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出会いの夜

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「で、でも、糖分は太る上にあらゆる病気の原因にも」
「だぁいじょうぶですよ、そんな怖いことにはなりません。これは魔法の食べ物ですから」

 怪しげな謳い文句も、堂々と言えば面白おかしい童話のようだ。
 猫宮さんの目を見ていると、不思議な気分になる。
 万華鏡のように自在に動く奇妙な美しさに、吸い込まれてしまいそうだ。

「さあどうぞ、美味しいですよ、ほんの一口だけ……いいでしょう?」

 誰にも言いませんから。と、囁くように穏やかな声。
 ――うん、ほんの少し、だけなら……。
 そう思った私の右手に冷たく硬い感覚が起こる。
 無意識に握りしめ、少しだけ、少しだけ……と、自分に言い聞かせるようにしてスプーンを進める。 
 マグマのようなチョコレートソースがかかった生クリームとバナナをすくい、胸を高鳴らせながら口元へ運ぶ。
 開いていた唇の上下を合わせた瞬間、口内に広がる濃厚なカカオの風味。
 堪えられず噛み合わせを繰り返してみれば、絡みつく果物の旨味と爽やかなミルク感が駆け巡る。
 甘さで繋がった重さと軽さが交互にやって来る。
 アイスクリームの柔らかさにフレークのパリパリした食感が相まって、最後の最後まで楽しめる憎い仕様。
 私はテーブルに拳をついた。
 ボクサーがリングで降伏する姿のごとく、目から熱いものが込み上げる。

「……お……おい、しい……」

 こんな言葉、一体いつぶりに口にしただろう。
 頭で考えるよりも先に、本能がものを言った気がした。
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