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第肆章 武器商人の都、京都炎上の章
第五十節 京の都、焼き討ち
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1573年、春。
5万人を超える大軍が織田信長の居城である美濃国・岐阜城[現在の岐阜市]に集結している。
これは補給などの後方支援を行う人間を入れた数ではない。
純粋な戦闘要員として、敵の人間を躊躇なく殺すよう訓練された兵士だけの数だ。
城下町を秩序正しく整然と雲霞の大軍が埋め尽くしている光景は、まさに圧巻と言うしかない。
「何という眺めにございましょう。
これほどの大軍……
それがしは見たことがありません」
岐阜城の天守で信長の傍らに立つ万見仙千代は、あまりの光景に息を呑んだ。
「仙千代よ。
この通り……
わしは、5万人を超える兵を集めて見せたぞ?
武田家との国境を守る兵を根こそぎ引き抜いて来たからのう。
そちが提案した通りに、な」
「それがしの提案をお聞き届け頂き、有難き幸せです。
信長様」
「もし。
この軍勢を率いて京の都へ上洛した隙を狙い、武田勝頼が背後から襲い掛かってきたら……
我らはひとたまりもないだろうな」
「……」
「ははは!
案ずる[心配するという意味]ことはない。
わしは、そちの人を見る『目』を信じているからのう」
「……」
「だからこそ『徹底的』に行うことにした」
「信長様。
それがしの提案に、そこまで賭けてくださったのですか?」
「仙千代よ。
そちも、いずれは一軍を率いる将となる身。
よく覚えておけ。
『何事も徹底的にできない者に、人の上に立つ資格はない』
と」
「……」
「中途半端なやり方では、常に勝利し続けることなど不可能であろう?
相手が獣[動物のこと]ではなく『人』なのだからな」
「確かに。
獣が相手なら同じやり方で狩り続けることができますが、人が相手では……
そんな都合良くはいきません。
こちらのやり方は相手に研究され、真似され……
そして必ず、こちらのやり方を上回る方法を練り上げてくるはず」
「うむ。
人が相手である以上、常に勝利し続けるやり方など存在しない」
「何事も、決めたことは最後まで徹底的にやることが肝心なのでしょうか。
信長様」
「良いか。
仙千代。
たまたま数回勝利した程度で相手を侮り、己が上であると勘違いして驕り高ぶる愚か者どもは……
いずれ、己のやり方をはるかに上回る方法で叩き潰されることとなるだろう。
己の家族を守れず、己に付いてきた者を守れず、最後は哀れな姿を晒すだけじゃ。
勝利し続けたいのなら、相手の想像を超えるほどの徹底さで勝負し続けよ」
「……」
「それができないのなら……
人の上に立つ地位を、より相応しい者に譲り渡せ。
できもしないのに地位にすがりつく姿など、見苦しいことこの上ない」
「肝に銘じます。
信長様」
◇
「ところで……
仙千代よ。
紆余曲折はあったが、室町幕府はおよそ230年もの長きに亘って続いてきた。
これを滅ぼすのは容易なことではない。
兵数で幕府軍を大きく上回ったとしても……
2、3万人程度の『中途半端』な人数では滅ぼせないと考えたのは、そのためか?」
「御意。
幕府を討つことは、これ即ち……
武士の棟梁[代表のこと]として幕府の頂点に君臨している足利将軍家を討つことと同じだからです」
「兵たちの中には……
棟梁を討つことに躊躇する者も大勢いるだろう」
「そもそも。
武士の棟梁とは、敵から領地や財産を守ってくれる『存在』として誕生したと聞きます」
「うむ。
宋銭という銭[お金]を普及させ、銭の力を以って権力の象徴である官位を公家[貴族]どもから次々と買収し、腐り切っていた公家政権を崩壊させて初の武家政権を築いた平清盛公。
清盛の長男・重盛亡き後に凡人[普通の人という意味]の集団と成り果てた平氏を打倒し、武士たちが勝手に争うことのできない組織を作って、およそ100年続く平和を達成した源頼朝公。
相次ぐ天変地異[自然災害のこと]などでモノの値段が跳ね上がり、食い物を買えなくなった者たちが暴動や反乱を起こして日ノ本中が戦国乱世と化す中、敬愛する主であった後醍醐天皇を裏切ってまで武士たちをまとめ、やがて京の都で室町幕府を開いた足利尊氏公。
これらの『英雄』が棟梁となって領地や財産を守ってくれたからこそ……
武士たちは安心して暮らすことができたのじゃ」
「平清盛公。
源頼朝公。
足利尊氏公。
確かに英雄と申せましょうが……
信長様も、御三方に劣らぬ英雄であると思っております。
これからは幕府に代わって信長様が、武士たちの領地や財産を守る存在となれば良いのではありませんか?」
「仙千代よ。
それでは足りないだろうな」
「何が足りないのです?」
「それでは……
この織田信長が、室町幕府の代わりをしているに過ぎないではないか」
「日ノ本の支配者が『代わる』だけでは意味がないと?」
「まるで意味がない。
そんな中途半端なやり方で、この乱れ切った世を変えるなどできようか!
やるならもっと徹底的にやるべきじゃ」
「どう徹底的にやるのです?」
「実力ある者が、実力を磨く努力を怠らない者が、真に報われる世へと作り変えることよ」
「世を作り変えると!?」
「考えてもみよ。
不甲斐ない幕府が日ノ本各地で起こる問題を解決できず、大名や国衆どもの争いが一向に止まない結果……
どうなったか?
確かに戦は、相手の領地や財産を手に入れる絶好の機会[チャンス]ではある。
ただし!
相手から奪った領地や財産のほとんどは……
大名一族とその家臣、兵糧や武器弾薬を扱う商人ばかりが得ている。
戦場で命を懸けて戦った兵たちには、わずかな恩賞を得られるだけ。
なぜ、こうなったと思う?」
「それは……
『相続[親から子へ権力や富を受け継がせること]』という制度があるからです」
「仙千代よ。
実力もなく、実力を磨く努力すらしない愚か者が、ただ相続によって権力や富を独占している現実を……
忌々しいとは思わないのか?」
「……」
「奴らに権力や富を持つ『資格』があると思うか?」
「……」
「わしが日ノ本を治めることになったら……
相続を表向きには認めてやる。
あくまで『表向き』に、な」
「どういう意味です?」
「徹底的に監視した上で……
領内の問題を解決できなかったり、汚い銭[お金]稼ぎで国の政を乱した大名は、名家であっても容赦なく潰す。
加えて。
税を収めることを怠ったり、汚い商売で民に害を齎した商人は、相応の厳罰に処す。
繰り返すが……
権力や富を持つ資格のない者が、相続によって権力や富を独占し続けることを断じて許しはしない」
ここで仙千代は、自らが抱えていた疑問を口にする。
「信長様。
一つ、教えて頂きたく存じます」
「申してみよ」
「今、相続によって権力や富を独占している者たちはどうするのですか?」
「これより天守を降りて兵たちに話す。
わしの傍らでよく聞いておくのじゃ」
「はっ」
◇
「実力ある者が、実力を磨く努力を怠らない者が、真に報われる世を作ると約束しよう」
この言葉は……
居並ぶ兵士たちに衝撃をもって伝わっていた。
「おお!
やはり信長様は、地位や富よりも実力を重んじてくれる御方であったぞ!」
「実力を磨くことを怠らなければ……
我らにも機会[チャンス]があると?」
「そうじゃ!
信長様に付いていけば、我らにも出世の機会[チャンス]がある!」
「ならば……
我らの手で、幕府の支配に終止符を打とうではないか!」
「応!
我らの手で幕府を倒し、新たな『時代』を作るのじゃ!」
肯定的な意見が大勢を占めるのを見た信長は、ある命令を発した。
「皆の者!
よく聞け。
日ノ本を治める資格のない幕府を倒す前に……
我らには、倒しておくべき『敵』がいる」
「倒しておくべき敵?」
「粗奴らは……
堺の商人と手を組んだわしに敵対し、わしの敵に大量の兵糧や武器弾薬を送っていた。
そのせいで森可成、坂井政尚など多くの者たちが犠牲となった」
「何と!?
粗奴らを討たずして、死んだ仲間たちが浮かばれようか!」
森可成と坂井政尚の配下で戦った兵たちが声を上げる。
「それだけではないぞ。
粗奴らは……
我が愛娘を、罠に嵌めて殺したのじゃ」
信長の愛娘のことを知る者たちが声を上げた。
「あの鋭い目をした、心優しく美しい姫君を……
罠に嵌めて殺しただと!?
何と卑怯な!
粗奴らとは、誰です?
許せん!
一人残らず討ち果たしましょうぞ!」
「粗奴らとは、京の都に巣食う武器商人のことよ。
これより命を下す。
あの京の都を、焼き討ちにせよ」
【次節予告 第五十一節 京の都は何で一番儲けていたか】
「比叡山焼き討ちを超えるほどの暴挙にございますぞ!」
林秀貞、柴田勝家、佐久間信盛などの重臣から反対意見が上がります。
一方で明智光秀と木下秀吉に限っては、なぜか反対の立場を取ろうとしません。。
5万人を超える大軍が織田信長の居城である美濃国・岐阜城[現在の岐阜市]に集結している。
これは補給などの後方支援を行う人間を入れた数ではない。
純粋な戦闘要員として、敵の人間を躊躇なく殺すよう訓練された兵士だけの数だ。
城下町を秩序正しく整然と雲霞の大軍が埋め尽くしている光景は、まさに圧巻と言うしかない。
「何という眺めにございましょう。
これほどの大軍……
それがしは見たことがありません」
岐阜城の天守で信長の傍らに立つ万見仙千代は、あまりの光景に息を呑んだ。
「仙千代よ。
この通り……
わしは、5万人を超える兵を集めて見せたぞ?
武田家との国境を守る兵を根こそぎ引き抜いて来たからのう。
そちが提案した通りに、な」
「それがしの提案をお聞き届け頂き、有難き幸せです。
信長様」
「もし。
この軍勢を率いて京の都へ上洛した隙を狙い、武田勝頼が背後から襲い掛かってきたら……
我らはひとたまりもないだろうな」
「……」
「ははは!
案ずる[心配するという意味]ことはない。
わしは、そちの人を見る『目』を信じているからのう」
「……」
「だからこそ『徹底的』に行うことにした」
「信長様。
それがしの提案に、そこまで賭けてくださったのですか?」
「仙千代よ。
そちも、いずれは一軍を率いる将となる身。
よく覚えておけ。
『何事も徹底的にできない者に、人の上に立つ資格はない』
と」
「……」
「中途半端なやり方では、常に勝利し続けることなど不可能であろう?
相手が獣[動物のこと]ではなく『人』なのだからな」
「確かに。
獣が相手なら同じやり方で狩り続けることができますが、人が相手では……
そんな都合良くはいきません。
こちらのやり方は相手に研究され、真似され……
そして必ず、こちらのやり方を上回る方法を練り上げてくるはず」
「うむ。
人が相手である以上、常に勝利し続けるやり方など存在しない」
「何事も、決めたことは最後まで徹底的にやることが肝心なのでしょうか。
信長様」
「良いか。
仙千代。
たまたま数回勝利した程度で相手を侮り、己が上であると勘違いして驕り高ぶる愚か者どもは……
いずれ、己のやり方をはるかに上回る方法で叩き潰されることとなるだろう。
己の家族を守れず、己に付いてきた者を守れず、最後は哀れな姿を晒すだけじゃ。
勝利し続けたいのなら、相手の想像を超えるほどの徹底さで勝負し続けよ」
「……」
「それができないのなら……
人の上に立つ地位を、より相応しい者に譲り渡せ。
できもしないのに地位にすがりつく姿など、見苦しいことこの上ない」
「肝に銘じます。
信長様」
◇
「ところで……
仙千代よ。
紆余曲折はあったが、室町幕府はおよそ230年もの長きに亘って続いてきた。
これを滅ぼすのは容易なことではない。
兵数で幕府軍を大きく上回ったとしても……
2、3万人程度の『中途半端』な人数では滅ぼせないと考えたのは、そのためか?」
「御意。
幕府を討つことは、これ即ち……
武士の棟梁[代表のこと]として幕府の頂点に君臨している足利将軍家を討つことと同じだからです」
「兵たちの中には……
棟梁を討つことに躊躇する者も大勢いるだろう」
「そもそも。
武士の棟梁とは、敵から領地や財産を守ってくれる『存在』として誕生したと聞きます」
「うむ。
宋銭という銭[お金]を普及させ、銭の力を以って権力の象徴である官位を公家[貴族]どもから次々と買収し、腐り切っていた公家政権を崩壊させて初の武家政権を築いた平清盛公。
清盛の長男・重盛亡き後に凡人[普通の人という意味]の集団と成り果てた平氏を打倒し、武士たちが勝手に争うことのできない組織を作って、およそ100年続く平和を達成した源頼朝公。
相次ぐ天変地異[自然災害のこと]などでモノの値段が跳ね上がり、食い物を買えなくなった者たちが暴動や反乱を起こして日ノ本中が戦国乱世と化す中、敬愛する主であった後醍醐天皇を裏切ってまで武士たちをまとめ、やがて京の都で室町幕府を開いた足利尊氏公。
これらの『英雄』が棟梁となって領地や財産を守ってくれたからこそ……
武士たちは安心して暮らすことができたのじゃ」
「平清盛公。
源頼朝公。
足利尊氏公。
確かに英雄と申せましょうが……
信長様も、御三方に劣らぬ英雄であると思っております。
これからは幕府に代わって信長様が、武士たちの領地や財産を守る存在となれば良いのではありませんか?」
「仙千代よ。
それでは足りないだろうな」
「何が足りないのです?」
「それでは……
この織田信長が、室町幕府の代わりをしているに過ぎないではないか」
「日ノ本の支配者が『代わる』だけでは意味がないと?」
「まるで意味がない。
そんな中途半端なやり方で、この乱れ切った世を変えるなどできようか!
やるならもっと徹底的にやるべきじゃ」
「どう徹底的にやるのです?」
「実力ある者が、実力を磨く努力を怠らない者が、真に報われる世へと作り変えることよ」
「世を作り変えると!?」
「考えてもみよ。
不甲斐ない幕府が日ノ本各地で起こる問題を解決できず、大名や国衆どもの争いが一向に止まない結果……
どうなったか?
確かに戦は、相手の領地や財産を手に入れる絶好の機会[チャンス]ではある。
ただし!
相手から奪った領地や財産のほとんどは……
大名一族とその家臣、兵糧や武器弾薬を扱う商人ばかりが得ている。
戦場で命を懸けて戦った兵たちには、わずかな恩賞を得られるだけ。
なぜ、こうなったと思う?」
「それは……
『相続[親から子へ権力や富を受け継がせること]』という制度があるからです」
「仙千代よ。
実力もなく、実力を磨く努力すらしない愚か者が、ただ相続によって権力や富を独占している現実を……
忌々しいとは思わないのか?」
「……」
「奴らに権力や富を持つ『資格』があると思うか?」
「……」
「わしが日ノ本を治めることになったら……
相続を表向きには認めてやる。
あくまで『表向き』に、な」
「どういう意味です?」
「徹底的に監視した上で……
領内の問題を解決できなかったり、汚い銭[お金]稼ぎで国の政を乱した大名は、名家であっても容赦なく潰す。
加えて。
税を収めることを怠ったり、汚い商売で民に害を齎した商人は、相応の厳罰に処す。
繰り返すが……
権力や富を持つ資格のない者が、相続によって権力や富を独占し続けることを断じて許しはしない」
ここで仙千代は、自らが抱えていた疑問を口にする。
「信長様。
一つ、教えて頂きたく存じます」
「申してみよ」
「今、相続によって権力や富を独占している者たちはどうするのですか?」
「これより天守を降りて兵たちに話す。
わしの傍らでよく聞いておくのじゃ」
「はっ」
◇
「実力ある者が、実力を磨く努力を怠らない者が、真に報われる世を作ると約束しよう」
この言葉は……
居並ぶ兵士たちに衝撃をもって伝わっていた。
「おお!
やはり信長様は、地位や富よりも実力を重んじてくれる御方であったぞ!」
「実力を磨くことを怠らなければ……
我らにも機会[チャンス]があると?」
「そうじゃ!
信長様に付いていけば、我らにも出世の機会[チャンス]がある!」
「ならば……
我らの手で、幕府の支配に終止符を打とうではないか!」
「応!
我らの手で幕府を倒し、新たな『時代』を作るのじゃ!」
肯定的な意見が大勢を占めるのを見た信長は、ある命令を発した。
「皆の者!
よく聞け。
日ノ本を治める資格のない幕府を倒す前に……
我らには、倒しておくべき『敵』がいる」
「倒しておくべき敵?」
「粗奴らは……
堺の商人と手を組んだわしに敵対し、わしの敵に大量の兵糧や武器弾薬を送っていた。
そのせいで森可成、坂井政尚など多くの者たちが犠牲となった」
「何と!?
粗奴らを討たずして、死んだ仲間たちが浮かばれようか!」
森可成と坂井政尚の配下で戦った兵たちが声を上げる。
「それだけではないぞ。
粗奴らは……
我が愛娘を、罠に嵌めて殺したのじゃ」
信長の愛娘のことを知る者たちが声を上げた。
「あの鋭い目をした、心優しく美しい姫君を……
罠に嵌めて殺しただと!?
何と卑怯な!
粗奴らとは、誰です?
許せん!
一人残らず討ち果たしましょうぞ!」
「粗奴らとは、京の都に巣食う武器商人のことよ。
これより命を下す。
あの京の都を、焼き討ちにせよ」
【次節予告 第五十一節 京の都は何で一番儲けていたか】
「比叡山焼き討ちを超えるほどの暴挙にございますぞ!」
林秀貞、柴田勝家、佐久間信盛などの重臣から反対意見が上がります。
一方で明智光秀と木下秀吉に限っては、なぜか反対の立場を取ろうとしません。。
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