眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
88 / 175
やってみなくちゃ始まりません。

21

しおりを挟む
「私ばかり食べてるじゃない、影雪も食べてよ、代わるわ」
「いや、だがこれは」

 夢穂が強引に氷天丸の持ち手を引っ張ると、影雪から離れた途端地面にめり込んだ。
 ものすごい重力に身体ごと持って行かれそうになった夢穂だったが、手が滑ったことで怪我は免れた。
 掴んだままだと手が下敷きになっていたかもしれない。
 そう考えた夢穂は黒曜石のように美しい刃を前に、真っ青になっていた。

「どういうわけか俺以外が持つと、とんでもなく重く感じるらしい」
「そういうことはもうちょっと早く言ってほしかったわ」

 これほど重いものを軽々使いこなせるなら、人一人を抱えて走ったり飛んだりしても、余裕なはずだ。
 影雪にとって夢穂は、羽のように軽い。

 気を取り直して食事に戻ると、影雪も一緒にクリカキを頬張り出した。
 しばし、穏やかな時間が流れる。
 ふと、夢穂の脳裏に、先ほどの影雪の台詞が浮かんだ。
 
「あの……さっきの」

 夢穂が遠慮がちに切り出すと、対面する形で座っている影雪が反応を示した。
 
「お、俺の大事な女って、どういう、意味……?」

 視線を泳がせながら聞く夢穂に、影雪は「そのままの意味だ」とこともなげに答える。

「俺にとって、夢穂はとても必要だからな」
「影雪……」
「夢穂がいないと、俺はあちらの世界でまともに飯も食えないからな」

 夢穂は手に残っていたクリカキを、ぐしゃりと握りつぶした。

「そうよね、そういう奴よ、あなたは。どうせ私はただの餌付け役だし」
「どうして怒っている?」
「別に怒ってないけどっ」

 期待してしまった自分に腹が立った夢穂は、心持ち反発すると肩を落とした。
 そしてすぐに、一体何に対する期待だというのかと、ハッとした。
 影雪は異世界の異種族だ、それなのに――?
 いや、ないない、と、夢穂は思考をかき消すように頭を横に振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...