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お礼

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 猫宮さんへの想いを自覚した私は、突然彼に会うのが気恥ずかしくなり、数日店に行かなかった。
 仕事が終わると資格の勉強を脇に置き、スマートフォンで恋愛小説や少女漫画を見る。
 小さな頃から教育に関する本以外を禁止されていた私は、今更ながら反抗期を迎えているのかもしれない。
 まともな初恋が二十八なんて、猫宮さんが聞いたら笑うだろうか。
 いや、きっとそんなことはない。
 きっと蜂蜜色のマシュマロみたいな笑顔で優しく包み込んでくれるはずだ。
 私が『お客様』である限り――。
 胸がいっぱいで、どうすればいいかわからない。
 猫宮さんに、いつもたくさん、大事なものをもらってばかりで。
 私にも、なにかできることがあれば――。
 そんなことを考えながら、濡れた髪を乾かすのも忘れ、布団の中でスマートフォン片手に瞼を閉じた。

 ブルブルと振動しながら響き渡る高音。
 顔を顰め手を伸ばし、枕の傍らに放置していた電子機器の画面に触れる。
 アラームのスイッチをオフにすると、再び静まり返る薄暗い部屋。
 充電すらしていなかったことを思い出すと同時に、ふと違和感を覚える。
 スマートフォンの目覚ましで起きるなんて、久しぶりだ。
 猫宮さんの店に行ってからこっち、頼んでもいない鶏の自然アラームが聞こえていたから。
 時刻は午前六時。
 いつもの朝を知らせる五時半を過ぎている。
 あのけたたましい声の主にも休日があるのだろうか……そう思った時だった。
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