アオハルのタクト

碧野葉菜

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追奏曲(カノン)

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「そういうところやで。だってたっちゃん、何事にも一生懸命やん。スカしたふりしても、全然できてへん。不器用で、怖がりで、当たり前を守ろうとしてくれる、そんなたっちゃんやから、春歌ちゃんも……好きやったんやと思う」

 あいつが俺を好きなわけないって、首を強く横に振る。優希はそんな俺を宥めるように、優しく肩に手を置いた。

「春歌ちゃんが、なんで水色ばっかり持ってたか知ってる?」

 グチャグチャに泣き濡れて、目の前がぼやける。それでも優希のまっすぐな瞳はわかった。

「春歌ちゃんと二人きりになることがあってん。高校入ってすぐに、忘れ物取りに行った教室で。話すことなくて気まずくて、春歌ちゃんのカバンやキーホルダーや、スマホまで水色やったから、なんとなく『水色好きなんやね』って聞いてん。そしたら『水島の色だから』って」

 絵本の読み聞かせのように、穏やかに語りかける朗読。今なら春歌が俺を、憎いと言った気持ちがわかった。吹き出していた涙はやがて、葉っぱを滑り落ちるような、静かな雫に変わる。一生かかっても互いに好きやと言わんかった俺たちは、きっと多くの人たちを巻き込み傷つけた。

「ごめん、俺……優希を、好きになれたらよかったのに」

 力いっぱい抱きしめる優希の胸に、顔を埋めて鼻を啜った。

「二番目でもええから、ずっとそばにおらせて」

 拭い去れん空虚を抱えたまま、俺たちは愛し合った。逃げられん鳥籠の中で、必死に熱を追いかけた。ここまで一緒に堕ちてくれるんは、優希しかおらん。だから俺は、あることを考えた。
 エアコンもつけてへん蒸し暑い部屋で、ベッドの足にもたれる優希。その前に位置する床に、右手の甲を差し出した。そして、左手に持った、金色の優勝杯を近づけてみせる。俺がもらったトロフィーで、一番重くて、立派なやつや。これくらいやないと、意味がない。
 
「優希に頼みがある」

 まどろんだ視線を起こした優希は、俺の意図に気づくと目を見開いた。

「俺の手を潰してくれ」

 優希の体が強張るんがわかる。逃げ道なんてないのに、一瞬たじろぐ動作を見せた。
 
「こんなこと、優希にしか頼めん。その代わり、責任は取る。後は全部、お前の言う通りにするから」

 小さな指が、体を包んだタオルケットに皺を作る。視線がぶつかったのを合図に、ゴクリと生唾を飲み込む音がした。
 優希は情が深い。だからこそ、俺を手に入れるためなら、なんでもしてくれるやろう。それが例え、どれだけ残酷なことやったとしても。
 躊躇いながらも、引きずった膝が近づいてくる。小刻みに震える手が、俺の左手に伸ばされ、トロフィーのくびれた部分を掴んだ。自由になった手のひらで、利き手の根本を押さえる。早く砕いてほしい。別の生き物と化した腕が、これ以上暴走を始める前に。
 優希は俺から託された、解放の杯を振り上げた。
 これでほんまに、さよならや、春歌――。
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