小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第3章 強くなるために

まずは足

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「へくちっ!」

「おいおい、風邪か?"保護者付き"冒険者くん?」
「今日も森で草むしりかぁ~?」

 カウンター近くの冒険者たちがケラケラと笑う。
 最近、ディーと一緒にギルドに来るたびに、こうやって茶化されるのが恒例になっていた。

 ……ったく、好きで保護者付きになったわけじゃねぇのに。
 でも、一人じゃ登録できないんだからしょうがねぇじゃん。
 それにくしゃみ1回で風邪なわけなだろ。ちょっと誰かが噂してるだけだし。

「ディーがいなきゃギルド入れねぇのか?」
「見習いってのは楽でいいなぁ!」

 笑い混じりの声が背中を刺す。
 本気じゃないのは分かってるけど――胸の奥が、少しだけチクッとした。

「……別に、いつまでも見習いでいるつもりはねぇし」

 そう、2年だけ。年齢制限のせいだから。だからこの2年間でディーに色々教わって、自分でも立派に冒険者できるように強くなるんだし。

 だから2年間だけ笑われてやる。今に見てろ、2年後には追い越してやるからな。

 俺の心の中で、ぼぅっと何かが燃えた音がした。

 ……と言っても今日も受けられる依頼は採取のみ。

 今日も森で必死に草を採るのだ。

「はぁ。……俺は今日も森で草むしり」

「文句言うな。ルールだ」

「ルールってやつが1番強ぇ気がしてきた」

「そういう事言うやつほど、草に負ける」

 ディーは淡々と言う。
 ……言い返せねぇ。

「くっそぅ、俺が見習い卒業したらあいつらをぎゃふんと言わせてやる」

 ぶつぶつと愚痴をいいながら葉っぱを摘んでいく。
 今回の薬草は面白い。1本の蔦が木に巻きついているんだけど普通の葉に混じって色の薄い葉っぱが時々生えていて、その葉っぱを摘むのが今回の依頼。1本の蔦は木の上の方までぐるぐると巻きついている。そこに生える色の薄い葉っぱは5枚くらい。数え切れないくらい葉っぱが生えているうちのたったの5枚だ。それを最低小袋1つ分……気が遠くなる。

「この葉っぱは水に浸して体に貼ると痛みを和らげる。実際、武力での強さよりもこういった知識の方が身を助けることの方が多い」

「なるほど」

「だからグダグダ言ってねぇで手を動かせ」

「はぁーい」

 なるほど。見習いが受けられるのが採取依頼だけなのは、知識をつけろってことなのか。

「……アレク、どこまで行ったんだろ?」

「さぁな」

 アレクは森に着いた途端「探検してくる」と言って森の奥に飛んで行ってしまった。手伝ってくれると思ってたのに、アレクはいつも勝手に森へ行ってしまう。

 むぅ。俺はまだディーに森に入るなって言われてるし、アレクがズルい。それにアレクが手伝ってくれたら早く終わる気がするのになぁ。

 森の奥から、風がさぁっと吹き抜けた。
 いつもと同じ森の匂い、のはずだった。
 ……けど、何かが違う。

「風が変わったな」

「うん、俺もそんな気がした」

 毎日のように森に通っていると、なんとなく分かってくる。
 風の匂い、獣の気配、魔獣の息づかい、魔物のざわめき――。
 ディーは何も言わない。でも、耳の動き、視線、わずかな毛並みの逆立ち。
 それを見るだけで“何か来る”って分かるようになってきた。

 俺もつられて風の向こうに意識を向ける。
 鼻を抜ける生臭い匂い、地面を打つ振動、木々のざわめき。

「……来る。」

 ディーの耳がピクリと動いた。

「群れだな。剣を構えろ」

「分かった」

 剣を抜く音が森の静寂を裂いた。ディーの背後へ回り、風の来た方へ刃先を向ける。木漏れ日がちらついて、呼吸が白くはならないのに妙に冷たく感じた。

 地面が振動した。遠くで何かが枝を折る音。足音が増える。ひとつ、ふたつ、三つ——いや、四、五、六。四足の魔獣が群れで迫ってくる。

 姿は狼に似ているが大きく、毛並みは油で濡れたように黒光りしていた。眼が赤く光る。唸り声が胸に響く。構えている剣先が僅かに震えた。緊張なのか恐怖なのか、自分でも分からない。

「気負うな。まずは自分を守れ。足を狙って動きを止めろ、首はそのあとだ」

 ディーは冷静だ。声は低く、けれど確実に指示が通る。俺は深くうなずき、呼吸を合わせる。

 最初の魔獣が姿を現した。飛びかかる角度が鋭い。俺は反射で体を捻り、刃を振り下ろす——刃先は脚の付け根に刺さり、湿った鳴き声とともに獣が崩れた。やった、初めての手応え。体が熱くなる。

 だが群れは止まらない。別の一体が横から滑り込み、俺の脇腹へ爪を突き立てようとする。痛みが走る。思わず後退しかけるが、ディーが1歩で間合いを詰め、斧を横に薙いだ。重い衝撃音と共に獣の体が地面に叩きつけられる。

「後ろ、気を抜くな!」

 ディーの短い声。

 次の突進を受け止める。片足を差し出して相手の体勢を崩す。足を詰め、息を吐いて剣先を差し込む。今度は首の付け根——一刺しで血が吹き、獣がひとしきり暴れて動かなくなった。ふぅ、と大きく息を吸う。二体目は俺の手で倒した。心臓がバクバクと破裂しそうだ。

 残る三体がディーめがけて集まる。ディーは豪快に斧を振り、重みで二体を弾き倒す。斧の刃が獣を裂く音がする。ディーの戦い方は豪快だ。だけど無駄がない。

 アレクがぴゃっと現れて獣の注意を逸らす。小さな影が光を反射し、獣の視線がそちらへ向く。その隙にディーが渾身の一撃を振りかぶり、最後の獣を仕留めた。森に、湿った静けさが戻る。

 俺は膝をつき、剣を握る手が震えるのを感じた。血の匂い、毛のざわめき、荒い吐息——全部が現実だ。倒れた獣の胸が、弱々しく上下する。足の骨を狙って動きを止め、首を取る。ディーの言った通りにやった。

「よくやった」

 ディーが無表情のまま近づいてきて、俺の肩を叩いた。その重みが懐の中に沈む。誇らしいような、怖かったような——胸の奥がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚だった。

「ま、前回よりは動けたんじゃねぇか?」

「うん……」

 答えながら、俺は自分の手を見た。剣に血がべっとりとついていた。たしかに、前よりは動けた気がする。それでもやっぱり今も震えが止まらない。

 けれど、不思議と胸の奥が静かに熱くなるのを感じた——出来た、っていう小さな実感。

 草むしりがなんだって言ってたけど、実際の戦闘はまだまだ慣れないし、やっぱり怖い。それに俺はまだ全然強くない。武力も知識も、教わるべきことは山ほどある。

「拾え。死骸は持ち帰る。検品と報告だ」

 ディーの声は業務的だが、俺にはそれが優しさに聞こえた。

 剣を鞘に戻す音がやけに大きく響いた気がした。
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