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第五章 自由奔放編

第二十二話 今後の予定について

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 清々しい・・・・気持ちで王都を出発し、お馴染みの王国南西への旅が始まった。

 その旅は、いつもの如く順調そのもので、今後はいつのもの如く俺が治める地である伏魔殿跡地に、いつもの如くサクッと到着し、いつもの如くあっという間に旅が終わる。
 現地には、予定通りディアナ達が既に到着しており、早くも神殿の掘り出し作業を行なっていた。

 なお、王都からこの地にくるには父の治めるアインスドルフを通るのだが、魔法で開拓作業をする関係上、今回は顔を出さずに人里を避けて通過してきている。

「調子はどうだい?」
「まだまだリーダーみたいにはできないっす」
「俺だって散々苦労して身に付けたんだ、ヨルクに簡単に真似されたれたら悲しくなるよ」

 シュヴァーンの四人中、ヨルク、ミリィ、マーヤの三人が土属性に適性があるので、ディアナの指導を受けつつ土掘りをしている。
 そして、土属性に適性がないイルザだけは、風属性を活かして伐採作業をしているのだが、その姿が『どうしてこうなった!』状態であった。
 というのも、現在イルザの指導をしているモルトケは放出魔法が苦手だ。そんな者から指導を受けているイルザは、魔法使い村から持ってきた斧に風を纏わせ、一撃で木を切り倒す練習をしていたのだから……。

 あのおっとりしたイルザが、豪快に斧を振り回す姿とかあんま見たくないな。

 神官見習いの装束で、『水の聖女』と呼ばれるお淑やかそうなイルザが、豪快に斧を振り回しているの姿というのは何とも違和感だらけで、俺は切ない気持ちになってしまった。……が、このイルザという少女、常日頃から身体を強化もせず、重いメイスを振り回していたのだ。
 そう考えると、違和感どころか日常の光景である、と思い至った。

「その子達がディアナの教え子の若手?」

 シュバーンの状況を一頻り見回った後、彼等の指導をしてくれているディアナに話しかけた。

「そうですわよ」

 休憩中だったのだろうか、倒木に腰掛けてカップを啜っていた弟子を、ちょいちょいっと手招きで呼び寄せたディアナが、重たそうな胸部装甲を抱え上げるように腕を組んだ。

「この子はジェニーと言いますの。村一番の魔力素量を誇るあたくしを上回る、現状で村最大の魔力素を持つ子ですわ。ですが、まだまだ制御が甘く、莫大な魔力を活かせていませんの。それでも、何れは魔法使いとしてあたくしを上回るでしょうね」

 ディアナにそこまで言わしめるジェニーという女の子は、濃紫の長い髪をおさげにしているが、そのシンプルさが素朴でむしろ可愛い。クリクリでぱっちりお目々には好奇心旺盛な赤紫の瞳がキラキラ輝いている。

「あーしはジェニー。ピチピチの十一歳でーす」

 なんとも元気の良いジェニーの口から、ピチピチの十一歳という言葉が出てきたので、爪先から頭のてっぺんまで舐めるように見回すと、年相応な背格好だと思いつつ、胸部装甲は年齢以上だと推測した。

 うむ、確かにピチピチしてそうだ。よくわからんけど。

「この子はフロリアンですわ。魔力素量は平均を上回る程度なのだけれども、魔法の扱い方は凄く上手ですの。魔法技術では、子どもの枠を飛び越えていますわね」

 ジェニーより若干小さいフロリアンは、黄色味がかった金髪が強烈な天パで凄くモフモフしており、へろっとした愛嬌のあるタレ目には青い瞳を湛えている。

 あぁ~、めっちゃモフりたい。

「あ、あたいはフロリアン。じゅ、十歳だ」

 フロリアンは、元気なジェニーと打って変わって、少々引っ込み思案のようだ。
 オドオドした態度に、『十歳だ』という口調がアンバランスだが、か弱い子羊が虚勢を張っているようで、それはそれでありだと思う。

「そんで、こいつはオレの弟子だ」

 しれっと姿を見せたモルトケが、何が楽しいのかわからないが、ニカッと楽しそうな笑みを浮かべ、弟子の背中をバシッと叩いた。

「名前はロルフ。小さい頃から剣の扱いが達者だったからオレの弟子にしたんだけどよ、いつの間にか放出魔法を使い出しやがった。まぁ、コイツは元が不器用だからな、魔法剣士ってのにはまだまだなれねーけど、将来は有望だぜ」

 モルトケの弟子であるロルフは、年の頃は成人前後で俺と同じくらいだろうか。だが、身長も体格も圧倒的に俺を上回っており、同年代の平均《・・》的な体格だ。そして、顔付きに幼さを残しているが、ちょっとワイルドな風貌のイケメンである。
 そんなロルフは、少し癖のあるグレーの髪を後ろに流し、濃いグレーの瞳が細い目に収まっていて、少し伏し目がちだ。
 この伏し目な感じは、人付き合いが苦手だと予測できる。ソースは昔の俺だ。

「俺はロルフ。……十三歳」

 これで俺より一歳下……ヨルクと一緒か。俺もヨルクとまでは言わないまでも、ロルフやくらいの身長が欲しいよ……。
 そんなことより、ロルフのこのボソボソと喋る感じ、やっぱり人付き合いが苦手感出てるな。

「俺はブリッツェン。十四歳だよ。これからよろしく」

 三人に対して、俺も肩肘を張らずに自然な感じで自己紹介をした。
 年齢を言うのが魔法使い村のしきたりなのか知らないが、三人が年齢を言っていたので、一応俺も伝えてみる。
 そんな俺の挨拶に対し、ジェニーは元気よく「よろしくー」と言ってきたが、フロリアンとロルフはボソッと呟くように「よ、よろしく」と言っていた。

 まぁ、初対面の人と上手く喋れないとか、遥か昔の俺にも思い当たる節があるし、ゆっくり仲良くなっていこう。
 あれ? そういえば、俺って自分は人見知りだと思ってたけど、初対面でも普通に接することができてるな。まぁ良い兆候だから、別に考えなくてもいいや。

 俺は平常運転であった。

 挨拶が終わると、皆を集めて今後の予定について会議を始めた。
 森だった場所で倒木を椅子にしただけの簡素な会議場だが、頬を撫でる風が心地よく、むしろ室内よりリラックスできる。

 先ずは渓谷の調査に行く者だが、俺と師匠は確定。ディアナは神殿の掘り出しを行なうので残留。モルトケは樵《きこり》作業を急ぐ必要がないので調査隊。モルトケの弟子のロルフも随行。……結果、残りの者は残留となり、図らずも調査隊は男性のみで編成された。

「リーダー、ちょっといいっすか」
「なんだヨルク」
「自分以外全員が女性なので、できれば自分もリーダー達と一緒に行きたいっす……」

 以前、アルトゥールに『魔法は女性でないと覚えられないのかい?』などと厭味ったらしく言われたことがあるように、何故か俺の周りの魔法使いは女性ばかりだった。
 なので、今回のような男ばかりで行動するような組分けは、何気に初めてのことに気付く。
 しかし、女性の中に男性が一人になる状況は、俺がいつもそうであったため、特に違和感はなかったのだが、何とも情けない表情でヨルクが懇願してくるので、調査隊に引き入れることにした。
 だが、よくよく思い返してみると、シュヴァーンは女性が三名で、ヨルクだけが男性なのだ。自分以外が女性だけの環境に、今になってヨルクが不満を漏らす意味がわからない。

 それはさておき、次は、残留組が神殿の掘り出し作業を終えた後の行動についてである。
 俺がこの地を治めるにあたり、神殿付近を行政の中心地として街造りをしたい。そのため、少なくとも半径一、二キロは整地したいところだ。
 神殿を全て露出させれば小高い丘が無くなり、それだけでもかなりの範囲が整地される。だが、それでもまだ足りない。
 なので、周囲の森を伐採して根を掘り起こし、綺麗に均してもらう。
 それが終わっても俺達が戻ってこなければ、通信魔道具で連絡を取り合い、その都度指示を出すこととなった。

 しかし何だな、日本であれば重機を使ったり、屈強なオッサンが行なっていたような作業を、ほぼ未成年の女性だけでやれちゃうんだから、魔法って本当に凄いよな。それに、そんなことを平気で頼めちゃう俺の思考も、すっかりこの世界に馴染んでるし。

 そんなことを思いつつ、調査隊と神殿組で別れ、それぞれで打ち合わせをする。

「師匠は渓谷の先がどうなっているかご存知ですよね。皆に情報の提供をお願いします」
「ふむ、特に危険もないでの、自分の目で確かめてみよ……と言いたいところじゃが、まぁよかろう」

 俺は聞いたことがあるが、皆は状況を知らない。せっかくなので、俺ではなく、直接目にしてきた師匠から情報を提供してもらうことにした。
 そして、その師匠の話を聞きながら、俺は自分の記憶と照らし合わせる。

 まず、渓谷は伏魔殿の一部であるにも拘らず、何故か魔物が一切出没しない。
 それもそのはずで、国境となる山脈を含めこの世界に存在する全ての巨大山脈には、なぜか植物が生えても動物等の他の生物が一切生存していない。そしてそれは、魔物も例外ではなかった。

 俺はそれを初めて知ったとき、当然のように不思議に思った。だが、それが常識であるこの世界のでは、人々がそれについて何の疑問も抱いていない。
 なので、『それが常識なんだ。疑問に思う俺がおかしいんだ』と思うことで、俺は考えるのを止めた。

 それはそうと、山と山の狭間にある渓谷も、当然のように魔物も動物も出ないので、食料の調達が不可能である。――辛うじて野草があるくらいか?
 だが、俺達は全員が魔道具袋もどきを所持しているため、それは全く問題にならない。それでも、村の外のことをよく知らないロルフに常識を教えるため、師匠は敢えて口に出して伝えたのだ。

 そんな師匠の言葉を聞き、ふむふむと頷くロルフの隣で、『マジかー』と言って驚いているモルトケを見て、何だかほのぼのとした気持ちになった。

 次は、渓谷の先についてだ。
 そこは、終点付近が崖崩れで塞がっている。だが、魔法使いが自己強化を行なっていれば、通行自体は問題ない。
 そして、崖崩れを乗り越えた先は伏魔殿ではなく、レーツェル王国のとある村の外れになっている。その村は小さいながらも、しっかり住民がいる。

 師匠はここまで伝えると、「ただし」と付け加え再度口を開いた。

「これは十年くらい前の状況じゃ。それ以降は儂も足を運んでおらんでの、状況が変わっている可能性もある」
「ですが、トリンドル領とレーツェル王国を繋ぐ渓谷でも、魔物や獣が現れないと聞いてます。道中の危険はないと思って大丈夫ですよね?」

 この世界での常識ではあるが、俺は敢えて質問してみた。

「渓谷を含めた山脈では、襲われる心配より食料の方が問題だからの、道中の危険は心配あるまい。儂が危惧しているのはそれではなく、レーツェル王国側の状況が変わっている可能性についてじゃ。人の住まう地が”十年も変化無し”とは考え辛い。念の為、用心だけはするように」

 レーツェル王国と遣り取りをしているはずのアルトゥールが、『トリンドル領以外に両王国を繋いでいる渓谷がある』、といった類の報告を受けていないのだ。
 であれば、これから向かう先は、現在も崖崩れがそのままである可能性が高いだろう。だが、その崖崩れが一層酷くなっている可能性もある。その規模によっては、通行が不可能な状況かもしれない。
 そして、まだシュタルクシルト王国に連絡が届いていないだけで、既に渓谷を発見し、入り口を塞ぐ岩石を取り除いている最中、といった可能性も無くはない。

 十年という時は、状況を変えるのに十分な時間だ。様々な変化を想定し、それらに対応できる準備はしておきたい。
 だが、大抵のことであれば、『この面子なら問題ないだろう』と俺は思っている。
 これは仲間に対する信頼からくるものであり、慢心《・・》ではなく、安心《・・》できるからこその思いだ。

 それからは、起こり得る状況の変化の想定やその対応策などを話し合い、一頻りの案が出揃ったことで、「後は現場を見て的確に判断し、臨機応変に対応できるよう心がけよ」と師匠が締め括り、今回の会議はお開きとなった。
 すると、「餓死したくねーからな」と口走ったモルトケは、食材確保に向けてロルフを連れて走って行く。
 正直、先日討伐したドラゴンの肉だけでも十分過ぎる量があるのだが、俺は何も言わずにモルトケを生温かく見送る。

 まぁこんな極上の肉を、馬鹿舌のモルトケに食べられてしまうのは勿体無いからな、と馬鹿舌の俺は思っていた。
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