枯れる前に

みよし

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前を向いて

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「久しぶりね。松村先生!」
 一年後輩だった関口先生から声をかけられた。
「お久しぶりです。関口先生。」
「いやーね。敬語なんてやめて。タメ口でお願いします。」
「そう。では遠慮なく。」
 私は大胆になっていた。彼のおかげ。どういう訳か、分からないけれど、変に自信が湧いてくる。
 今日から、社会の補助スタッフ。専門は歴史地理、なんだけど。一応公民もできる。
 ちなみに松村は、私の旧姓。
 ただ、更に深く行くと日本史なんだけど。
 私が補助する彼は、歴史地理の野上先生で確かにぼんやりしている。
 授業も普通科(私学専門コース)、特進科(国公立コース)のどちらも遅れ気味。カリキュラムもまともに組めない状態で確かに病かな?と思う。
 1年生ならまだしも、特進の2年生なんかはもっとピリビリしないと駄目なんじゃない?って私でも初日から理解出来た。
「野上先生、小テストのプリント確認しましたよ。」
「ありがとうございます。」
 小さく怯えた声。こちらの方が虐めているみたい。
 特進クラスは、毎回10分程度で小テストをし、すぐにその場で答え合わせをする。質問は過去問も含め、なかなかレベルの高いものである。
 しかし、この先生には面倒な作業ってだけなんだろう。私はたった3年間の教師生活だったけど、生徒達が中間、期末、成績上げるために、日々のこの小テストを頑張っていたので、私もすごく力入れて作ったもんだけど・・・
 野上先生を相手していると一日があっという間。
 仕事帰り、浩二が家まで送ってくれた。
「まぁ、上がって浩二。」
「ああ、悪いわコーヒー!」
 玄関上がるなり一言。お疲れ様とか言葉でないものかなー
「はいはい」
 浩二は、ジャケットを脱いでネクタイも緩めた。この子もおっさん化してきたよなーと率直に感じる。
「はい。どうぞ。」
「ありがとう。そうそう姉さん、アイツだめだろ。」「アイツって?」
「野上センセ。」
「駄目って言うよりやる気ないって感じかなー」
「生徒の親から数年前にセンター試験の成績で叩かれて以来、すっかり病んでしまってね。」
「そうなの。気の毒ね。」
「野上は何にも悪くない。生徒自身の問題。学校は予備校じゃないし、普通に教えるだけだよ。それを日本史が悪かったから、希望校にいけなかったと散々彼に責め立てたのさ。」
 S女子学院は、卒業生の私が言うのもなんだけど、S県屈指のお嬢様学校。そんな品のない親がいることに衝撃を受けた。
「まー、姉さん、慣れたら教えてみる?」
「わたし!?」
「誰がいるんだよ。普通科の1クラス。」 
 今、一学年普通科3クラス、特進1クラス。日本史なので2年と3年の一部だけ。
 野上先生を見ていると私でも出来る気もする。
 彼に後押ししてもらお。
 私は甘えたラインを送った。
 すぐ僕の部屋においでって連絡がある。
 繋がりたい。私は体の底から熱っぽくなってきて。自然に女であることを再確認した。
「サー、浩二帰って。私疲れたし、シャワーでもして寝るわ。」
「もう、寝るって、まだ夕方だよ。」
「昼寝じゃないけど、夕寝、夕寝。」
 彼と夕寝なんだから、さっさと浩二を追い出して、私は念入りに体を洗って新しい下着を身に着けて、車に乗り込んだ。近いけれど車でいく。自転車や歩いて行くと汗をかいてしまう。胸に香水をつけると気持ちまで色っぽくなってしまう。
 彼のマンションまでの道のりを急いだ。

     
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