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第2章 冒険者に必要なもの
味のある字
しおりを挟む「よし、エル。地図を読めるようになれ。冒険者に必須の技術だ」
ディーが腰の袋から折り畳まれた羊皮紙を広げた。細い線や記号や文字が描かれていて、俺にはもう見ただけで頭が痛くなる。
「ほら、持ってみろ」
「ふむふむ……なるほど?」
自信満々に広げて見せたつもりだったけど──
「逆だ逆!それは空じゃなくて海だ!っつーか地図に空はねぇ!」
「えっ、あ、上下逆!?……いやでも、こっちの方が見やすいんだもん!」
「見やすさで決めるな!文字も道も全部ひっくり返っちまうだろうが!」
ディーに頭を小突かれ、慌ててくるりと持ち直す。
気が付かなかったけど村の名前みたいな文字が小さく書かれてる。言われた通りに持ち直してみたけど方角が分からない。
「いいか、太陽が今この位置にあるから──東はこっちだ」
「ふむふむ……じゃあこう?」
俺は地図をぐるぐる回してみる。
「おい待て!地図を回すな!お前の頭を回せ!」
「え、俺の頭!?」
「そうだ!地図は固定して景色を当てはめんだ!」
わけが分からなくて首をぐるんと回してみたら、ディーにまた頭をはたかれた。
「頭を回すんじゃねぇ!」
「回せって言ったじゃん!」
「その回すじゃねぇよ!」
くそぅ、ディーは言葉が足りないんだよ。
「次!この記号、なんだと思う?」
ディーが指差したのは、うねうねとした線。
「ヘビ?」
「川だ!誰がわざわざ地図にヘビ描くか!」
川か、なるほど。
「じゃあこの丸は?肉団子っぽいけど……穴かな?」
「村だ!!……肉のことばっか考えてんじゃねぇ!!」
ディーのツッコミが炸裂するたび、俺の頭に衝撃が走る。遠慮が無くなってきたな。
けど、そのあとディーは少し真剣な声で言った。
「地図は“今の自分の位置を知るための道具”だ。線と記号だけ見ても意味はねぇ。実際の景色と照らし合わせて初めて役に立つんだ」
「なるほど……!」
胸を張って頷く。……けど正直、今の説明じゃ全くわかんない!
俺の地図を睨みつける顔を見て、ディーはふっと笑った。
「ま、今のお前じゃ俺がいなきゃすぐ遭難だな」
「うぅ……そもそもディーは説明が下手なんだよ」
「あぁ?何か言ったか?」
「何も言ってません!」
ディーは肩をすくめ、でもどこか楽しそうに笑っていた。
「さて問題だ。俺たちがいる場所は地図のどの辺りだ?」
「えーと」
俺たちがいる場所は、近くにさほど大きくない川がある。そこから川の水音がギリギリ聞こえるくらいの位置。夜寝る時に背中を守ってもらった大きな岩がって。だから、えぇと。
「こ、ここ?」
川の近くを適当に指さした。だって岩とか地図上で分かんないし。
「はいハズレー」
「分かるわけないじゃん!」
「ははは、ま、それもそうだな。よし、じゃ地図を見ろ」
2人で地図を覗き込む。傍から見たら変な光景だろうな。
「まず、ここは川がすぐそこにある。川の水は山から海へと流れる」
「……当たり前だよね?」
「分かってねぇから突拍子もないとこ指したんだろうが」
「あいたっ」
またコツンと頭に拳が落ちてきた。
「これが山だから」
「これが山ぁ??」
ディーが指さしたのは△マーク。虫が潰れたようなシミみたいな、よくよく見れば文字っぽいものが所々書かれている。
「これが地図上の山なんだよ、文句言うな」
「この虫が潰れたようなシミは?」
「山の名前だ」
「え、文字だったの?」
「どう見たって文字だろうが」
「え、えぇ?……読めない」
「味のある文字だろ」
「読めなかったらそれはもう文字じゃない」
「俺の字が読めなかったら大半の字は読めねぇぞ」
「んなわけないだろ」
ディーは肩を竦め、地図を指先でトントンと叩いた。
「そこに流れてる川はこの山から流れてる。で、俺らがいる森はここ」
ディーの指が森を大きくぐるりと囲む。
「で、昨日ちらっと見た街道がこれ」
ディーが指さしたのは、地図の上をぐねぐね走る線。
「この川と街道と森を照らし合わせると……俺らはこの辺りだ」
指先が一点をコン、と突く。
「……ほんとに?」
俺にはただの線と丸と虫のシミの集合体にしか見えない紙なのに、よくこれで位置がわかるな。
「ほんとにだ。太陽はあっちから登ったろ?川はこっちに流れてる、それを地図と照らし合わせると、俺らは大体ここら辺に居ることになる」
太陽がどっちから登ってきたかなんて、正直ちっとも分からない。
けどここで素直に「知らない」なんて言ったら、またディーに頭を小突かれるに決まってる。
だから俺は胸を張って、さも分かってましたとばかりに知ったかぶりをしてみせた。
「な、なるほど。……えっとつまり?」
「つまりお前がさっき指さしたとこは昨日お前が襲われてたところ」
「えぇぇ!?」
ディーは肩を揺らして笑う。
「こうやって景色と照らし合わせて現在地を割り出すんだ。地図単体じゃ役に立たねぇ。太陽の位置も大事だ。特にどっちから登ってどっちに沈むかはきちんと把握しろ。太陽は東から登って西に沈むんだ。基本中の基本だ、覚えておけ」
「うぅ……理解はしたけど。でもディーの文字も街の記号もやっぱり虫のしみと肉団子にしか見えない……」
「次だ」
ディーは俺の発言を無視して、さらに上の方を指す。
「ほら、これがノルデン」
「……え、どれ?」
俺の目にはやっぱりただの黒い丸。
「この丸のトコに“ノルデン”って書いてあるだろうが」
「……読めない」
「俺の達筆が分からねぇのか。味のある文字だろ」
「味がありすぎて腐ってるよ!」
ディーが苦笑しつつ説明を続ける。
「いいか。ノルデンはこの街道沿いにある。川と森の位置から考えて、ここから北東に向かえば着く」
「……北東って、どっち?」
「太陽を見ろ。今はまだ東寄りだ。だからあっちが北」
ディーが指さした方向を見て、俺は思わず頭を抱えた。
「えぇぇ!?昨日からずっと真逆に進んでた気がするんだけど!?」
「気がするんじゃなくて、進んでたんだよ」
「うわぁぁぁ!!!」
ディーは腹を抱えて笑いながら、頭を抱える俺の肩をバンバン叩いた。
「で、ノルデンまでは歩き通しなら三日だ」
「三日……!?」
「ただし、今のペースで行くと1週間だな」
「えぇぇ!?なんでそんなに伸びるの!?」
「お前が1人でも生きていけるように最低限教えてやってるからだろ……。今日だって色々教えて出発は昼になりそうなのに、ただ歩いて行ったってお前の為になんねぇだろ」
「む、むぐぐぐ、それは、凄くありがたいし、感謝してる」
正直、早く着くならその方がいいけど、それで教えて貰えることが減るのは嫌だ。
ディーはそんな俺を鼻で笑い、肩をすくめる。
「ま、ノルデンに着く頃にはお前もこの地図が読めるようになるさ」
俺は地図を見つめながら小声でぼやいた。
「……そんなことよりこの地図を、俺専用にもっと分かりやすく描き直してくれないかな」
「無理だな。苦労して覚えろ。それとこれは予備だからお前が持ってろ」
「鬼だぁぁぁ!!しかも読めない文字のなんて要らない!」
「よし、現在地が分かったら行くぞ。お前は地図と景色と見比べて行け」
「ディーは?」
「俺はここらの地図は頭に入ってる。途中で食えるものあったら採ってくぞ」
「はぁーい」
またなんか変な草でも食わす気じゃないよね?そう思いながら、ディーの背中を追った。
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⭐︎⭐︎⭐︎
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コメント、エール、いいねお待ちしております♡
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