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1日目 結婚相談所に行く
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「共働き希望で、自分のご両親と同居、ですか」
「ええ。私は長男なので。親もそろそろ通院や買い物が自分達だけでは不便なんです。介護というほどじゃないけど、手助けが必要ですし」
結婚相談所の相談員の顔からは笑顔が消え、真顔になって手元のメモを見つめた。濃いめの化粧が野暮ったい、中年の女性だ。
「現在は貴方がご両親の通院や買い物にご同行してらっしゃる?」
「いえ、私は仕事があるので。今はまだ両親が自分で行ってます。なので、そろそろ結婚して親の介護をしてくれる人を見つけたいと思いまして」
「……共働きを希望とのことですが」
「ええ。このご時世、専業主婦なんて時代錯誤ですよ。それに働いていない女性は社会性がなくて非常識ですから」
「働いていない女性と交友関係が?」
「いえ? でも働いていないだけで十分非常識でしょう?」
女性の口調がやや詰問するように聞こえたのが気になったが、俺は構わずに続けた。
これまで仕事漬けで、しかも職場は圧倒的に男性の割合のほうが高かった。碌な出会いもないまま、気がつけばこの歳になっていた。これまで真摯に仕事に打ち込んで来た。容姿は良いとは言えないが、特別悪くもないはずだ。同期の男たちに比べれば、未婚のこともあってか、寧ろ若々しく見えるだろう。相手に求める条件も至って普通だ。高望みということはないだろう。
「ちなみにですけど、お子さんは想定されていますか?」
何を当たり前のことを聞くのかと、俺は大きく頷いた。
「もちろん。男の子と女の子、一人ずつ二人欲しいと思っています。ですから女性の歳は多くても27歳くらいまでと思ってます」
「……そうですか」
相談員の表情は更に深刻になっていった。まさか希望に合う相手はいないと言うのだろうか。やはり結婚相談所に登録するような女性は年増ばかりだろうか。不安になりながら、相談員の言葉を待った。
「では、お相手の希望を伺いましたので、次は貴方のセールスポイントを教えて頂けますか」
「せ、セールス!?」
まるで人を売り物のように……。面食らいながら聞き返せば、今度は相談員が大きく頷いた。
「ええ。婚活はお相手に選ばれなければ成立しません。早坂さんの条件に会うお相手は勿論いますが、彼女達の条件と早坂さんの条件がマッチしないことには紹介することもできません」
「そんな、自分の条件に合う相手を探してくれるんじゃないんですか」
女性は申し訳無さそうな、それでいて憐れむような複雑な顔をした。あえて言うなら侮蔑的とも見えた。
「結婚相談所はお互いに条件の合うお相手を紹介するシステムですので、」
そこで一度言葉を切ると、女性は苦笑を浮かべた。
「早坂さんに、お相手の条件があるように、女性にもお相手に求める条件があります」
「私は選ばれないと言うことですか」
「選ばれるにはセールスポイントが必要という話です。取りあえず、今の段階で貴方の条件でマッチするお相手がどの程度いるか、お見せします」
女性はテーブルの脇に寄せられていたキーボードを引き寄せた。女性は円グラフの並んだ画面を開き、ディスプレイを俺の方へと向けた。
「これが現在、うちに登録されている女性の全体人数です。次に早坂さんが希望されている27歳までの女性ですが、」
女性が軽やかにキーボードを操作し、カチカチとマウスを鳴らすと、円グラスが割れ、ごく一部が切り出された。
「更に、共働き、義実家との同居が可能となると、」
小さく切り取られた円グラフが瞬く間にか細い線へと変わってしまった。
「もう、全国で数十人ですね……」
「そんなっ」
そんな馬鹿な。共働きに、親との同居の何がいけないのか。嫁ぐのだから、同居なんて昔から当たり前だ。それに、今どき共働きに決まっている。
相談員は俺の声を無視して、なおもキーボードに何事かを打ち込んだ。
「さらにここに早坂さんのデーター。45歳、年収500万円を入力すると……。はい、一人もいなくなりました」
俺はやけに明るく言い切った相談員の無神経さに怒りを覚え震えた。まるで馬鹿にしているかのようだ。
「紹介できる相手がいないってどういうことだ!! あんたら、本当にちゃんと仕事してるのかっ」
突然隣のブースから飛び込んできた怒鳴り声に、俺も相談員も肩を竦ませた。隣のブースで面会していた男性客が周囲の目も気にせずに怒鳴っていた。
「前回、金を出して10人を選んだじゃないか。どうして紹介できないんだ」
「女性にはちゃんと後藤さんのお写真付きでプロフィールをお送りしています。そのうちの5名はこの支部の会員様だったので、担当者からもお声掛けさせていただきました」
「だったら何で!」
「選んだときも申し上げましたが、」
受け答えする女性の声に淀みはなく、怒鳴る男性相手に落ち着いたものだった。
「はじめから後藤さんが選ばれたお相手は条件がマッチしていませんでした。断られる可能性は高いと申し上げた通りです」
「条件、条件て、売れ残りのくせにっ。そうやって高望みばっかりしてるから、普通の生活で恋人ができなくて、こんなところに登録しているくせに。ここまで来て、何が条件だよ!あんたもちゃんと、女達に指導してるのかっ」
パーテーション越しに聞こえる男の怒鳴り声は、その張りの無さから四、五十代に聞こえた。憎々しげな声は一瞬、俺の思考とリンクした。そうだ、結婚相手が欲しくて結婚相談所に登録しているくせに。何が条件だ。
だが一方で女性たちの条件に興味が湧いた。一体自分は何が悪くて選ばれないというのか。
男の声が未だに怒鳴り続ける中、俺は困り顔の相談員に向き直った。
「女性の条件はどんなものなんですか」
「ええ。私は長男なので。親もそろそろ通院や買い物が自分達だけでは不便なんです。介護というほどじゃないけど、手助けが必要ですし」
結婚相談所の相談員の顔からは笑顔が消え、真顔になって手元のメモを見つめた。濃いめの化粧が野暮ったい、中年の女性だ。
「現在は貴方がご両親の通院や買い物にご同行してらっしゃる?」
「いえ、私は仕事があるので。今はまだ両親が自分で行ってます。なので、そろそろ結婚して親の介護をしてくれる人を見つけたいと思いまして」
「……共働きを希望とのことですが」
「ええ。このご時世、専業主婦なんて時代錯誤ですよ。それに働いていない女性は社会性がなくて非常識ですから」
「働いていない女性と交友関係が?」
「いえ? でも働いていないだけで十分非常識でしょう?」
女性の口調がやや詰問するように聞こえたのが気になったが、俺は構わずに続けた。
これまで仕事漬けで、しかも職場は圧倒的に男性の割合のほうが高かった。碌な出会いもないまま、気がつけばこの歳になっていた。これまで真摯に仕事に打ち込んで来た。容姿は良いとは言えないが、特別悪くもないはずだ。同期の男たちに比べれば、未婚のこともあってか、寧ろ若々しく見えるだろう。相手に求める条件も至って普通だ。高望みということはないだろう。
「ちなみにですけど、お子さんは想定されていますか?」
何を当たり前のことを聞くのかと、俺は大きく頷いた。
「もちろん。男の子と女の子、一人ずつ二人欲しいと思っています。ですから女性の歳は多くても27歳くらいまでと思ってます」
「……そうですか」
相談員の表情は更に深刻になっていった。まさか希望に合う相手はいないと言うのだろうか。やはり結婚相談所に登録するような女性は年増ばかりだろうか。不安になりながら、相談員の言葉を待った。
「では、お相手の希望を伺いましたので、次は貴方のセールスポイントを教えて頂けますか」
「せ、セールス!?」
まるで人を売り物のように……。面食らいながら聞き返せば、今度は相談員が大きく頷いた。
「ええ。婚活はお相手に選ばれなければ成立しません。早坂さんの条件に会うお相手は勿論いますが、彼女達の条件と早坂さんの条件がマッチしないことには紹介することもできません」
「そんな、自分の条件に合う相手を探してくれるんじゃないんですか」
女性は申し訳無さそうな、それでいて憐れむような複雑な顔をした。あえて言うなら侮蔑的とも見えた。
「結婚相談所はお互いに条件の合うお相手を紹介するシステムですので、」
そこで一度言葉を切ると、女性は苦笑を浮かべた。
「早坂さんに、お相手の条件があるように、女性にもお相手に求める条件があります」
「私は選ばれないと言うことですか」
「選ばれるにはセールスポイントが必要という話です。取りあえず、今の段階で貴方の条件でマッチするお相手がどの程度いるか、お見せします」
女性はテーブルの脇に寄せられていたキーボードを引き寄せた。女性は円グラフの並んだ画面を開き、ディスプレイを俺の方へと向けた。
「これが現在、うちに登録されている女性の全体人数です。次に早坂さんが希望されている27歳までの女性ですが、」
女性が軽やかにキーボードを操作し、カチカチとマウスを鳴らすと、円グラスが割れ、ごく一部が切り出された。
「更に、共働き、義実家との同居が可能となると、」
小さく切り取られた円グラフが瞬く間にか細い線へと変わってしまった。
「もう、全国で数十人ですね……」
「そんなっ」
そんな馬鹿な。共働きに、親との同居の何がいけないのか。嫁ぐのだから、同居なんて昔から当たり前だ。それに、今どき共働きに決まっている。
相談員は俺の声を無視して、なおもキーボードに何事かを打ち込んだ。
「さらにここに早坂さんのデーター。45歳、年収500万円を入力すると……。はい、一人もいなくなりました」
俺はやけに明るく言い切った相談員の無神経さに怒りを覚え震えた。まるで馬鹿にしているかのようだ。
「紹介できる相手がいないってどういうことだ!! あんたら、本当にちゃんと仕事してるのかっ」
突然隣のブースから飛び込んできた怒鳴り声に、俺も相談員も肩を竦ませた。隣のブースで面会していた男性客が周囲の目も気にせずに怒鳴っていた。
「前回、金を出して10人を選んだじゃないか。どうして紹介できないんだ」
「女性にはちゃんと後藤さんのお写真付きでプロフィールをお送りしています。そのうちの5名はこの支部の会員様だったので、担当者からもお声掛けさせていただきました」
「だったら何で!」
「選んだときも申し上げましたが、」
受け答えする女性の声に淀みはなく、怒鳴る男性相手に落ち着いたものだった。
「はじめから後藤さんが選ばれたお相手は条件がマッチしていませんでした。断られる可能性は高いと申し上げた通りです」
「条件、条件て、売れ残りのくせにっ。そうやって高望みばっかりしてるから、普通の生活で恋人ができなくて、こんなところに登録しているくせに。ここまで来て、何が条件だよ!あんたもちゃんと、女達に指導してるのかっ」
パーテーション越しに聞こえる男の怒鳴り声は、その張りの無さから四、五十代に聞こえた。憎々しげな声は一瞬、俺の思考とリンクした。そうだ、結婚相手が欲しくて結婚相談所に登録しているくせに。何が条件だ。
だが一方で女性たちの条件に興味が湧いた。一体自分は何が悪くて選ばれないというのか。
男の声が未だに怒鳴り続ける中、俺は困り顔の相談員に向き直った。
「女性の条件はどんなものなんですか」
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