87 / 113
第四章
第十五話 お約束は沢山あるみたい。ヴァジュラ殿下はお約束知らないみたい〜ライラさんはステキステキです
しおりを挟む
幼稚園がお休みの日に、リオンとルゼルとアロンは王城に赴いた。ヴァジュラの遊び相手の日だ。
リオンたちが幼稚園に入園してから初めての登城だ。最近は一人で登城していたアロンも今日は兄たちと一緒なので喜んでいる。
「アロン、ヴァジュラ殿下は私たちがいないいないの時もびゅんびゅんて走ってますか?」
質問したのはリオンだ。
過日のお外を歩く練習での先生の教えに、ヴァジュラはことごとく合っていない気がしたからだ。
「あい。ヴァジュラしゃまん、びゅんびゅんびゅーん」
アロンは両手を左右に素早く動かしてヴァジュラの動きを説明する。これは兄ルゼル直伝の表現だ。
「うーん」
アロンの返事を聞くと、ヴァジュラは前にも増して走り回っているようだ。「びゅんびゅん」の後に「びゅーん」がつくことから想像するとそうなる。多分想像が外れてはいない。
三人はそれぞれの護衛たちを従えて城内を歩いている。三人に先立って歩くのはヴァジュラの待つ部屋まで案内する王城で働く者だ。
こうして見ると外でない場所でも歩くときには約束事があるようだ。
リオンの知りたいスイッチが入る。
「騎士様騎士様、どうして騎士様たちはいつも私たちの後ろ何ですか?私たちの前に案内するの人がいます。私たちがいます。その後ろに騎士様たちいます。お城では歩くの順番があるのですか?」
チラチラと後ろを向きつつ、転ばないように前も確認しながら歩くリオンは可愛い。
今日の護衛担当のヨハンが「はぁ、リオン天使、今日も激カワ」とか思っているとキーツがしっかりと答えた。
「順番と言いますか…基本的に左側を歩くことになっています。そして大体の時は身分の高い方々から順に歩きます。例外もあります。今のように案内する者などがいる場合は身分の高い方より前を歩くことになります」
ふむ。やはり何か法則があるようだ。リオンが続ける。
「走るの人はどこを走りますか?」
「基本、城内では走りません。ただ緊急を知らせる者は走るので、その者は廊下の中央を走ります」
「真ん中。みんな左側にいるから真ん中が空くですよね。それに曲がり角から出てくるの人とも真ん中ならぶつかりにくいです…。
それとそれと、騎士様たちがいつも後ろにいてくれるのも、身分の順番とは違いますよね」
「はい。我々はリオン様方をお守りするお仕事中なので、お守りしやすい位置、かつ、お邪魔にならない場所におります」
「お仕事と身分はどちらにしようかなの時もありますよね?」
「どちらにしようかなの時ですか?」
キーツだけでなく、他の騎士たちもこれはハテナだ。するとルゼルが、
「えとえと、新年会のとき、騎士様は私たちの近くに騎士様でいました」
ああ、あの丸見え手品でお花をくださった新年会ですね。あの時の二天使は突き抜ける可愛さだったな、と騎士様の回想。
「でもでも、だんちょ様とふくだんちょ様は騎士様してなかったです。あっ、あっ、ホンモノだんちょ様とホンモノふくだんちょ様のことです」
ルゼル様は、私たちの模擬戦での団長たちの真似を見てから本物かどうか分けて言う。こちらは分けなくてもわかるんだけど律儀で可愛い。で、新年会が何でしょう?
「新年会の時、騎士様、だんちょ様、ふくだんちょ様、お仕事と身分となんで違うになったのですか?」
なるほど。リオン様は新年会で団長や副団長が騎士としてではなく、貴族として参加されていたことを言っていたのか。それを「どちらにしようかなの時」って、あれだけでルゼル様には伝わるのか…本気で二天使なんじゃない?なんか人外だよこのお二人…。
「そうですね、どちらにしようかなの時はその人の立場によりますね。新年会は基本的に侯爵以上の者は仕事より身分を優先です。伯爵以下でも陛下から爵位を賜った者はやはり仕事より身分優先となります」
そういえば二天使は団長が侯爵ってご存知なのかな?副団長が伯爵ということも。
「ありがとうございます。よくわかりました。団長様は侯爵より上ーぇの人なんですね。副団長様は伯爵様でしたよね。だから副団長様の伯爵は陛下がどうぞしたんですね」
賜ることをどうぞしたなんて。なんて可愛い。それより本当に賢いな…。
「そうですね。団長様は侯爵様でもあられます」
「アロン!だんちょ様は侯爵で父上とおんなじおんなじだって!」
「きゃー」
「きゃー」
…いやいやいや、クイン侯爵家はなんで侯爵家なの?というくらい別格ですから、ルゼル天使…自分の家を普通の侯爵家と思わないで。
そしてリオン様の質問は続く。
「あのね、私、幼稚園に入ったの」
「はい、存じております」
あの新聞に載った写真。入園式の集合写真。二天使が正面からこっち見てる写真。詳細わからないくらい小さく写っているけどなんだか二天使のところだけ輝いてましたよ。
「入園式の時にね、お名前呼ばれたの。お名前呼ぶのも順番があるってわかったの。それで今も歩くの順番あるんだなってわかったの。それで思い出したのだけど、騎士様はホンモノの場所でえいっえいってする時に順番とか、ここにいるよーの場所を決めているでしょう?」
難しい言い回しですが、だんだん慣れてきています。これはあれでしょう、ホンモノの場所とは戦場。え?だとすると戦う時の配置のこと言ってますか?
ここでギンが口を挟む。
「リオン様失礼します。それは戦場での配置の話でしょうか?だとすると何故そう思われたか伺っても?」
リオンがキョトンとした顔をした。
「違いましたか?騎士様の練習観に行った時に、右側に強いよーの騎士様と左側に強いよーの騎士様が一緒に練習していたし、最初は後ろの方にいて後から前ーぇに出るの動きしてる騎士様もいたのでそう思ったの。です」
「リオン、それ私知ってる。配陣いうんだよー。えいってする時に勝てるぞの場所に一番合う人を置くのだって。アネーレが言ってた」
「ハイジン…」
リオンは繰り返してインプット。
「…リディラ様がそのような事を…お詳しいのですね」
ギンが苦笑いをした。他の騎士たちは驚きを隠すことに専念だ。リディラ様、時々登城されるが、マグヌス殿下が眼中にない、珍しいお嬢様だ。やはりルゼル天使の姉君だなと騎士たちは、思う。
そんな騎士たちには気づかず、リオンが納得の顔で言う。
「色々なものに色々な並びがあって、意味があるのですね…でもでもヴァジュラ殿下はなんだか違うです…どうしてですか?」
なんという難問を‼︎
「それ、私も知りたいです!ヴァジュラ殿下はどうして歩道を歩かないですか⁉︎」
なんとピンポイントで聞いてくるのか⁉︎
「ヴァジュラしゃまん。かじょー」
アロンが眉間にシワを寄せて言う。アロンもヴァジュラには思うところがあるらしい。
続けてアロンがハッとした顔から笑顔になって「ヴァジュラしゃまん!」と言った。
ほどなく、ドカドカと大きな足音が聞こえてきた。ヴァジュラの走る音に違いない。
「うおー」
声が聞こえる。間違いないヴァジュラだ。
すると少し先の曲がり角からヴァジュラが飛び出して来た。
「ヴァジュラしゃまん!」
両手を挙げて笑ったのはアロン。
「ヴァジュラ殿下!コロンてなります!」
焦って手をハタハタさせたのはルゼル。
「ヴァジュラ殿下はやっぱりお約束と違う」
と呟いたのはリオン。
おそらく三人を待ちきれなかったヴァジュラは、三人が到着したという先触れを聞いて飛び出してきたのだろう。正面から見ると小ぶりな岩が飛んでくるような迫力がある。案内人としてリオンたちの前にいた者は、勢いでリオンたちにヴァジュラがぶつかるのではと不安になり、自分がリオンたちの盾になるべきか、それはヴァジュラに対して不敬かで瞬間迷っていた。
後ろからヨハンとギンが「これはぶつかる勢いですね」と言ってサッとリオンたちの斜め前に出てきた。それを見たリオンがポツリと
「…ハイジン。ヴァジュラ殿下戦のハイジン…」
と呟いたのをヨハンたちは聞いた(そして騎士寮の夕食の時間に話題にしまくった)。
あと少しでヴァジュラが飛んでくるという直前、
スパーン
という音とともに品の良い白い扇がリオンたちの前に開かれた。同時にヴァジュラがピタリと止まった。
「ヴァジュラ殿下」
落ち着いた声が責め気味にヴァジュラの名を呼ぶ。
「ライラ…」
ヴァジュラが眉を下げて言う。
副侍女長のライラだ。ライラがリオンたちが危険と見て登場したのだ。
ライラはしゃがんで視線をヴァジュラに合わせた。
「ヴァジュラ殿下」
「…すまん。ワシ走った。ダメ、忘れた」
「はい。ライラにはわかりますよ。殿下は早く早くリオン様方にお会いしたかったのですよね」
「そうだ」
「わかっていても、走ってしまうヴァジュラ殿下のことも良くわかっておりますよ」
「すまん。ライラ。もう、すまん」
なにやらヴァジュラが慌てているように見える。ヴァジュラが手を前に出して振りながら首も左右に振っている。
「はい。ライラは殿下が反省しているのもよくわかっておりますよ」
「ライラ、もう、すまん」
「ライラが言いたいのは、殿下がそのように走り出してしまうとわかっているのにお止めしない侍従たちは、いったい、何を、して、いたのかっ、と、いうことです」
もちろんその頃にはヴァジュラの侍従たちもここに到着している。みんな真っ青だ。ただ侍従たちは理解している。これは侍従たちではなくヴァジュラに言っているのだと。
「ライラ、すまん」
「ヴァジュラ殿下は反省されているのですから、謝る必要はございませんよ。あくまで侍従たちに言いたいのです」
「ちがう!ライラ、すまん!ワシ、みんなドーンで来たー!みんな、悪くない。ライラ、すまん!次はそっとそっとするーぅ‼︎」
突き飛ばさないよう気をつけるだけで、飛び出すし、走るのは変えないのだなと周囲が思う。だが、無理な約束をしないヴァジュラは誠実だ。
「そうですね、ヴァジュラ殿下。できそうなところからしっかり守っていきましょうね。そうでないと…」
ためるライラはしゃがんでいても迫力がある。
「…いつか、大事な人たちとヴァジュラ殿下が大きな怪我をなさいます」
「骨折?」
ヴァジュラが聞いた。ヴァジュラの実感できる怪我は骨折だ。擦り傷は怪我のうちに入らない。
「骨折ぐらなら良いのですが…骨折より過剰な怪我かもしれませんね…」
「うお…」
ヴァジュラは真っ青だ。
「わかった。ドーンはそっとそっとする」
「はい。ドーンはそっとそっとです。そしてドーンしなくて良くなるように、『どいて』と言えるように少しずつ頑張りましょうね」
「わかった」
ライラの話が終わってもヴァジュラはその場から動かずにライラとリオンたちを見比べながら立っていた。…ヴァジュラが何かを考えて止まっているのだ。こんなヴァジュラを今まで見たことがない。
「あの…ライラ…」
「はい。もうリオン様たちとお話してよろしいですよ。ただし…?」
「ドーンなし。歩く。てくてく」
「そうですね」
そう言ってライラはにっこり笑って立ち上がった。
「では殿下、皆様方、失礼いたします」
「おー、ライラ!」
そう言ってヴァジュラはライラにぶんぶんと手を振って見送った。そして侍従たちに「すまん。骨折したか?」と聞き、侍従たちが首を振るとホッとした顔になり、クルリとリオンたちに向き直って「てくてく。てくてく。ドーンなし」と呟きながらかなりの速歩きで来た。
「ヴァジュラ殿下が…」
「てくてくしてます」
「ヴァジュラしゃまん、てくてく…」
三人はヴァジュラなりにゆっくり意識して歩く様子に驚いた。
「ライラ殿は凄いな」
「扇で品良く止めたな」
「流石、騎士の妻のかがみだ」
と、騎士たちが感心する。
リオンたちも
「ライラ様、かっこいい」
「ライラ様、ヴァジュラ殿下をドーンの危機からすくったね」
…救われたのはリオンたちだが…。
「ヴァジュラしゃまん。てくてく」
リオンとルゼルはライラにすっかり魅了されていた。
そして、ヴァジュラはいつかちゃんと歩道も歩くだろうと、妙な安心もしたリオンとルゼルだった。
リオンたちが幼稚園に入園してから初めての登城だ。最近は一人で登城していたアロンも今日は兄たちと一緒なので喜んでいる。
「アロン、ヴァジュラ殿下は私たちがいないいないの時もびゅんびゅんて走ってますか?」
質問したのはリオンだ。
過日のお外を歩く練習での先生の教えに、ヴァジュラはことごとく合っていない気がしたからだ。
「あい。ヴァジュラしゃまん、びゅんびゅんびゅーん」
アロンは両手を左右に素早く動かしてヴァジュラの動きを説明する。これは兄ルゼル直伝の表現だ。
「うーん」
アロンの返事を聞くと、ヴァジュラは前にも増して走り回っているようだ。「びゅんびゅん」の後に「びゅーん」がつくことから想像するとそうなる。多分想像が外れてはいない。
三人はそれぞれの護衛たちを従えて城内を歩いている。三人に先立って歩くのはヴァジュラの待つ部屋まで案内する王城で働く者だ。
こうして見ると外でない場所でも歩くときには約束事があるようだ。
リオンの知りたいスイッチが入る。
「騎士様騎士様、どうして騎士様たちはいつも私たちの後ろ何ですか?私たちの前に案内するの人がいます。私たちがいます。その後ろに騎士様たちいます。お城では歩くの順番があるのですか?」
チラチラと後ろを向きつつ、転ばないように前も確認しながら歩くリオンは可愛い。
今日の護衛担当のヨハンが「はぁ、リオン天使、今日も激カワ」とか思っているとキーツがしっかりと答えた。
「順番と言いますか…基本的に左側を歩くことになっています。そして大体の時は身分の高い方々から順に歩きます。例外もあります。今のように案内する者などがいる場合は身分の高い方より前を歩くことになります」
ふむ。やはり何か法則があるようだ。リオンが続ける。
「走るの人はどこを走りますか?」
「基本、城内では走りません。ただ緊急を知らせる者は走るので、その者は廊下の中央を走ります」
「真ん中。みんな左側にいるから真ん中が空くですよね。それに曲がり角から出てくるの人とも真ん中ならぶつかりにくいです…。
それとそれと、騎士様たちがいつも後ろにいてくれるのも、身分の順番とは違いますよね」
「はい。我々はリオン様方をお守りするお仕事中なので、お守りしやすい位置、かつ、お邪魔にならない場所におります」
「お仕事と身分はどちらにしようかなの時もありますよね?」
「どちらにしようかなの時ですか?」
キーツだけでなく、他の騎士たちもこれはハテナだ。するとルゼルが、
「えとえと、新年会のとき、騎士様は私たちの近くに騎士様でいました」
ああ、あの丸見え手品でお花をくださった新年会ですね。あの時の二天使は突き抜ける可愛さだったな、と騎士様の回想。
「でもでも、だんちょ様とふくだんちょ様は騎士様してなかったです。あっ、あっ、ホンモノだんちょ様とホンモノふくだんちょ様のことです」
ルゼル様は、私たちの模擬戦での団長たちの真似を見てから本物かどうか分けて言う。こちらは分けなくてもわかるんだけど律儀で可愛い。で、新年会が何でしょう?
「新年会の時、騎士様、だんちょ様、ふくだんちょ様、お仕事と身分となんで違うになったのですか?」
なるほど。リオン様は新年会で団長や副団長が騎士としてではなく、貴族として参加されていたことを言っていたのか。それを「どちらにしようかなの時」って、あれだけでルゼル様には伝わるのか…本気で二天使なんじゃない?なんか人外だよこのお二人…。
「そうですね、どちらにしようかなの時はその人の立場によりますね。新年会は基本的に侯爵以上の者は仕事より身分を優先です。伯爵以下でも陛下から爵位を賜った者はやはり仕事より身分優先となります」
そういえば二天使は団長が侯爵ってご存知なのかな?副団長が伯爵ということも。
「ありがとうございます。よくわかりました。団長様は侯爵より上ーぇの人なんですね。副団長様は伯爵様でしたよね。だから副団長様の伯爵は陛下がどうぞしたんですね」
賜ることをどうぞしたなんて。なんて可愛い。それより本当に賢いな…。
「そうですね。団長様は侯爵様でもあられます」
「アロン!だんちょ様は侯爵で父上とおんなじおんなじだって!」
「きゃー」
「きゃー」
…いやいやいや、クイン侯爵家はなんで侯爵家なの?というくらい別格ですから、ルゼル天使…自分の家を普通の侯爵家と思わないで。
そしてリオン様の質問は続く。
「あのね、私、幼稚園に入ったの」
「はい、存じております」
あの新聞に載った写真。入園式の集合写真。二天使が正面からこっち見てる写真。詳細わからないくらい小さく写っているけどなんだか二天使のところだけ輝いてましたよ。
「入園式の時にね、お名前呼ばれたの。お名前呼ぶのも順番があるってわかったの。それで今も歩くの順番あるんだなってわかったの。それで思い出したのだけど、騎士様はホンモノの場所でえいっえいってする時に順番とか、ここにいるよーの場所を決めているでしょう?」
難しい言い回しですが、だんだん慣れてきています。これはあれでしょう、ホンモノの場所とは戦場。え?だとすると戦う時の配置のこと言ってますか?
ここでギンが口を挟む。
「リオン様失礼します。それは戦場での配置の話でしょうか?だとすると何故そう思われたか伺っても?」
リオンがキョトンとした顔をした。
「違いましたか?騎士様の練習観に行った時に、右側に強いよーの騎士様と左側に強いよーの騎士様が一緒に練習していたし、最初は後ろの方にいて後から前ーぇに出るの動きしてる騎士様もいたのでそう思ったの。です」
「リオン、それ私知ってる。配陣いうんだよー。えいってする時に勝てるぞの場所に一番合う人を置くのだって。アネーレが言ってた」
「ハイジン…」
リオンは繰り返してインプット。
「…リディラ様がそのような事を…お詳しいのですね」
ギンが苦笑いをした。他の騎士たちは驚きを隠すことに専念だ。リディラ様、時々登城されるが、マグヌス殿下が眼中にない、珍しいお嬢様だ。やはりルゼル天使の姉君だなと騎士たちは、思う。
そんな騎士たちには気づかず、リオンが納得の顔で言う。
「色々なものに色々な並びがあって、意味があるのですね…でもでもヴァジュラ殿下はなんだか違うです…どうしてですか?」
なんという難問を‼︎
「それ、私も知りたいです!ヴァジュラ殿下はどうして歩道を歩かないですか⁉︎」
なんとピンポイントで聞いてくるのか⁉︎
「ヴァジュラしゃまん。かじょー」
アロンが眉間にシワを寄せて言う。アロンもヴァジュラには思うところがあるらしい。
続けてアロンがハッとした顔から笑顔になって「ヴァジュラしゃまん!」と言った。
ほどなく、ドカドカと大きな足音が聞こえてきた。ヴァジュラの走る音に違いない。
「うおー」
声が聞こえる。間違いないヴァジュラだ。
すると少し先の曲がり角からヴァジュラが飛び出して来た。
「ヴァジュラしゃまん!」
両手を挙げて笑ったのはアロン。
「ヴァジュラ殿下!コロンてなります!」
焦って手をハタハタさせたのはルゼル。
「ヴァジュラ殿下はやっぱりお約束と違う」
と呟いたのはリオン。
おそらく三人を待ちきれなかったヴァジュラは、三人が到着したという先触れを聞いて飛び出してきたのだろう。正面から見ると小ぶりな岩が飛んでくるような迫力がある。案内人としてリオンたちの前にいた者は、勢いでリオンたちにヴァジュラがぶつかるのではと不安になり、自分がリオンたちの盾になるべきか、それはヴァジュラに対して不敬かで瞬間迷っていた。
後ろからヨハンとギンが「これはぶつかる勢いですね」と言ってサッとリオンたちの斜め前に出てきた。それを見たリオンがポツリと
「…ハイジン。ヴァジュラ殿下戦のハイジン…」
と呟いたのをヨハンたちは聞いた(そして騎士寮の夕食の時間に話題にしまくった)。
あと少しでヴァジュラが飛んでくるという直前、
スパーン
という音とともに品の良い白い扇がリオンたちの前に開かれた。同時にヴァジュラがピタリと止まった。
「ヴァジュラ殿下」
落ち着いた声が責め気味にヴァジュラの名を呼ぶ。
「ライラ…」
ヴァジュラが眉を下げて言う。
副侍女長のライラだ。ライラがリオンたちが危険と見て登場したのだ。
ライラはしゃがんで視線をヴァジュラに合わせた。
「ヴァジュラ殿下」
「…すまん。ワシ走った。ダメ、忘れた」
「はい。ライラにはわかりますよ。殿下は早く早くリオン様方にお会いしたかったのですよね」
「そうだ」
「わかっていても、走ってしまうヴァジュラ殿下のことも良くわかっておりますよ」
「すまん。ライラ。もう、すまん」
なにやらヴァジュラが慌てているように見える。ヴァジュラが手を前に出して振りながら首も左右に振っている。
「はい。ライラは殿下が反省しているのもよくわかっておりますよ」
「ライラ、もう、すまん」
「ライラが言いたいのは、殿下がそのように走り出してしまうとわかっているのにお止めしない侍従たちは、いったい、何を、して、いたのかっ、と、いうことです」
もちろんその頃にはヴァジュラの侍従たちもここに到着している。みんな真っ青だ。ただ侍従たちは理解している。これは侍従たちではなくヴァジュラに言っているのだと。
「ライラ、すまん」
「ヴァジュラ殿下は反省されているのですから、謝る必要はございませんよ。あくまで侍従たちに言いたいのです」
「ちがう!ライラ、すまん!ワシ、みんなドーンで来たー!みんな、悪くない。ライラ、すまん!次はそっとそっとするーぅ‼︎」
突き飛ばさないよう気をつけるだけで、飛び出すし、走るのは変えないのだなと周囲が思う。だが、無理な約束をしないヴァジュラは誠実だ。
「そうですね、ヴァジュラ殿下。できそうなところからしっかり守っていきましょうね。そうでないと…」
ためるライラはしゃがんでいても迫力がある。
「…いつか、大事な人たちとヴァジュラ殿下が大きな怪我をなさいます」
「骨折?」
ヴァジュラが聞いた。ヴァジュラの実感できる怪我は骨折だ。擦り傷は怪我のうちに入らない。
「骨折ぐらなら良いのですが…骨折より過剰な怪我かもしれませんね…」
「うお…」
ヴァジュラは真っ青だ。
「わかった。ドーンはそっとそっとする」
「はい。ドーンはそっとそっとです。そしてドーンしなくて良くなるように、『どいて』と言えるように少しずつ頑張りましょうね」
「わかった」
ライラの話が終わってもヴァジュラはその場から動かずにライラとリオンたちを見比べながら立っていた。…ヴァジュラが何かを考えて止まっているのだ。こんなヴァジュラを今まで見たことがない。
「あの…ライラ…」
「はい。もうリオン様たちとお話してよろしいですよ。ただし…?」
「ドーンなし。歩く。てくてく」
「そうですね」
そう言ってライラはにっこり笑って立ち上がった。
「では殿下、皆様方、失礼いたします」
「おー、ライラ!」
そう言ってヴァジュラはライラにぶんぶんと手を振って見送った。そして侍従たちに「すまん。骨折したか?」と聞き、侍従たちが首を振るとホッとした顔になり、クルリとリオンたちに向き直って「てくてく。てくてく。ドーンなし」と呟きながらかなりの速歩きで来た。
「ヴァジュラ殿下が…」
「てくてくしてます」
「ヴァジュラしゃまん、てくてく…」
三人はヴァジュラなりにゆっくり意識して歩く様子に驚いた。
「ライラ殿は凄いな」
「扇で品良く止めたな」
「流石、騎士の妻のかがみだ」
と、騎士たちが感心する。
リオンたちも
「ライラ様、かっこいい」
「ライラ様、ヴァジュラ殿下をドーンの危機からすくったね」
…救われたのはリオンたちだが…。
「ヴァジュラしゃまん。てくてく」
リオンとルゼルはライラにすっかり魅了されていた。
そして、ヴァジュラはいつかちゃんと歩道も歩くだろうと、妙な安心もしたリオンとルゼルだった。
51
あなたにおすすめの小説
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした
セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。
牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。
裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。
発端は彼女の父親が行方不明となり、叔父である父の弟が公爵邸に乗り込んで来たこと。
何故か叔父一家が公爵家の資産に手を付け散財するが、祖父に相談してもコロネに任せると言って、手を貸してくれないのだ。
そもそも父の行方不明の原因は、出奔中の母を探す為だった。その母には出奔の理由があって…………。
残された次期後継者のコロネは、借金返済の為に事業を始めるのだ。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる