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白昼の衝撃

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「ちづちゃん、僕はね、ずーっとずーっと昔、お寿司屋さんに優しくしてもらった野良猫だったんだ」

 徐に語り出した猫宮さんに耳を傾ける。
 彼の品がありながらも自由な振る舞いは、縛られない生き方から来ているのだろうか。
 それでも神様に声をかけられたくらいだ、よほど美しい野良猫だったに違いない。

「みんなが寝ている時間に営業する、変わったお寿司屋さんだった。そこの店主さんがね、よく魚をくれたんだ。気づいたら居座ったりして、けっこういい暮らしをしていたと思う」
「あ……それでここの雰囲気も」

 私の言葉に微笑み頷く猫宮さん。
 かつて世話になった料理店を参考にしているなら、建物の作りが寿司屋に似ているのも、深夜から明け方にかけての開店も納得がいった。

「うん。だから僕、基本的に人が好きなんだ。そのせいかな。いつの間にか……こーんなことができるようになったのも」

 猫宮さんが言い終わる前に、ふわっと柔らかで、コク深い香りが漂う。
 乳白色の湯気の素、確認した目下には持ち手がついた赤茶色の丸皿が置かれている。
 深めの陶器で揺れるミルク色の波、中央に浮かぶ白身魚にキャベツとにんじんが彩りを添えていた。

「わぁ、お、美味しそう……」

 さっきまで気分が悪かったのに、猫宮さんの食事を前にするとみるみる食欲が湧いてくる。
 全然罪深くない。
 いかにも身体によさそうなこの一品いっぴんは――。
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