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第参章 武田軍侵攻、策略の章
第三十三節 浜松に住む数万の民を兵士に
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徳川家康と茶屋四郎次郎が話している間のこと。
浜松城[現在の静岡県浜松市]の門は全て開けられていた。
徳川軍を追撃していた武田四天王の一人・山県昌景がやって来たものの……
摩訶不思議なことに、城の中に入ろうとせず退却したらしい。
「『空城の計』が成功した」
歴史書ではこう書かれているが、本当なのだろうか?
◇
南蛮人[スペイン人とポルトガル人のこと]からもたらされた新兵器・火縄銃[鉄砲のこと]。
弓矢でもなかなか貫通できない木の板どころか、鉄の板さえ貫通してしまう新兵器の凄まじい『威力』に注目したのは……
何も織田信長に限ったことではない。
武田信玄も、徳川家康も同じである。
それどころか日本中の全ての軍事勢力が、この新兵器を攻撃と防御の両面で効果的に利用する『戦法』を熱心に研究していたと言っても過言ではない。
鉄砲という新兵器は威力こそ凄まじいものの、弾込めに時間が掛かるという難点を持っていた。
そのため、敵が容易に『接近』できない場所での利用が図られるようになる。
鉄砲を最も効果的に利用できたのは、籠城戦の防御側においてだろう。
籠城戦とは、城の中に籠もって戦うことだ。
柵や塀の内側や、高所などの有利な『地形』を使って攻めてくる敵を一方的に狙撃することで、攻撃側に多大な犠牲を払わせることに成功する。
ただし。
攻撃側も、黙って殺られるわけにはいかない。
鉄砲の弾丸を弾くことのできる竹製の盾・竹束を開発し、正面からの狙撃を無力化させた。
そして今度は……
防御側が、竹束に対抗する戦法の研究を始める。
編み出された戦法は2つ。
1つは、盾を構えていない側面や背面から狙撃して『確実』に撃ち殺す戦法・十字砲火戦法。
もう1つは、移動中や休憩中などに不意をついて狙撃し、撃ったらすぐに離脱するという相手が『嫌がること』を繰り返す戦法・一撃離脱戦法。
続いて今度は、攻撃側が2つの戦法に対抗する手段を考え始め……
鉄砲を利用する戦法の研究は短期間で著しい進化を遂げていくのである。
◇
さて。
ある者たちは……
凄まじい威力とは別の、ある『特徴』に注目した。
「刀や槍、弓矢を扱うには、長い時間の鍛錬を必要とする。
加えて強い腕力も必要じゃ。
それに比べ、鉄砲はどうか?
弾込めの作業を覚え、命中する精度を上げさえすれば済む。
要するに。
刀や槍、弓矢と比べて圧倒的に『短い』時間の鍛錬で済み、『非力』でも構わないのでは?」
そして。
画期的な方法を見出す。
「十分な数の鉄砲と、大量の弾丸と火薬さえあれば……
老若男女問わず大勢の民を、あっという間に兵へと変えることができるのでは?」
一つの『戦略』が編み出された。
「刀や槍、弓矢を扱う兵に銭[お金]を使うよりも、鉄砲と、大量の弾丸と火薬を買うことにこそ銭を使うべきだ。
敵が1万人の兵で攻めて来たら、2万人の民を兵へと変えれば済むのだから」
と。
◇
徳川家康と茶屋四郎次郎との会話に舞台を戻そう。
「家康様。
ありとあらゆる場所から鉄砲で狙撃するための『備え』が、この浜松城にあると仰るので?」
「この浜松城を……
わしは、武田軍の攻撃を受けることを想定して築城している」
「武田軍の攻撃を受けることを想定!?
戦う『前』から、浜松城に追い詰められるとお考えだったのですか?」
「当然じゃ。
我が徳川家は武田家よりも領地が狭く、持っている銭[お金]も半分に満たない」
「なるほど。
持っている銭[お金]に倍以上も『差』があるようでは、如何ともし難いですな」
「大局的に見れば、我らは圧倒的に不利な状況にある。
一度や二度、局地的な戦で武田軍に勝利を収めたところで、これを覆すことなど『不可能』であろう」
「確かに、そうかもしれません。
そういえば。
武田家が動員できる全兵力は3万人ほどだと聞いたことがありますが……
信玄は領地を守る兵を一人も残さずに出陣したのでしょうか?」
「まさか!
1万人は残さないと治安が乱れるぞ」
「すると。
信玄は、1万人近い足軽[お金で雇われた兵士のこと]を確保したと?
莫大な銭[お金]が掛かりますが!?」
「信玄を甘く見ない方がいい。
やると決めたら、『徹底的』にやる男だからな」
「援軍を合わせて1万2千人の兵力がある徳川軍を『確実』に潰すために……
莫大な銭[お金]を投じてまで3倍近い3万人もの兵力を用意したわけですか!」
「わしが……
戦う前から、浜松城に追い詰められると考えたのも分かるであろう?」
「……」
◇
「四郎次郎よ。
一度や二度、局地的な戦で武田軍に勝利を収めたところで、圧倒的に不利な状況を覆すことができない以上……
いかにして滅ぼされない戦い方をするかが肝心だとは思わないか?」
「確かに。
無念ではありますが、家康様の仰る通りかと……」
「わしは……
決して多くはない銭[お金]を、もっと『効果的』に利用することはできないか考えていた」
「もっと効果的?
足軽[お金で雇われた兵士のこと]を確保するより、もっと効果的な方法があるのですか?」
「それが……
あるのじゃ」
「どんな方法です?」
「この浜松に住む数万の民を、老若男女問わず全て兵へと変えることよ」
「民を、全て兵へと変える!?」
「うむ。
鉄砲は戦そのものを変えた。
刀や槍、弓矢と比べて圧倒的に短い時間の鍛錬で済み、非力でも構わない。
信長殿から十分な数の鉄砲と、大量の弾丸と火薬さえ届けば……
『手軽』に数万の兵を用意することができよう」
「手軽に!?」
「わしは浜松城の築城と同時に……
浜松に住む数万の民に、鉄砲を扱うための『訓練』を施した」
「何と!」
「その民を、今……
城内の至るところに配置してある」
「城内に入り込んだ武田軍が、ここ本丸[城主のいる場所のこと]を目指して登り坂の道を上がっていく場合……
途中に何度もある折れ曲がった場所で、屋敷や林の中に潜む民から無防備な側面や背後を狙い撃ちにされるのですな」
「まだあるぞ?
武田軍が慌てて屋敷や林の中を調べようとすれば、『再び』背後から狙い撃ちにされるのだから」
「再び背後から狙い撃ちに!?
一体……
誰が、何処から撃つのです?」
「一見すると町人や農民に見える者。
加えて。
女子に、老人や子供も」
「女子に、老人や子供も!?
要するに。
鉄砲を扱う兵へと変えた民を……
『わざと』民の格好をさせたままで配置していると?」
「ああ。
武田信玄がこの浜松城を落とすには……
草の根を分けてでも浜松に住む数万の民を探し出し、老若男女問わず全て殺すしかない」
「な、何と!?」
「我が徳川軍は兵の数こそ武田軍に及ばないが、民の数を合わせれば『上回る』からのう」
「それならば……
この城は難攻不落でしょう。
数万の民を虐殺するなど、『普通』の者には絶対にできない……」
「ああ。
そうじゃ」
「家康様。
鉄砲を利用した戦法が進化すればするほど、民と兵の『境目』が無くなっていくのでしょうか?」
「確かに」
「これからの戦は……
戦国乱世のときよりも、『もっと』大勢の民が虐殺されてしまうかもしれません」
「仕方あるまい。
兵なのか、民なのか、全く見分けが付かないのだから」
◇
余談であるが。
あの大国アメリカが、ベトナム戦争に勝利できなかった理由がこれだ。
兵士なのか、民間人なのか、まるで見分けが付かないのだから。
ベトナム戦争とは……
アメリカが支援した南ベトナムと、当時のソ連と中国が支援した北ベトナムが20年もの長きに亘って泥沼の戦いに明け暮れた戦争のことである。
早期決着を狙ったアメリカが50万人を超える大軍を送り込んだことで、南ベトナムの勝利は誰の目から見ても明らかであった。
ところが!
正面から戦っても勝利する見込みがないと悟った北ベトナムは、アメリカの盲点を突く。
何と、兵士の見た目を民間人と『同じ』にしたのだ!
人道的な見地から民間人を殺せないアメリカ軍は、このゲリラ戦術で大苦戦に陥って甚大な犠牲を出す。
やがてアメリカ軍が『無差別』攻撃へと切り替えたことで、凄まじい数の民間人が、ただベトナム人というだけで虐殺された。
鉄砲の登場は、戦争と虐殺をセットにする原因を作ったのかもしれない。
現代の戦争では……
民間人がスマホをスクロールしながらドローンを動かして索敵し、発見したら同じスマホをタップしてミサイルを発射し、敵を殺す。
これでは民間人だと主張することに無理があるだろう。
【次節予告 第三十四節 数万もの民を殺してでも浜松城を攻めるべきなのか】
徳川軍を追撃していた武田四天王の一人・山県昌景は……
浜松城の門が全て開いているのを見るや直ちに全軍停止を命じます。
「あれは、真に民なのか?」
と。
浜松城[現在の静岡県浜松市]の門は全て開けられていた。
徳川軍を追撃していた武田四天王の一人・山県昌景がやって来たものの……
摩訶不思議なことに、城の中に入ろうとせず退却したらしい。
「『空城の計』が成功した」
歴史書ではこう書かれているが、本当なのだろうか?
◇
南蛮人[スペイン人とポルトガル人のこと]からもたらされた新兵器・火縄銃[鉄砲のこと]。
弓矢でもなかなか貫通できない木の板どころか、鉄の板さえ貫通してしまう新兵器の凄まじい『威力』に注目したのは……
何も織田信長に限ったことではない。
武田信玄も、徳川家康も同じである。
それどころか日本中の全ての軍事勢力が、この新兵器を攻撃と防御の両面で効果的に利用する『戦法』を熱心に研究していたと言っても過言ではない。
鉄砲という新兵器は威力こそ凄まじいものの、弾込めに時間が掛かるという難点を持っていた。
そのため、敵が容易に『接近』できない場所での利用が図られるようになる。
鉄砲を最も効果的に利用できたのは、籠城戦の防御側においてだろう。
籠城戦とは、城の中に籠もって戦うことだ。
柵や塀の内側や、高所などの有利な『地形』を使って攻めてくる敵を一方的に狙撃することで、攻撃側に多大な犠牲を払わせることに成功する。
ただし。
攻撃側も、黙って殺られるわけにはいかない。
鉄砲の弾丸を弾くことのできる竹製の盾・竹束を開発し、正面からの狙撃を無力化させた。
そして今度は……
防御側が、竹束に対抗する戦法の研究を始める。
編み出された戦法は2つ。
1つは、盾を構えていない側面や背面から狙撃して『確実』に撃ち殺す戦法・十字砲火戦法。
もう1つは、移動中や休憩中などに不意をついて狙撃し、撃ったらすぐに離脱するという相手が『嫌がること』を繰り返す戦法・一撃離脱戦法。
続いて今度は、攻撃側が2つの戦法に対抗する手段を考え始め……
鉄砲を利用する戦法の研究は短期間で著しい進化を遂げていくのである。
◇
さて。
ある者たちは……
凄まじい威力とは別の、ある『特徴』に注目した。
「刀や槍、弓矢を扱うには、長い時間の鍛錬を必要とする。
加えて強い腕力も必要じゃ。
それに比べ、鉄砲はどうか?
弾込めの作業を覚え、命中する精度を上げさえすれば済む。
要するに。
刀や槍、弓矢と比べて圧倒的に『短い』時間の鍛錬で済み、『非力』でも構わないのでは?」
そして。
画期的な方法を見出す。
「十分な数の鉄砲と、大量の弾丸と火薬さえあれば……
老若男女問わず大勢の民を、あっという間に兵へと変えることができるのでは?」
一つの『戦略』が編み出された。
「刀や槍、弓矢を扱う兵に銭[お金]を使うよりも、鉄砲と、大量の弾丸と火薬を買うことにこそ銭を使うべきだ。
敵が1万人の兵で攻めて来たら、2万人の民を兵へと変えれば済むのだから」
と。
◇
徳川家康と茶屋四郎次郎との会話に舞台を戻そう。
「家康様。
ありとあらゆる場所から鉄砲で狙撃するための『備え』が、この浜松城にあると仰るので?」
「この浜松城を……
わしは、武田軍の攻撃を受けることを想定して築城している」
「武田軍の攻撃を受けることを想定!?
戦う『前』から、浜松城に追い詰められるとお考えだったのですか?」
「当然じゃ。
我が徳川家は武田家よりも領地が狭く、持っている銭[お金]も半分に満たない」
「なるほど。
持っている銭[お金]に倍以上も『差』があるようでは、如何ともし難いですな」
「大局的に見れば、我らは圧倒的に不利な状況にある。
一度や二度、局地的な戦で武田軍に勝利を収めたところで、これを覆すことなど『不可能』であろう」
「確かに、そうかもしれません。
そういえば。
武田家が動員できる全兵力は3万人ほどだと聞いたことがありますが……
信玄は領地を守る兵を一人も残さずに出陣したのでしょうか?」
「まさか!
1万人は残さないと治安が乱れるぞ」
「すると。
信玄は、1万人近い足軽[お金で雇われた兵士のこと]を確保したと?
莫大な銭[お金]が掛かりますが!?」
「信玄を甘く見ない方がいい。
やると決めたら、『徹底的』にやる男だからな」
「援軍を合わせて1万2千人の兵力がある徳川軍を『確実』に潰すために……
莫大な銭[お金]を投じてまで3倍近い3万人もの兵力を用意したわけですか!」
「わしが……
戦う前から、浜松城に追い詰められると考えたのも分かるであろう?」
「……」
◇
「四郎次郎よ。
一度や二度、局地的な戦で武田軍に勝利を収めたところで、圧倒的に不利な状況を覆すことができない以上……
いかにして滅ぼされない戦い方をするかが肝心だとは思わないか?」
「確かに。
無念ではありますが、家康様の仰る通りかと……」
「わしは……
決して多くはない銭[お金]を、もっと『効果的』に利用することはできないか考えていた」
「もっと効果的?
足軽[お金で雇われた兵士のこと]を確保するより、もっと効果的な方法があるのですか?」
「それが……
あるのじゃ」
「どんな方法です?」
「この浜松に住む数万の民を、老若男女問わず全て兵へと変えることよ」
「民を、全て兵へと変える!?」
「うむ。
鉄砲は戦そのものを変えた。
刀や槍、弓矢と比べて圧倒的に短い時間の鍛錬で済み、非力でも構わない。
信長殿から十分な数の鉄砲と、大量の弾丸と火薬さえ届けば……
『手軽』に数万の兵を用意することができよう」
「手軽に!?」
「わしは浜松城の築城と同時に……
浜松に住む数万の民に、鉄砲を扱うための『訓練』を施した」
「何と!」
「その民を、今……
城内の至るところに配置してある」
「城内に入り込んだ武田軍が、ここ本丸[城主のいる場所のこと]を目指して登り坂の道を上がっていく場合……
途中に何度もある折れ曲がった場所で、屋敷や林の中に潜む民から無防備な側面や背後を狙い撃ちにされるのですな」
「まだあるぞ?
武田軍が慌てて屋敷や林の中を調べようとすれば、『再び』背後から狙い撃ちにされるのだから」
「再び背後から狙い撃ちに!?
一体……
誰が、何処から撃つのです?」
「一見すると町人や農民に見える者。
加えて。
女子に、老人や子供も」
「女子に、老人や子供も!?
要するに。
鉄砲を扱う兵へと変えた民を……
『わざと』民の格好をさせたままで配置していると?」
「ああ。
武田信玄がこの浜松城を落とすには……
草の根を分けてでも浜松に住む数万の民を探し出し、老若男女問わず全て殺すしかない」
「な、何と!?」
「我が徳川軍は兵の数こそ武田軍に及ばないが、民の数を合わせれば『上回る』からのう」
「それならば……
この城は難攻不落でしょう。
数万の民を虐殺するなど、『普通』の者には絶対にできない……」
「ああ。
そうじゃ」
「家康様。
鉄砲を利用した戦法が進化すればするほど、民と兵の『境目』が無くなっていくのでしょうか?」
「確かに」
「これからの戦は……
戦国乱世のときよりも、『もっと』大勢の民が虐殺されてしまうかもしれません」
「仕方あるまい。
兵なのか、民なのか、全く見分けが付かないのだから」
◇
余談であるが。
あの大国アメリカが、ベトナム戦争に勝利できなかった理由がこれだ。
兵士なのか、民間人なのか、まるで見分けが付かないのだから。
ベトナム戦争とは……
アメリカが支援した南ベトナムと、当時のソ連と中国が支援した北ベトナムが20年もの長きに亘って泥沼の戦いに明け暮れた戦争のことである。
早期決着を狙ったアメリカが50万人を超える大軍を送り込んだことで、南ベトナムの勝利は誰の目から見ても明らかであった。
ところが!
正面から戦っても勝利する見込みがないと悟った北ベトナムは、アメリカの盲点を突く。
何と、兵士の見た目を民間人と『同じ』にしたのだ!
人道的な見地から民間人を殺せないアメリカ軍は、このゲリラ戦術で大苦戦に陥って甚大な犠牲を出す。
やがてアメリカ軍が『無差別』攻撃へと切り替えたことで、凄まじい数の民間人が、ただベトナム人というだけで虐殺された。
鉄砲の登場は、戦争と虐殺をセットにする原因を作ったのかもしれない。
現代の戦争では……
民間人がスマホをスクロールしながらドローンを動かして索敵し、発見したら同じスマホをタップしてミサイルを発射し、敵を殺す。
これでは民間人だと主張することに無理があるだろう。
【次節予告 第三十四節 数万もの民を殺してでも浜松城を攻めるべきなのか】
徳川軍を追撃していた武田四天王の一人・山県昌景は……
浜松城の門が全て開いているのを見るや直ちに全軍停止を命じます。
「あれは、真に民なのか?」
と。
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