アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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 一階のエントランスを抜けて、お土産品が並ぶミュージアムを通り過ぎる。エレベーターに乗り込んで二階に行けば、プラネタリウムドームがある。天文科学館のメインとも言える設備は、投影時間前に人でいっぱいになる。まだなにも映されてへん白く高い天井の下には、細長い足がダンベルを支える、四つん這いの虫を思わせる姿の投影機がある。その周りを囲む三百席の一つに、春歌が腰を下ろした。続いて隣に俺が座ると、間もなく投影時間になる。
 室内の明かりが落ちると、椅子の横についたボタンを押して、柔らかい背もたれを倒してゆく。日周運動や年周運動、太陽と星の複雑な動きが、解説とともに再現される。自然かつ立体的な映像に、夜空に浮かんだような錯覚を起こす。
 天文学に詳しくなくても、満天の星空を見れば、誰でも目を奪われるやろう。だけど今の俺には、もっと夢中になるものがあった。星の海よりも近くて遠い、隣の席をチラリと盗み見る。俺と同じように、リクライニングした椅子に体重を預けた春歌。綺麗な横顔が、星屑の光を浴びて輝いている。
 まっすぐに天井を見つめる涼しい目、すっと伸びた鼻筋に、形の綺麗な――。顔のパーツの最後で、滑らせていた視線を止める。カメラでズームするように、一部を切り取り注目した。
 口紅とは無縁な、色の薄い唇。あの時は混乱して、香りも感触も味わう余裕がなかった。実感が湧かんまま迎えた今日、隣で横になる春歌の唇に、突然現実味が増してドッと熱が上がる。
 薬を飲ませた後の、春歌からの一撃。理由を聞きたいけど、反応を考えると辛い。なんとなくならまだしも、柳瀬と間違えたとか言われたら、この後デートを継続できる自信がない。いや、彼氏やないからデートと呼べるかも怪しいけど。
 一人で悶々としていると、突然足に衝撃が走り「いっ!」って声を上げた。

「どこ見てんのよ、エッチ」

 視線は天井のまま、表情一つ変えん姫から冷徹なご注意。
 こちらを見んでも、俺の下心なんてバレバレらしい。だからって足で強く蹴るなんて、もう少し優しい嗜め方があると思う。塩対応なんて甘い。コショウにブラックペッパー、下手したらハバネロ級の辛口対応。
 そうやって内心愚痴りながらも、やっぱりプラネタリウムよりも春歌に目が行ってまう。もしかしたら、俺の方を見てくれるんやないかって。掴めそうで掴めん、星より綺麗で遠い存在。
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