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落とされる。

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 同日の午後、渋谷のカフェで、会計をするカップルがいた。

「んじゃ、今日も俺の勝ちな」

 そう言って財布も出さずに、店の外へ出る男子大生。残された彼女は、不満げな顔をしながらも、ショルダーバッグから財布を出して代金を払う。
 今時男女でも、割り勘なんかはよくあることだ。男性だからといって、女性の分まで支払う義務はないのだが。

「ねえ、やっぱり、早く食べた方が奢るってルールやめない?」

 ミルクティー色のロングヘアーを揺らしながら、彼の後を追いかけた彼女が言った。
 特殊なルールを決めた本人は、後ろを振り向きもせず、歩く速度を緩めることもしない。
 一般的に男性の方が食べるのが早いので、女性側は不利だ。その上たくさん食べられては、代金もかさむしいいところがない。

「一回いいって決めたこと、後から文句言ってんじゃねーよ」
「だって譲ってくれないから……こんなんじゃゆっくり楽しめないし、今度はもっといいとこ」
「あー、だりぃ、もうこの話終わり」

 カジュアルな服装の青年は、茶髪をガシガシ掻くと会話を強制終了した。
 久しぶりのデート、この日のためにグレーのロングワンピースをおろした。ネイルも変えて、新作のアイシャドウもしたのに、なに一つ褒め言葉もなく、あんずは不満でいっぱいだ。
 それでも付き合っているのは、大学で一番顔がよくて人気者だから。友達に自慢ができる、その優越感のために、大抵のことは見逃していた。
 やがて彼は、渋谷の通りのセレクトショップに入る。断りもなく、一人で踏み込む彼に、あんずは眉を顰めながらついていく。この後の流れが想像できたからだ。

「あ、これいいじゃん、買ってい?」

 しばらくすると、彼はダボッとしたスカジャンをあんずに提示してきた。

「こないだも買ってあげたでしょ、まだ前の分、返してもらってないんだけど」
「それはまた返すからさ、今月厳しんだって、頼むよ、な?」

 顔の前で片手を立て頼み込む彼から、あんずは渋々洋服をハンガーごと受け取った。
 
「サンキュー、あんず、愛してる!」

 その言葉が本当か嘘かなんて、あんずにとってはどうでもいいことだ。
 この間、別の学科に彼を好きな子がいると聞いた。そんな時、自分の彼氏だと見せつけてやるのが気持ちいい。
 優越感を味わうためなら、金くらいかけてもいい。もちろん奢らされていることは、友達には内緒だが。
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