枯れる前に

みよし

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再開2

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「退院おめでとうございます。乾杯。」
「ありがとうございます。」
 私は今、近藤さんと居酒屋にいる。
 何故こうなったかと言うと市役所にお礼に伺ったら、近藤さんにとっては迷惑だったようで、素っ気ない態度だった。私はお菓子の詰め合わせを彼に渡し執務室を出た。市役所の玄関前でコミュニティバスを待っていると、彼が深々と頭を下げ私にメモを渡した。
「7時、S駅前の東ロータリー」
 走り書きされたメモを私は握りしめて、辺りを見渡した。私と近藤さんのことなんて職員も来庁者も興味がないようで、なんだか私はホッとした。
 しかし、ノコノコ行くもの?と冷静な私もいる。
 断るにも役所に連絡したくてはならず、それもどうかと考えものだし。
 結果、私は行きたくないけれど行くんだと言う答えを導き出した。仕方ないのよ、仕方ないのだと、何度も自分に言い聞かせながら。
 そして今ここにいるわけ。決してやましいことなんてない。
「店長さんも連絡しました。7時半には来れるから先に始めておいてくれとの伝言です。」
「店長も来てくれるの?」
 なんだか嫌な予感。
 アヤコさん、また嫌味言うんじゃないの?
「店長さんって時々オネエ言葉ですよね。必ず語尾があがるというか。僕のこともコンドーちゃん⤴って読んでくれますよ」
 近藤さんのモノマネ以外と似ていて笑ってしまった。確かにオネエ言葉。男も女も好きですよって教えてあげたいけど、お客様だしねー、知らん顔しとこ。
「浅井さん、ちなみに辞めたんですか?」
「ええ、クビです。小さいお店なのでバイト二人も無理みたいですよ。」
 これは本当の話。
 店長は、私をクビにしたこと、保険会社に申し入れて加害者から見舞金が届いた。2年分の年収額。なんせ事故成金なのよね、私。
 あまりにも法外な金額で返す返さないで、プチ揉めしたけれど、結果受け取ることになった。二度と私の前に現れるなって感じで。
「クビか。どうされるんですか?これから。」
「まだ通院します。まだ痛いし。完治してから考えます。旦那のところに行っても良いし。四国に単身赴任なんで。」
 行くわけない。行きたくもない。向こうにはお世話する人がいる。
「僕と同じだ。単身赴任。」
「店長から聞きました。娘さんが遊ぶに来られたんですってね。」
「あーあ、そうなんです。中学生。」
「お父さんっ子ね。」
 近藤さんの情報はこれだけ。
「ちなみにどこに」
「元々、転勤族なんで、実家の近所にT県です」
「通えそうで通えない、感じ?」
「そうですね、通うには大変かな?だいたい、家に住んだことないから。家買ってから今まで。」
 近藤さんは、3人の子持ち。国家公務員で転勤族。
 5年前に実家の近所に一戸建てを購入。
 本人は一度も住んだことがないらしい。わが町S市にこの4月から3年間の出向を命じられた。年齢は私と同じ45歳で誕生日も7月生まれだった。
 奥さんとの出会いは、私と同じお見合い。
 私はS市出身。この町から出たことがない。
 夫は元々は父の部下で、出会いも父からの薦めだ。夫は断われず、私もなんとなくお付き合いが始まり結婚に至った。何かと父が関与してくることを鬱陶しく思い結婚早々から私達は仮面夫婦になった。
 夫は仕事にのめり込み、父より遥かに上の階級に登りつめた。父の自慢のムコ殿。
 浩二は私達夫婦の微妙な空気感を早くから察知しており、義兄の事を信頼していない。
 私はお金の不自由はないけれど、時間は持て余していた。

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