アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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 結局、カシオペア座もペガスス座も、まったく頭に入ってこんかった。俺に残ったんは、星座を眺める春歌の横顔。それだけでも十分な気がするけど、夏の思い出作りはまだ終わらん。
 出かけるとつい覗いてしまう土産売り場。なにかいいものはないかと、気を取られているうちに、すでに春歌が出口に着いていて焦った。あわよくば、お揃いの記念品でも買おうとしていた自分が恥ずかしい。
 急いで後を追って「先先行くなよ」と言うと「拓人がダラダラしすぎなの」と返された。こういう時、手を繋いでいれば、勝手に離れられんし、人混みではぐれることもない。そう思って、横に並ぶ春歌の手に注目するけど、両方ともハンドバッグを握るのに使われている。手ぶらでも緊張するのに、これは難易度が高すぎる。そもそも俺と繋ぐ気がないんか。ボディバッグのおかげで、やけに軽い両手が虚しくて、意味もなくグーパーを繰り返した。
 そのまま向かった先は灰色の石階段。天文科学館のすぐ横にある、柿本神社に続く道。プラネタリウムの後は神社に行こうと、前もって話していたから、春歌も黙ってついて来る。
  
「春歌は、あんまり来ることないか?」
「初詣に、お母さんに無理やり連れてこられるくらい」
「そっか、俺は半年ぶりくらいかな。高校受験の時に何度か来たから」

 話しながら灰色の鳥居をくぐる。昔ながらの急な階段を、春歌の速度に合わせてゆっくりと上る。人が少ないから、急かされたり押される心配もなく、自分たちのペースで進める。

「高校受験ねぇ……拓人はてっきり私立に行くと思ってたけど。おぼっちゃんらしく」
「別におぼっちゃんちゃうし」
「公立にしても、拓人の家からなら、他に近い高校もあったのに」

 銀色の手すりを持って段差を上がりながら、チラリと横目で春歌が見てくる。まさかお前を追いかけて行ったなんて、彼氏でもないのに言えるはずがない。
 
「……別に、なんとなく、今のとこがよかったんや」
「ふーん。なんとなく、ねぇ」

 春歌は含みを持たせるように、語尾を伸ばして視線を外した。春歌の志望校を聞いてから、実は俺もって言うたから、偶然を装ったんはバレてる気がする。

「よく入れたよね。成績悪かったのに」
「わ、悪くはないわ、普通やし、大したことない」

 俺がピノキオなら、グングン鼻が伸びてるとこや。春歌とは小中と学校は違ったけど、たまに通知表を見せ合ったり、一緒に勉強していたから、お互いの学力がどの程度かはわかっている。当時の担任にも、ギリギリラインと言われて、必死に勉強した。春歌レベルの高校に受かるためには、仕方がなかったから。おかげで今も授業についていくのが大変で、ピアノのレッスンとのバランスが難しい。だからって、もっと時間があればなんて、春歌に言うんはあまりに無神経や。
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