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第三章 冒険者修行編

第四十二話 メシの顔

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 一通り神殿を探索すると、足元に大きな魔法陣が描かれている部屋以外、取り立てて珍しいものはなかった。
 その魔法陣も、何を意味するのかわからなかったので、調べるのは後回しにして神殿から外に出た。
 外に出ると、俺は魔道具袋に入っていた槍を取り出した。

「その槍は見たことのない輝きがあって素敵ね」

 屋外で陽の光を浴びた槍は、エルフィのいうとおり光り輝いていた。

「この輝きは、ミスリルだね」
「ミスリル?」
「銀の輝きと鋼を超える強度を持ち、魔力伝導に優れた金属だよ」
「なにそれ?! 凄いお宝じゃないの?」
「凄いお宝だね」

 俺のテンションが上がったのは、この槍がミスリル製だったからだ。

 神殿内で魔道具袋に手を入れ、この槍がミスリルの槍だとわかったとき、得も言えぬ興奮を感じたのだが、取り出した際にあまりにも長かったので一気にトーンダウンしてしまった。しかし、ふと別の『用途使えるのでは?』と思い、俺は軽く魔力を流して予想が確信に変わった。
 それは、ミスリル製の槍に魔力を流して探知魔法を発動すると、かつてない程の広範囲に探知範囲が及んだからだ。

「この長さは取り回しに苦労するけど、魔杖の役割を果たせそう……というか、格段に魔法が扱い易くなる。それに、槍自体の強度もかなりあるからね。これからはこれを使うことにするよ」
「あんただけズルいわね」
「武器はこれしか入ってなかったから仕方ないよ」

 神殿から回収した魔道具袋を全て確認したのだが、武器はこの槍だけしかなかった。しかし、ローブが二十着もあったのだ。

「姉ちゃん、このローブは何か付与がされているみたいだから、ちょっと効果を確認してみるね」
「付与? よくわからないけど、あたしは少し休憩するわね」
「わかったよ」

 それからこのローブを確認したところ、なんと風の属性が付与されていた。
 このローブを纏い魔力を軽く流すと、前面も含めた全身に見えない風の膜を作ってくれるようで、盾の役割なのか空気抵抗を減らすためなのかよくわからないが、防御と移動に適しているように思えた。
 なぜ移動に適していると思ったのかというと、走り出すと空気抵抗を感じないお陰で凄く身体が軽く感じられる。更に、ローブの内側背後から風で押される感覚があるのだが、これはエルフィの風砲移速魔法と同じような原理なのだろう。

 全てのローブに同じ魔法が付与されてるっぽいな。
 感覚的に適性属性は関係なく、単に魔力を込めれば誰でも使えると思うけど、現状は姉ちゃん、王都の姉さんとエドワルダの全員が風属性適性があるんだよな。
 適性属性を持たない人でも使えるかの確認はできないけど、この三人なら問題なく使えるだろうから気にしなくていいや。
 なんにしても、これも良い拾い物だったな。

 ローブの効果を確認している間に、疲れたエルフィは寝てしまっていた。

「ボスを倒したとはいえ、まだ周辺には魔物がいるのだから、こんなところで昼寝をするほど気を抜かれると困るな。でも、ワイバーンを仕留めた後にかなり疲れてた様子だったからな。そんな姉ちゃんを神殿で連れ回した俺にも責任がある。反省しないとだな」

 エルフィのあどけない寝顔を見ながら、テンションが上がって独りよがりな行動をしていたことを反省し、少しエルフィを休ませるために俺も休憩をした。

 ちなみに、オーガ戦の前に感じた約十体のオークの反応は、ワイバーン戦の頃には俺の探知範囲外に出ていたのだが、ローブの検証をするついでに追いかけて仕留めておいた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 小一時間ほど休んだところで、もぞもぞとエルフィが起きた。

「さて、帰りますか」
「帰りますかって言うけれど、帰りも魔物を倒しながらなのでしょ?」
「そうだけど、それは仕方ないでしょ? ボスを倒せば『ハイ終了』ってわけじゃないんだし」
「わかっているわよ」

 ひと休みしたエルフィは、多少は回復したようだがまだまだ疲れているようで、嫌そうな顔で返事をした。

「多分、今頃は他の冒険者も伏魔殿に入ってるはずだから魔物退治は任せて大丈夫だよ。俺達はボス討伐の報告を伯父さんにする義務もあるし、道中で出くわした魔物だけ軽く退治する。残党刈りは伯父さんに報告が終わってから、改めて伏魔殿に入ってやるから」
「それならさっさと帰るわね」

 強行軍でボス討伐に挑んだからな、姉ちゃんが帰ってゆっくりしたい気持はわかるよ。

 そんなわけで、若干機嫌の悪いエルフィと帰路に就いた。
 しかし、誰もいないことが前提であった行きは魔法を使ってガンガン進めたが、既に多くの冒険者がいるであろう今は、あまり目立つ動きはできない。そのため、少なくとも一泊はしないと帰れそうもないのだ。


「ねえねえ」
「なに?」
「真っ暗なら誰にも見つからないと思うのよ」
「で?」
「このまま魔法を使って一気に帰りましょ」

 野営地での夕食を済ませると、エルフィが名案を思いついたとばかりにアホなことを言い出した。

「真っ暗なら俺達も足元が見えないけど?」
「それなら『照明』を使えばいいわ」
「真っ暗闇に灯りが浮かんでいたら目立つでしょ?」
「素早く動けばあたし達だってバレないわよ」
「それはそれで変な噂になるかもしれないでしょ?」
「人の噂も四十九日って言うじゃない」
「それを言うなら七十五日ね……」

 ん? この世界にそんな諺《ことわざ》があったっけ? まぁ、いいや。

「そもそも、この地はこれから父さんが治めるんだよ? そこに変な噂があったら、これから開拓して人を住まわせるのに誰も来てくれなくかもしれないよ」
「……それは拙いわね」
「だから今日は大人しくここで休んで、明日帰ればいいじゃない。大丈夫、明日中には帰れるように調整するから」
「うぅ~、わかったわよ」

 ここまで来るのにも神殿で得た風属性ローブのお陰もあって、魔力に余力を持たせながらも通常の人より遥かに早いペースだったんだけど、姉ちゃんは魔法を使った動きだとか速さが当たり前になってきているのかもしれないな。いつかポカをやらかさないように、どこかで念を押さないとダメだな。

 一抹の不安を抱えながらも、さっさと寝てしまったエルフィに注意を与えることはできなかった。

 翌日、いつのもように野営地での朝を迎え、いつものように軽い朝食を摂り、いつものように出発した。


「姉ちゃん」
「任せなさい! ――うりゃー」

 あっちは姉ちゃんに任せておいて大丈夫そうだな。それなら、俺はオークの拘束を頑張りましょうかね。

 ふと遠方に感じた魔力の塊に、素通りするのも忍びないと思い少し寄り道をしてみると、そこには五十を越すオークの群れがいた。
 冒険者のパーティが数組いれば退治できる数だろうが、逆に言えば数組いないと厳しいともいえる。ならば、俺達で倒しておくよより他ない。どうやらそれはエルフィも感じたようで、嫌がる素振りもなくオークの群れに突撃していた。

「ブリッツェン、『地固め』は効率悪いわ。適当にオークの足場を悪くしながらあんたも戦闘に参加しなさい」

 おっと、姉ちゃんに痛いところを突かれちゃったな。

 オーガ戦でも使った、地面を使って相手を拘束する『地固め』だが、一対一では存分に力を発揮できたが、一対多では拘束出来る範囲が狭くて上手く機能していなかった。それならば、地面を固める前の地面を柔らかくして相手の足場を悪くするだけにして、俺も戦闘に参加しろとエルフィは言う。

 適材適所は魔法にもあるってことだな。ここは姉ちゃんの言うとおりにしておこう。

「姉ちゃん、あと少ししたら『地固め』の効果が切れるはず。俺はこっちのオークの足場を悪くしながら倒すから、そっちも必要になったら声をかけて」
「了解よ」

 姉ちゃんの方は暫く大丈夫だろうから、俺は自分の方をしっかりやらないとな。取り敢えずオークの足場を崩して槍で突けばいいか。……そうだ、せっかくミスリルの槍があったのに使うのを忘れてた。長くて取り回しが不便だけど、足場が不安定なオークを少し離れた場所から突くには問題ないだろう。

 俺は魔道具袋もどきからミスリルの槍を取り出し地面に魔力を流すと、先ほどよりも広範囲の地面を崩していた。

「魔力伝導が良くなると、ここまで結果に反映されるのか!」

 ミスリルの槍の効果に感心しながら、不安定な足場に四苦八苦しているオークを突き始めた。

「おー、これはいいな」

 取り回しの不便な長い槍だが、ただ突くには非常に便利だった。

「ブリッツェン、あの辺りの足場を崩して頂戴」
「はいよ」

 どうやら、『地固め』で固定されていたオークをエルフィは既に倒したようで、その後方からやってきたオークの足場を崩して欲しかったようだ。

 オークの足場を崩しては突くを繰り返すと、五十数体のオークは全滅していた。

「お疲れさん」
「お疲れ様。それより、昼食にしましょ」
「そうだね」

 たった今、やっと戦闘が終わったと言うのに、エルフィは既に食事モードとなっているようだ。
 あんなに嫌っていたオークの死骸に囲まれているというのに、エルフィはすっかりメシの顔で寛いでいる。

 人ってのは変われば変わるものだよな。そんなことを思いながら、俺は魔道具袋から魔道コンロを出してオークの調理を始めた。料理が得意でも不得意でもなかった俺だが、野営をすることで少しずつ料理の腕前が上がっていたので、今は料理自体が楽しく感じている。

「はいよ。取り敢えずコレを食べながら待っててよ」
「はぁ~、これよこれ、これを待っていたのよ」

 時間のかからないステーキを時間潰しにと出したのだが、エルフィはちょっとした調味料だけで焼かれたオークのステーキが待ち遠しかったようだ。

 おい! 俺が一生懸命作っている肉野菜炒めの立場はどうなる! 何で間に合わせに作った、ただ焼いただけの肉をそんなに有難がるのかね。俺がじっくり煮込んだオークの骨から煮出した出汁を使ったこの肉野菜炒めは、醤油のないこの世界ではかなり味わい深い物となって――

「おかわり」

 俺が心の中で能書きを垂れていると、オークステーキをぺろりと平らげたエルフィがおかわりを催促してきた。

「ほれ、肉野菜炒めだ」
「野菜は要らないわ。ステーキを寄越しなさい」
「野菜も食べようよ……」
「新鮮なお肉があるならお肉を食べるべきなのよ」

 仕方なくエルフィにステーキを渡した俺は、涙で少しだけしょっぱくなった肉野菜炒めを噛みしめるのであった。

 そしてこのとき……いや、このオーク戦で俺達は重大なミスを犯していた。しかも、そのミスに未だに気付いていなかった。
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