り、恐らくもう慎一の心は壊れてしまっている。
 生まれついたものでもなく、誰がそうしたものでもない、ただ運命が、慎一を壊してしまった。
 だから、良く知るわたしたちが――彼を終わらさないといけない。

「田淵さん……慎一とは仲が良いんですか?」
「……え、あ、あぁ。そりゃ義弟みたいなものだからね、とても仲が良いよ」

 雫の反応的に彼の発言には少し信憑性が足りないが、わたしたちと違って慎一の警戒心を煽らないことは確かだ。

「雫ちゃんは物を動かしたりすることはできるんだよね」
『うん。でも人には触れないの。慎一に何度も触れようとしたんだけど、通り抜けるだけだった』
「物に触れられるだけで大丈夫よ。これで文字通り、慎一に『一泡」吹かせることができる」

 頭の中で色々な情報がパズルのピースのように散らばっている。
 それを一つ一つ、綺麗に組み立てて一枚の絵にしてから何度も確認をした。
 変な部分はないか、何か矛盾はないか。
 それらを確認して、問題がないと思うとわたしは「よし」と声を上げて頷いた。

 計画はこうだ。

 素知らぬ顔で田淵さんに慎一の家に向かってもらう。
 そして手土産といって特製のケーキを用意する。
 もちろんただのケーキではない、中身は劇薬の除草剤を仕込んだ毒入りケーキだ。
 これを慎一に食べさせることで命を断つ。

「ちょっと待ってくれ」

 わたしが説明をすると、田淵が手を上げて話を止める。

「どうしました、やっぱり、やりすぎと思いますか?」

 わたしの計画では慎一の取り返しがつかなくなる前に止めることだ。
 止める――それは息の根を止めることを指す。

 時間をかければ罪を立証させて逮捕することが出来るかもしれない。
 しかし慎一の性格を考慮すると、この選択は難しそうだし、あまり時間をかけるとわたし。それから雫の存在を知っている田淵さんまで殺されかねない。

――何より、わたしの気が収まらない。

「やりすぎとは思わない、彼は僕の想い人に手を出したんだ。これでも生温いくらいだよ。問題はその劇薬とやらだ」

 田淵が言っているのはケーキに混入する除草剤のことだった。

「はっきりいってこの村は田舎だ。除草剤やそういう類の薬品はいくらでも見つけることは出来る。しかし命を脅かすようなものはもう何年も前に販売は禁止されているんだ。一服盛って毒殺なんて、そんな都合のいい薬品早々見つからないぞ」
「そうですね、確かにそんな危険な薬品を買ってくるのは難しいかも知れません」
「じゃあそもそも、この計画は成り立たないじゃないか」
「それがなんとかなるんですよ」

 わたしが得意げにいうと、田淵は怪訝な表情を向けた。

「雫が死んだ場所、あそこは使われなくなったものを詰め込んだ物置みたいなものだったんです」
「それは知っている。でも僕が見た時は警察が押収してもう何もなかったぞ」
「田淵さん、随分と詳しいんですね」
「ついさっきまで、その警察署でお世話になっていたからね」

 ケーキ屋の主人が変質者紛いの行動で警察に連れていかれたという話は知っている。
 まさかそれが目の前の男性だとは思わなかったが。

「田淵さん、その時に警察の保管室は見ましたか?」
「まぁ、断言できないがここだな、って場所はあったが……」
「それならそこまで雫ちゃんを案内してあげてください。そして頃合いを見計らって雫ちゃんが持ち出してくれたらいい」

 田淵は首をかしげる。

「持ち出すって何を?」
「納屋には使われなくなった色々なものを保管してあると言ったでしょ? その中には販売が終わったものや、禁止されたものも保管されてたんです」

 琉姫がもったいぶるように言うと、田淵はハッとした。

「保管されたものの中に販売が禁止された劇薬があるかもってことか」
「あるかも、じゃなくてあるんですよ。実はあそこ、私の親族の持ち物なんです」

 子供の時、親戚の家に毎日のように遊びに行っていた。その時親戚のおじさんに『ここは危ないものが多いから入っちゃいけないよ』と言われていることをわたしは覚えていた。
 当時は言われてもわからなかったが、刃の掛けた機械と共に、田淵が言う販売が禁止された薬品も置かれていたはずだ。

「薬品は間違いなくあった。問題はどうやって取りだすかですが……」
「雫さんに頼むだけじゃだめなのか?」

 わたしと田淵さんが揃って雫の操る枝を見る。

『無理です。持ち運ぶことはできるけど、物体に物体を通すことはできません』
「当たり前だが保管庫は密室だ。持ち出すにはなんとかして扉を開けなければいけないということか……」

 うーん。と頭を抱える田淵を見て私は言う。

「扉を開けるのは別段難しくないと思います。田淵さんがもう一度警察署に出向いて『忘れ物をした』とかなんとか、適当にいって保管室に入ればいいんです」
「……そんな、簡単に言うが……」
「確かに、普通なら難しいと思いますけど、雫ちゃんとの思い出の品か何かを失くしたと仮定してください。田淵さんの人間性ならそれだけで大丈夫ですよ」

 わたしは出来るだけ柔らかく表現してみせた。
 この少しの会話でわかるぐらい、田淵が持つ雫への執着心は異常だ。
 心からそう演技して振舞えば、警察は心底面倒に感じることだろう。
 仮にも一度取り調べを受けて身の潔白を証明した人間だし、保管庫を見せて帰ってくれるなら見せるくらいはするだろうと感じていた。

 この村の警察はやる気がないというのもなんとかなるという判断材料となっていた。
 内情はわからないが、この村に配属される刑事はいうなれば左遷。使い物にならないと太鼓判を押された人たちだ。
 仕事に熱意はなく、きちんとルールを守るような人間とは思えなかった。

「保管室に入ってさえしまえば、劇薬を見つけて雫ちゃんが持ち出せばいい。そのあいだ、田淵さんは同伴しているであろう刑事のの目を逸らしておいてください」
「わかった……上手くいくとはとても思えないけどね」

 懐疑的なまま頷く田淵を見てから雫を見る。
 枝は簡単に文字を刻む。『がんばる』

「……じゃあ、話がまとまったところで、病院につれていってくれませんか……」

 言うと同時に私は倒れ込んだ。
 慎一への怒りや頭を使っていたことで何とか耐えていた痛みが、倍以上になって戻ってきていた。

 もう、とても動ける気がしない。
 あとは二人に任せるしかない。

「そうだった。救急車――はまずいのか。それなら病院まで運ぶぞ」

 脱力した体に浮遊感がやってきた。
 どうやら田淵が私の身体を抱えてくれたようだ。
 しっかりとした足取りを体全体で受け止めて上下に揺れる。
 それが手で優しく触られてあやされているみたいで、私の意識のスイッチはすぐさま切れた。
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