EXPO OF DEAD

かすみ

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幸運

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大学2回生に上がった年の夏休みに、瑛斗の携帯に一本の電話が入った。
着信画面には「国立民族学博物館」の文字が
待ちに待った連絡だった。
「よっしゃ!やべ!どうだったんだろう。」
ふぅと深呼吸をし、急いで指をスライドさせる。
「もしもし…」
「もしもし。黒崎瑛斗様の携帯電話でお間違いないでしょうか?」
「は、はい。黒崎です。」
携帯を握る手にはしっとり汗がまとわりついている。
「先日は面接にお越し頂きましてありがとうございました。本日は面接の結果のご連絡でございます。」
「はい…」
「結果ですが…」
ごくり…生唾を飲む音が向こうにも伝わったのではないかと恥ずかしくなったが言葉の先を知りたくて、黙りこむ。
「結果は合格です。是非一緒に働きたいと思います。」
一瞬時が止まったように感じ、頭が真っ白になった。
「え、いいんですか?!ありがとうございます!ありがとうございます!」
相手には伝わっていないだろうが、瑛斗は首が取れるくらいにお辞儀を繰り返した。
「いかがですか?一緒に働いていただけますか?」
「も、もちろんです!!宜しくお願い致します!」
「では来週の月曜日の9時からお願い致します。服装は普段着で構いません。持ち物は筆記用具と印鑑だけで結構です。あ、印鑑は雇用契約書の取り交わし時に必要ですので、忘れないようにお願い致しますね。シャチハタはダメですので無ければご準備下さい。開始時刻の15分前には白井宛てに訪ねてきてください。それでは。」
「は、はい!ご連絡ありがとうございます!それでは失礼致します!」
電話を切った後も瑛斗の心は晴々しく、それは実に素晴らしい時間だった。今も変わらず夢心地で、これがもし夢なら覚めないでほしいと切に願った。
「最高だ!神様ッ!ありがとな!」
誰もいない天井に向かって瑛斗は投げキッスをした。
「チュッ」
その時部屋の扉が開いた。
「あんた何やってんのよ!気持ち悪いなぁ。」
「お母さん!入るときはノックしろよ!ノックせずに入ってくるから気持ち悪いもん見るんだろ!」
「なによ!どうかしたの?」
「うん!ちょっとね。前受けたバイトの面接に受かったんだよ!」
「あらよかったわね。どこに受かったの?」
「国立民族学博物館だよ!大阪万博記念公園にある!」
「あぁ!あそこね!すごいじゃない!ずっと行きたがってたところじゃない!」
「そうなんだよ!奇跡だよ!まじで嬉しい!」
 「そっかそっか、じゃあ今日はお祝いでもしようかな。」
「おん!ありがとう!そうして!念願叶ったんだよ!」
「じゃあ好きなもの久しぶりに作ってあげるわ。」
「ありがとう!お母さん!」
瑛斗は暫くぶりの無邪気な笑顔を見せた。母親は嬉しくなった。子供はいつの間にか大きくなっていく。体よりも心の成長の方が速いから、急に心を閉ざしたりしたものだ。たまにこうやって子供らしさを見せてくれるのは、母親として本当に嬉しかった。好きなものをたんと作ってやろうと母親は早速メニューを考えた。
母親が部屋を出た後、瑛斗は何やらニヤニヤしながらベッドにダイブした。
「これでやりたかった事が出来る!大学でも勉強をしっかりして、その成果を博物館で活かせられれば…やることが多いなぁ。」
そう独り言を言いながらパソコンを手に取り、再度ベッドに戻り胡座をかきながらカタカタと打ちはじめた。
瑛斗は大学で民族学を先攻していて、言うなればこのアルバイトも研究の一環として志願したのだった。瑛斗は遊ぶことよりかは、真面目に勉強をするタイプなのだ。容姿もさほど悪くないし、雑誌のスナップ写真でも何度か撮影されているたちなのだが、肝心の本人はそういった色事には一切の興味を示さなかった。そこがまたいいと、周りの女子達も瑛斗に対してかなりの好感を持っているのだが、本人は全くの無関心だった。少し興味を持てばそこそこ楽しい大学生活を送れたのだろうが、それより彼は研究をしたいのだ。
出勤は2日後の月曜日だが、今から待ちきれなくなって、荷物の準備を済ませた。
「悠真…やりたいことが実現出来そうだ。応援しててくれよな。」静かな部屋に瑛斗の言葉がこだました。
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