金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

文字の大きさ
39 / 113
第三章

第十三話 海は広くて大きいらしい〜ちょっと大きすぎて怖かったです

しおりを挟む
 「♪うみはひろいな、おおきいな~」
 ルゼルが使用人たちが歌う歌を覚えて、図書室で歌いながら本をめくっていた時だ。
 「うみぃ?」
 一緒にいたアロンがルゼルに聞いた。
 「うみはね、おみずいっぱいいっぱいで、おっきいおっきいのとこよ」
 ちょっと待っててねと言ってルゼルが子ども用の魚図鑑を取りに行った。
 「ほら、これよ」
 見開きで海の中の沢山の魚の絵が描かれている。
 「このおみずぜーんぶぜーんぶ、よ」
 「うみ…」
 アロンは父ジゼルによく似た明るい青の瞳をパチパチさせて見ていた。そして窓に小走りで行くと庭を指差して「うみ」と言った。
 「あれは。きんぎょは、うみにいないってアニューレがおはなししてた」
 「…うみ?」
 アロンは池を指差して言う。
 「ちがうですよ。あれは。んとね、んとね、うみはー、がしょっぱーいなの」
 そうは言ったが実際のところはどのくらいしょっぱいものなのか?ルゼルは従者のヤンに聞いた。ヤンは最近ルゼルの従者になった。前任の従者ロビは正式にルゼルの執事として仕える事になった。ヤンは東の国の血が濃いクォーターのマード国人だ。平均的なマード人よりやや濃い肌の色をしており、顔立ちはほぼ東の国の顔立ちだ。話では東の国に行っていたこともあると聞いた。そんなヤンならば知っているだろう。
 ヤンはルゼルの質問に穏やかな笑顔で答える。東の血が濃いせいか、穏やかな笑顔がミステリアスだ。
 「海の塩分はかなりしょっぱいですよ。リゼル様が口をゆすがれた時のものと同じくらいでしょうか」
 リゼルは先日前歯が抜けた。それを聞いたルゼルはすぐに走って見に行った。
 行くとリゼルが口から血を流していて驚きのあまり気絶しそうだった。ヤンに支えられ、リゼルがすぐに「全然痛くないから心配しないで」と笑ってくれなければ気絶していた。
 その時、塩の入った水で口をゆすいでいたのだ。そうするのがなんだと言っていた。口をゆすぎながらリゼルは「しょっぱいな。食事だったら食べられないよ」と笑っていた。
 「…たべられないくらい、うみはしょっぱい…」
 気になる。しかもヤンの話では向こう側が見えないくらいずっと水しかないと言う。その水が足元に来たり去ったりする。どうなっているんだろう。
 「うみ、いきたい」
 
 それからのルゼルはリオンを巻き込んでの海ブームだった。
 「うみ、あおい」
 「うみ、しょっぱい」
 「うみ、おおきい」
 「うみ、いったりきたり」
 「うみ、ざぶーんいう」
 「うみ、きんぎょいない」
 絵本を見ても図鑑を見ても海はとにかく大きいらしい。二人が今まで見た一番大きな水の集まりは王宮の池だ。そこよりうんと大きいらしい。想像がつかない。ザブーンという音も想像がつかない。見てみたい。行ってみたい。

 二人の海熱を知ったコーク公爵が海辺近くの別邸に行くことを提案した。
 公爵は進行中の計画「平民識字率向上計画」の視察の予定でちょうど別邸に行くことになっていたのだ。
 学園の冬休みを利用し、ユリアン、リゼル、リディラ、リオン、ルゼル、公爵夫妻で行くことになった。
 リオンとルゼルは馬車での遠出初体験だ。窓から外を眺めて
 「おうと、でます!」
 「おうと、またね!」
 と言い、息で窓が曇ると
 「しろくなった!」
 「さむーいのまどとおなじ!」
 きゃー。
 きゃー。
 と大喜びだ。南下していくと息で窓が白くならなくなってくる。外の様子も変わってくる。
 「おうち、ぜんぜんないになるね」
 「おみせもないだね」
 人がいないからお店がないのか、お店がないから人がいないのか。
 「くさがいっぱい!」
 「あれは草じゃなくて麦というのよ」
 同乗のリディラが時々教えてくれる。
 色々な発見がある。
 ちなみに馬車は、リディラとリオンとルゼルが一緒。リディラの侍女も同乗だ。ロビは御者席、ヤンは馬車の後部に立っている。
 ユリアンとリゼルとリリィラがリリィラの侍女と同乗。
 公爵は仕事を持ち込み一人乗りだ。
 途中で泊まるために立ち寄るのはクイン家の親戚の貴族邸だ。
 クイン家は親戚が多いのでどこに行っても親戚がいる。クイン一族は血のつながりを大切にする一族で、人柄も良い。本家当主であるジゼルもやりとりを良くしているのでどこに行っても快適に過ごせた。
 クイン分家にしてみても、久しぶりに会う可愛い甥たちとの時間は嬉しいし、久しぶりに会うリリィラも従姉妹だったり姪だったり姉だったりして懐かしい。しかも宰相である公爵が宿泊されるなど大変な名誉だ。
 子どもたちもお礼にと、五人で蛙の歌を輪唱し、楽しい道中となった。貴族邸を経つ時はなんだかんだと土産を持たされ、自前の馬車に入り切らず、馬車を一台借りることにまでになった。
 別邸が近づくと車窓の眺めがガラリと変わった。なんとなく風の香りも違う。
 「これが海の香りかしら」
 リディラがつぶやいたので二人はワクワクとドキドキが増した。
 「うみ、きっとちかいね」
 リオンが言った時だ。馬車が曲がった。その先に、青い景色が広がっていた。
 「…うみ?」
 「はわわ…わわ…」
 二人は感激で言葉が続かなかった。

 公爵の別邸は海を見下ろせる高台にあった。子どもたちは着くとすぐさま海を見下ろせるテラスまで走って行った。
 「リオンが生まれる前に来たはずだけどよく覚えてないな」
 とユリアン。でもユリアンが描いた(描いてしまった)落書きが壁に残っていると言われたのできっと本当に来たのだろう。
 リオンとルゼルは海を見下ろして
 「ざぶーん」
 「ざぶーんのおと、するね」
 と話している。
 今日はゆっくり休んで、海は明日の昼に行くことになった。

 翌日は良く晴れた海水日和だった。王都が冬だなんて信じられないくらいだ。
 リオンたちは海を前にして様々な反応だ。
 ユリアンとリゼルは知識で知っていたし、リオンたちより想像もできていた。
 「とても開放的だな」
 「水平線て少し丸いんだな」
 一方のリオンとルゼルは
 「うみ…おおきいです…」
 「うみ…はわ…」
 昨日馬車から見た時より海は迫力があった。本当に向こう側が見えない。ずっと水が続いている。水が行ったり来たりしている。
 「なみ…」
 行ったり来たりする海の水は「波」というとユリアンに教えてもらった。
 ルゼルが足元にカニを見つけて言った。
 「…ちょき、よりじょずな、ちょきしてましゅ!」
 ルゼルは興奮すると呼びを忘れる。
 「ちょきは『かに』よ」
 「『かに』ちょき、じょず!」
 ルゼルがカニに拍手をしていたら大きな波がきた。ざっぱーん。
 一瞬体が浮いた。何が起きたかわからない。水がルゼルを飲み込んだ。上も下もわからない。どうしよう。なす術もなくもがいていたら、ヤンがルゼルを抱き上げて波から立ち上がった。
 「るぜ!」
 リオンは心配そうに叫んでいるが、ユリアンたちは笑っていた。それほど危険な状況ではなかったのだろう。
 「大丈夫?ルゼル?波がまぁるくルゼルを包んでビックリしたわね」
 リディラも穏やかに話している。ルゼルは本当に心配ない状況だったのだなと理解すると同時に緊張がほどけた。
 「…こわかった…」
 ポツリと声が出ると、怖さが急にやってきた。
 「こわかったよーぅ」ふええん。
 「大丈夫ですよ。ヤンがちゃんと見てますからね」
 そう言ってヤンが砂浜にルゼルを降ろそうしたが、ルゼルがしっかり首に巻き付いて離れず泣いている。
 「大丈夫だよ、ルゼル。このあたりは海が浅いから心配いらないよ」
 リゼルもリディラもルゼルをなでて落ち着かせようとしている。
 一方ユリアンは、泣いたルゼルにつられ泣きをしているリオンをなだめていた。
 「うわぁん、るぜがいないになるぅ。るぜー。るぜー」
 「リオン、大丈夫だよ、ルゼルはヤンが絶対守ってくれるから、ね」
 最後は二人が駆け寄って手を繋いで泣いていた。
 「りおんー」
 「るぜー」
 「りおんー、うみ、しょっぱいだったよー」
 二人は怖い思いをしたのだろうけれど、なんだか可愛らしくて皆笑った。

 その後は、ルゼルもヤンの抱っこで海に慣らされ、少ししたら皆と浅瀬で水遊びを楽しめるようになった。
 海は不思議だ。水際に立っていると波の動きで自分は動いていないのに動いているような錯覚が起きる。
 波の大きさも毎回違う。
 遠くに船が見えた。早速リオンが質問した。
 「なんでおふねはしずまないの?おふね、でおもいーなのに」
 これにはヤーべが答えた。
 「海の水は普通の水より物を浮かべる力があります」塩がそれを手伝っているらしい。それから鉄の量と水の量のバランスも関係しているらしい。それと推進力という科学の力も手伝っているらしい。
 「おもいーのがおみずにうくなら、いつかがおそらをとぶこともあるですね」
 リオンがキラキラした紫でユリアンを見た。ユリアンにはどうしたらそれができるかわからなかったが、リオンが言うならきっとできるだろうなと思えたので
 「うん。空を飛ぶ船がいつかきっとできるよ」
 と答えた。
 
  
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。  発端は彼女の父親が行方不明となり、叔父である父の弟が公爵邸に乗り込んで来たこと。  何故か叔父一家が公爵家の資産に手を付け散財するが、祖父に相談してもコロネに任せると言って、手を貸してくれないのだ。  そもそも父の行方不明の原因は、出奔中の母を探す為だった。その母には出奔の理由があって…………。  残された次期後継者のコロネは、借金返済の為に事業を始めるのだ。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

処理中です...