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出会いの夜

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 対面型のキッチン前にはダイニングテーブルが置かれている。
 ガラス張りの四角い机に、黒の革張りの椅子が二体向かい合っている。
 その奥に見える隣同士の出入り口。
 片方は洋室のドアで、もう一方は和室の襖だ。
 大事なのは好みではなく必要かどうか。
 きっと将来的には、もしかしたら今すぐにでも……必要になるのではないかと用意したテーブルと部屋。
 けれどその椅子に私以外が座ったことはないし、和室は借りた時のまま、埃さえ立たない日々が続いている。
 床と同じ真っ白なキッチンの壁と対峙する。
 私の目線に来るように両面テープで貼られた白い紙。そこにはずらりと箇条書きされた献立と数字たち。
 翌日食べる予定のものと、当日実際食べたものを記入して、栄養価はどうか、カロリーは大丈夫か、計算して答えを出す。
 昔からの習慣だ。面倒なんて思わない。
 なのに今夜は、すぐにペンを取る気にならなかった。
 細かい文字や数字の羅列に、ぼんやりと蜂蜜色の髪をした穏やかな顔が重なる。
 
「……あとでいい、かな」

 小さくつぶやいた私は、先に入浴を済ませることにした。
 ――あの人たちって、いつもあの店にいるのかな?
 ――普段はなにしてるんだろう。
 ――もしかしてあそこに住んでたり?
 あやかしとも、もののけとも取れる存在の彼らが、どこから来てどこへ行くのか。
 その素性と日常を想像で追いかけながら、全身にスポンジを滑らせシャワーで泡を洗い流した。
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