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出会いの夜

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 その直後、衝撃を受ける。
 項垂れていた私の眼前にあるガラス器、そこになにも入っていなかったからだ。
 花のような形をした透明の食器には、スプーンで掻き集められたクリーム状の形跡が僅かに残っているだけだった。

「な……中身が消えた? 一体誰が……!?」
「お前がきっちり全部食べていたぞ」

 隣人の冷静な報告に、自分自身が一番驚いていた。
 メガホン級の沼スウィーツを、ろくに咀嚼もせず飲むように平らげてしまった。
 我慢しているものを、食べてはいけない時間に、やってはいけない速度で腹に収める。
 この背徳感はなんなのだろう。 
 昔一度だけ味わったことがあるような。
 私が記憶の扉を叩く前に、前方から聞こえる笑い声に顔を上げた。

「あはは、そんな、泣くほど喜んでもらえるとは」

 猫宮さんの笑顔は、初夏の風のようだった。

「なっ……泣いてません!」
「え~? 瞳が潤んでるのは泣いてるうちに入りますよ」
「これはちょっと、勢い余って食べすぎたせいで、涙目になっただけです!」
「玉ねぎも入ってないのに?」

 人差し指の背を口元に当てながら、クスクスと音を立てる。
 なんなの、この人……いや、この猫?
 優しいんだか意地悪なんだかわからない。

「面白いですね……ええと、君の名前は?」
「私は――」

 流れで答えを返しそうになり、急いで口をつぐんだ。
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