上 下
52 / 157
第三章 冒険者修行編

第十六話 約一年……

しおりを挟む
 シュヴァーンの一員として通常の森で動物を狩り、エルフィと二人で俺達専用伏魔殿で魔物を狩る二重生活は修行を兼ねた実践の日々であり、そんな毎日を過ごしている間に新たな年を迎えた。
 更に、今は一年の半分が過ぎようかと言う六月の末になっており、俺は法的に十二歳となっている……はずだった。
 だがしかし、一月一日に年齢が一つ加算されるのが通常なのだが、仮成人である十二歳は生まれた季節にならないと年齢が加算されない旧制度の所為で、俺は冒険者的にはまだ十一歳扱いである。そのため、俺達専用伏魔殿以外の伏魔殿には入れない。
 だが、間もなく七月となり夏の仮成人の儀が執り行われる。それにより、晴れて俺も十二歳と認められ、正式な冒険者となるのだ。
 普通に伏魔殿に入れるのも嬉しいが、エルフィ頼みだった冒険者ギルドで魔物の換金が自分でできるようになるのもまた嬉しい。

 そんな俺達の約一年の活動は、シュヴァーンの四名は裕福と呼べるレベルの生活ではないが、毎日しっかりした食事にありつき、少しずつ貯蓄もできているようだ。

 彼等との狩りで、俺はほぼ戦闘を行わずに指示だけ出す役になり、今ではその指示も必要がない状況だ。だが、獲物を狩って一息ついているときにイノシシが突進してくるのに気づくのが遅れる、などの凡ミスもあり、完全には俺が不必要といえない。

 ちなみに、換金の配当は冒険者学校の頃から変わらず、半分を積み立てて残りを五人で等分しているのだが、俺の分はこっそり積み立てに回している。
 俺は魔物の換金で潤っているので、シュヴァーンでの配当は正直必要ない。実際に戦闘にはほぼ参加もしていないのだから。
 だからと言って配当を放棄すると、『リーダーの収入は何処から得ているの?』などと余計な詮索をされてしまうので、勝手に積み立てに回すようにしていた。

「まだまだリーダーがいないと自分達だけでは無理っすね」
「マーヤの察知もなかなか高精度になっているけどぉ、リーダーの域には程遠いのよねぇ」
「リーダーが規格外なだけ」
「あーしも気配とか読めるようになりたいけどー、全然わかーんなーい」

 細身のヨルクは重い盾を使うようになって大分筋肉が付いてきたが、元々が細いのでまだまだ頼りなく、精神的にも俺を頼ってしまっている。
 それでもヨルクは最前線で盾を持ち、獲物の突進を受けながらも指示を出したりするようになっているが、物理的に視野が狭いので的確な指示が出せない。これはポジション的に仕方ないだろう。

 神官見習いのイルザは休日に神殿でお勤めをしており、八歳や九歳で『聖なる癒やし』が使えるようになった俺の姉達には劣るが、それでも平均より早い十歳で『聖なる癒やし』が使えるようになっている。
 このお陰で、シュヴァーン内で多少の怪我は大丈夫、と言う油断が生まれている気がするので、あまり当てにしないよう皆に言い聞かせるのが大変だ。
 そして、イルザはおっとり口調なのは変わっていないが、言葉は少し毒を帯びてきている。
 そんなイルザは成長期なのだろうか、身長が伸びたのもそうだが、元々十歳らしからぬ二つの膨らみを持っていたが、十一歳になりその膨らみが更に成長している。稀にイルザとエルフィが顔を合わせるのだが、そのときのエルフィはイルザの胸元を見て『チッ!』っと舌打ちしているが、きっと俺の勘違いだろう。
 イルザは戦力としても当てになってきた。身体の成長で腕力も上がったのだろう、メイスのスイングが鋭くなって破壊力が増したのだ。

 魔法使いでもないのに獲物を察知する能力があるマーヤは、実際はかなり高精度な情報を伝えてくれる。だが、如何せん比較対象の俺が魔法を使ったインチキみたいな存在なので、正当な評価を受けられず少し可哀想だ。
 少ししたら俺はシュヴァーンと別行動をするので、そうなると索敵はマーヤ頼りになる。皆はもっとマーヤを敬うべきだろう。

 ミリィは自由奔放なのだが何気に視野が広い子で、戦闘中に誰も気付かない危険を咄嗟に発見し、危険回避の指示を出したりしている。多分、戦闘時の指示はミリィが出すのが一番良いのだが、奔放な性格ゆえにリーダーなどの型に嵌めるのは良くない。自由人は型に嵌めないのが一番活きる。

 シュヴァーンは個々の力や連携はそれなりに成長している。だが、まだまだ成長する余地は十分にある若いパーティだ。伏魔殿に入れるようになるまでまだ時間はあるのでじっくり育って欲しい。

 俺達専用伏魔殿では、エルフィがコカトリスにハマっている。
 伏魔殿では初見の魔物と沢山出会ったのだが、コカトリスは出会った魔物の一種だ。
 大きな鶏の魔物であるコカトリスには長い尻尾があるのだが、その尻尾がなんと蛇なのだ。そんな容姿のコカトリスの肉はサッパリしているがパサツキもなく味も良い。
 しかしこのコカトリス、強さは然程でもないのだが、尻尾の蛇にも頭があり、その蛇の瞳と目を合わせると石化させられてしまうのだ。石化は時間経過で解除されるが、初めてエルフィが石化させられたときは焦ってしまった。
 今は対処にもすっかり慣れたもので、いの一番に蛇の頭部を落としており問題ない。だが、これが視線を合わすのではなく、一方的に見られただけで石化させられるのであれば大問題だ。今後、そのような魔物が現れる可能性もあるので、慢心せずにいつも警戒心を持って臨んでいる。

 コカトリスの他にも倒した魔物(人型を除く)を食べたのだが、エルフィは何よりコカトリスが気に入っている。

 俺はベアハッグと言うプロレスの技名みたいな名前のクマの魔物がお気に入りだ。
 動物のクマの臭みは受け付けなかったのだが、ベアハッグは臭みも少なく濃厚な味わいで俺好みなのだ。エルフィも嫌いではないようだが、コカトリス至上主義なのであまり食べようとしない。

 ちなみに、ベアハッグは巨体の割に素早い動きをする厄介なヤツだ。しかし、攻撃は抱き付いてきて背骨を折る、これだけなのだ。腕を振り回して鋭い爪で引っ掻くなどの攻撃がない分、捕まらなければどうにでもなる相手なので、速さに自信がある俺とエルフィには相性がいい。

 素材の換金に関しても、十二歳を超えているエルフィなら魔物を持ち込んでも問題がないので、貯蓄はじわじわと増えている。
 まぁ、俺も数日後には自分で換金できるようになるので、貯蓄は更に増えるだろう。何せ、魔道具袋もどきの存在を知られないように少しずつしか換金をしていないので、魔道具袋の中にはまだまだ魔物が眠っているのだから。

 俺とエルフィの成長に関してだが、魔法に関しては俺もエルフィもちょっとした壁にぶつかっている。
 それは、既に使える魔法の精度を上げつつ、新たな魔法を創り出そうと試行錯誤しているのだが、新しい魔法を創るのに思いの外手こずっているのだ。

 例えばエルフィだが、風属性の魔法で自分の移動速度を上げるのはすぐにできたのだが、初期の俺と一緒でどうにも放出系の魔法が苦手のようだ。
 そこで、コカトリスの石化が闇属性の呪いであることから、光属性でそれを防ぐ魔法を作ろうと方向性を変えてみたが、それからスランプに陥ってしまった。

 俺はと言うと、魔法を魔術と思わせるように魔法陣を意図的に出す魔法を作ろうとしているのだが、なかなか上手くいかずに躓いている。だが、魔法を隠してこれから冒険者として生きていくのはキツいので、これは苦労してでも作り上げなければならないのだ。
 魔法を魔術と思わせることが可能になれば、近接以外の戦い方を他人に見られても、「あのガキは魔術で倒したのか」と思って貰える。これは非常に重要である。
  師匠に貰った木簡に書いてあった魔法は魔法陣が発動するのだが、どれも一風変わった魔法で魔術にある術とかけ離れているので、残念ながら人前では使えない。

 とはいえ、俺とエルフィが全く成長していないわけではない。
 魔法特性の都合でエルフィの近接戦闘能力は十四歳の少女とは思えないレベルになっている。特にスピードは人間離れしてきており、速過ぎて地を蹴る足の挙動が見えず、下手をすると宙に浮いているようにも見える程だ。……、いや、動体視力の優れた俺ですらそう見えるのだから、一般人には宙に浮いてるように思われるだろう。

 俺は苦手な放出系の魔法を極力使うようにし、剣から飛ばしていた風魔法の風刃を剣が無くても出せるようになり、オークに俺の気配を察知されない距離から放って首を切り落とせるようになった。ただ、連射が利かないので、複数の相手に接近する前に先ず一体仕留めるなどの使い方でないと、現状では使えない。

 そこで、俺の仮成人の儀が終わったら、エルフィには神殿から長期休暇を取って貰い、一緒に俺達専用伏魔殿に篭って合宿をすることにした。

 せっかく正式な冒険者になって一般の伏魔殿に入れるようになるのに、わざわざ俺達専用伏魔殿で合宿するとか、俺も段取り悪いよな……。

 月日が流れても、俺のおつむは弱いままであった。


 そしていよいよ仮成人の儀を迎える前日、思いもよらない来客があったのだ。

「来ちゃった」

 何でここに居るの?!

 俺は予想だにしていなかった人物を目の当たりにし、心底驚いてしまった。
しおりを挟む

処理中です...