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働かされる。

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 東大宮駅からJRに乗り、職場である大宮を通り過ぎる。大宮から渋谷まで四十分ほどで行ける。
 職場と家の往復だけをしていたくるみは、少し足を伸ばせば、こんなに都会があるのかと驚いた。
 昨夜は放心状態で、いつもと逆方向の電車に乗ってしまい、流されるまま降りた。
 しかし、今日は違う。自分の意思で目的地として向かい、渋谷駅のホームを踏みしめた。
 昨夜とはまるで別の景色に見える。
 暗闇を照らす煌々とした光の代わりに、快晴の自然光がビル街を明るくしている。
 朝と晩でこんなに雰囲気が変わるなんて、すごいけれどちょっと怖い……そんな気持ちで、くるみは代官山まで歩くことにした。
 電車で行くことは考えなかった。昨夜のほとんど記憶がなかった道のりを、しっかりなぞって覚えてみたいと思った。
 慣れないスマホのマップ検索を使ってみたり、行き交う人に道を尋ねてみたり、あっちかな、こっちかなとウロウロしながら、代官山の駅まで来ることができた。
 渋谷駅よりも人通りや高層ビルが少ない、整備された小綺麗な道には、植え込みや細い木などの緑が添えられている。
 確かこんなふうだったと、くるみが昨夜の記憶を呼び起こしながら進んでいると、駅のすくそばに立派な建物を見つけた。
 六階建ての横に長い、グレージュ色のマンション。背は高くないが敷地が広く、重厚感のある邸宅だ。
 その他のマンションやオフィスビルらしきものも、どれも洗練されたデザインで、高級感を漂わせている。
 ――はぁ~、なんかすごい……どんな人が住んでるんだろ。
 お金に縁がないくるみは、この辺りの土地にどれほどの価値があるかわからない。それでもなんとなく、品格のようなものは伝わってきた。
 田舎から上京したての若者のように、いろんなものに興味を惹かれながら歩いていると、ふと遠くの建物に目を奪われる。
 まっすぐな通りの先に見える、白い体にパステルピンクの頭。暗がりでも印象に残ったその外観に、瞳を大きくしながら駆け寄る。
 今日は月曜日、仕事始めで足早に行き交う社会人たちに紛れながら、くるみは一人きり、店の前に立ち止まった。
 ホワイトチョコにいちごミルクをかけたような、上品でメルヘンなケーキ屋。
 初めて見る、太陽に照らされた姿もまた素敵だ。
 ――ここだ……間違いない。
 くるみは小さく頷き、目的地への到着を噛み締める。
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