上 下
142 / 206
お礼

1

しおりを挟む
 その後、休み明けに変わらず出勤した私は、先日あったことを大まかに藤本さんに話した。
 早めにお昼休憩を取り、空いた屋上でお弁当を食べる。日課となりつつある、会話の流れに軽く乗せられる程度の内容だけかいつまんで。
 その時見せた藤本さんの横顔のインパクトはすごかった。「なんすかそれ、あたしが行って全員しばいてきましょうか?」――声は荒げていないものの、怒り心頭といった鋭い目をした彼女に少し救われた気になり笑ってしまった。
 いつの間にか笹原くんがそばに来て私たちの様子を窺っていて、藤本さんに「キモい!」と言って叱られていた。
 弱みを見せることは、自分の価値を下げること。誰も信用できなかった私は、自分だけで自分の機嫌も調子も取ってきたけれど、一人でできることなんて限られている。
 ほんの少し悩みを打ち明け憤りを共有できるだけでも、不思議と気持ちが軽くなるのだ。
 心のハードルを下げて、視野を広く持つことで、今まで気づけなかったことが見えてくる。
 それは他でもない、猫宮さんが私に教えてくれたこと。
 思えば猫宮さんと出会ってから、頭痛も減り、呼吸もしやすく、身体も軽くなったように感じる。
 仕事のためだけに来ていた職場でプライベートな話をする相手もでき、ようやく私が私らしく、人生の歯車が滑らかに回り始めたような。
 猫宮さんは変わった人だ。
 ずっとあそこにいて、退屈しないのだろうか?
 なんの見返りもなく、食と接客で奉仕し、それだけで本当にいいのだろうか?
 店を閉めている間は、なにか違うことをしているのだろうか?
 人間の世界で気に入った場所などあるのだろうか?
 考えれば考えるほど、わからなくて。
 わからないからこそ、知りたいのに知れない。
 私は猫宮さんに、どこまで踏み込んでいいのだろう。
しおりを挟む

処理中です...