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第肆章 武器商人の都、京都炎上の章
第四十九節 武器商人の都、京都と堺
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作戦の『第一段階』が始動する。
「織田信長様は、武田勝頼と和平を結ぶ意志をお持ちなのか!
それは良かった!」
『偽りの和平』とも知らず……
和平の橋渡し役を依頼された、織田・徳川方と武田方の国境に接している2つの国衆[独立した領主のこと]は歓喜の声を上げた。
1つ目は、織田家と武田家の国境に接している美濃国・恵那郡[現在の岐阜県恵那市など]を治める遠山一族。
2つ目は、徳川家と武田家の国境に接している三河国・設楽郡[現在の愛知県北設楽郡]を治める、山家三方衆である。
ところで。
2つの国衆は、なぜ歓喜の声を上げたのだろうか?
これは、数か月前に起こった三方ヶ原合戦とほぼ同時期に侵攻してきた秋山信友[虎繁とも言う]率いる武田軍に『降伏』してしまったからだ。
敵方へ降伏したことで、結果として味方を裏切る形となってしまったが……
彼らにだってそれなりの言い分はある。
「秋山信友は武田四天王の一人ではないものの、それに匹敵するほどの名将ぞ?
2年ほど前に起こった『上村合戦』では兵数でも地の利においても圧倒的に劣勢であったのに……
『奴ら』に操られて迎撃してきた遠山一族の軍勢2,500人を完膚なきまでに叩き潰し、同時に『奴ら』の手下となって甲斐国で乱暴狼藉[殺人、強盗などの犯罪行為のこと]を働いた者どもを悉く討ち果たしたのじゃ。
こんな名将が率いる武田軍を相手に戦って勝利できるはずがないではないか」
と。
彼らの言っている上村合戦とは、どんな戦いだったのだろう?
そして。
奴らとは一体、何者なのだろう?
◇
1570年12月。
三方ヶ原合戦の2年ほど前のこと。
この頃は、まだ織田家と武田家の『同盟』が続いていた時期であったが……
織田家に属する遠山一族が、秋山信友率いる武田軍を一方的に迎撃して上村合戦を起こしていた。
それにしても。
同盟が続いていたにも関わらず……
武田軍が織田家に属する遠山一族を攻めるなどおかしいし、遠山一族が武田軍を一方的に迎撃するのもおかしい。
つまり。
何者かに『操られた』結果として、上村合戦は起こっていたのだ。
そうならば。
遠山一族を操って戦へと発展させた『黒幕』は誰なのか?
◇
事の起こりは……
上村合戦の直前に発生した、一つの『事件』にあった。
何者かによって遣わされた犯罪者集団が徳川家康の異父兄弟・康俊を奪還するために甲斐国[現在の山梨県]へと侵入し……
罪のない数百人の民を嬲り殺しにした挙句、美濃国の恵那郡[現在の岐阜県恵那市など]を経由して三河国の設楽郡[現在の愛知県北設楽郡]への逃走を図っていた。
勿論。
数百人の民を嬲り殺しにした理由は、康俊を護衛する兵士たちを民の救援に向かわせるための陽動だ。
大勢の民の無惨な死体が転がっている現場を見た武田信玄は最初に涙し、次いで怒り狂った。
信頼する家臣に命令を下す。
「この犯罪者集団が己の『意志』でわしの民を傷付けたのか、あるいは何者かに『利用』されてわしの民を傷付けたのか……
そんなことはどうでもいい!
これは、正しいか間違いかの区別も付かない赤子がやったことではない。
大の大人がやったことぞ?
ならば、犯した罪の代償を支払え。
秋山信友よ。
心して聞け。
国を治める支配者として最も大事なことは……
犯罪を犯して社会の秩序を乱した者が、何の裁きも受けずにのうのうと生きていけるような世を決して許さないことじゃ!」
「仰せの通りと存じます。
信玄様。
それがしは必ず……
例え『国外』へ逃げ込んでも地の果てまでも追い掛け、犯罪者集団を悉く捕らえるか、悉く討ち果たしてご覧に入れます!」
主の命令を受けた秋山信友は猛然と犯罪者集団の追撃を開始し、恵那郡を治める遠山一族に捕縛の協力を依頼したのだが……
何者かに操られた結果として遠山一族は武田軍を一方的に迎撃することに決定し、上村合戦が起こってしまったのである。
◇
さて。
犯罪者集団を遣わし、遠山一族を操って上村合戦を起こすという……
この一連の出来事を企てた黒幕は誰なのだろうか?
上村合戦が織田・徳川方と武田方の衝突であったことから、わたしはこのように『見立て』ている。
「織田・徳川方と武田方の衝突を望む人間、つまり武器商人が黒幕である」
と。
そもそも武器商人は、戦争に必要なモノを売って金儲けする連中だ。
天下人を目前にした織田家と、東日本最強の大名である武田家との間で戦争を勃発させれば……
戦争に必要なモノの『値段』は瀑上がりし、武器商人には巨万の利益が転がって来るのだから。
この当時。
武器商人の都が、京の都と堺に2つあった。
京の都と堺。
黒幕はどちらなのか、あるいは両方か?
◇
遠山一族と山家三方衆の言い分に話を戻そう。
まだ続きがあるようだ。
「武器商人どもが企てた上村合戦で織田家と武田家の同盟が壊れることはなかったが……
織田信長の愛娘が亡くなったことで同盟は破綻してしまった。
そして、三方ヶ原合戦とほぼ同時期に秋山信友率いる武田軍がやって来た。
今度こそ本当に侵攻を目的としてじゃ。
ところが。
肝心の織田軍は北近江[現在の滋賀県長浜市など]で朝倉・浅井連合と対峙しており、一兵たりとも救援に駆け付けられなかった!
これでは降伏する以外に生き残る方法がないではないか!」
と。
止むを得ない事情があったとはいえ、敵方へ勝手に降伏して一度は味方を『裏切る』形となったことに……
遠山一族と山家三方衆は戦々恐々とした思いがある。
だからこそ、信長が勝頼との和平の意志を持っていることに歓喜の声を上げたのだ。
勿論。
これが偽りの和平などとは知る由もない。
◇
1573年、春。
作戦は『第二段階』へと移行する。
5万人もの圧倒的な大軍で室町幕府、続けて朝倉・浅井連合を滅ぼすことだ。
武田家との国境に張り付けていた軍勢をすべて回し、国境を『がら空き』にして織田軍のほとんど全兵力が岐阜城へと集結する。
未曾有の大軍を前に、信長は得意の演説を始めた。
長い話が苦手な人間であったはずが……
珍しく長い演説となった。
「皆に問いたい。
およそ230年前に足利尊氏公が開きし室町幕府であるが……
今や帝[天皇のこと]を疎かにして秩序を軽んじ、大名に援助という名の賄賂を要求し、貪欲にも公家[かつての貴族のこと]や寺社の財産を横領し、働く者に支払う給料が公平ではなく、飢饉などで米が値上がりすると米を転売して金儲けをする輩の集団と成り果てている!
こんな輩に、日ノ本を治める資格があると思うか?」
ある者が、こう答えた。
「腐り果てた輩に……
日ノ本を治める資格など、あるはずがありません!」
「よう申した!
そう、その通りよ。
さらに問いたい。
不甲斐ない幕府が日ノ本各地で起こる問題を解決できず、大名や国衆どもの争いが一向に止まない結果……
どうなったか?
確かに戦は、相手の領地や財産を手に入れる絶好の機会[チャンス]ではある。
ただし、勝利できればじゃ。
敗北したら元も子もなく、己の命すら危うい。
さて。
仮に勝利できたとしての話だが……
相手から奪った領地や財産は、公平に分けられているだろうか?」
別の者が、こう答えた。
「公平に分けられてなどおりません!
相手から奪った領地や財産のほとんどは……
大名一族とその家臣、兵糧や武器弾薬を扱う商人ばかりが得ています。
戦場で命を懸けて戦った我らは、わずかな恩賞にありつけるだけです。
それも戦場で死ねば何も得られません」
「なぜ、公平に分けられていないと思う?」
「なぜ?
何の地位もなく、貧しい家に生まれ育ったのだから『仕方ない』かと……」
「それは違うぞ!
そちたちも含めて日ノ本の民は皆……
幕府などの権力者、そして武器商人などの富んだ者に欺かれているのよ」
「『欺かれて』いる?」
「恩賞をちらつかせて、そちたちを危険な戦場へと送り込んでいるではないか。
戦が、絶好の機会[チャンス]ではあるかのように見せることで……
な」
「な、何と!?」
「はっきり申すが。
絶好の機会[チャンス]など、ない。
富んだ者がますます富み、貧しい者はますます貧しくなるだけじゃ。
世襲という制度が……
権力や富の『独占』を可能にしているからな」
「……」
「だが。
わしは違うぞ。
実力ある者が、実力を磨く努力を怠らない者が、真に報われる世を作ると『約束』しよう」
【次節予告 第五十節 京の都、焼き討ち】
幕府を討つことに肯定的な意見が大勢を占めるのを見た織田信長は、ある命令を発します。
「日ノ本を治める資格のない幕府を倒す前に……
我らには、倒しておくべき『敵』がいる」
と。
「織田信長様は、武田勝頼と和平を結ぶ意志をお持ちなのか!
それは良かった!」
『偽りの和平』とも知らず……
和平の橋渡し役を依頼された、織田・徳川方と武田方の国境に接している2つの国衆[独立した領主のこと]は歓喜の声を上げた。
1つ目は、織田家と武田家の国境に接している美濃国・恵那郡[現在の岐阜県恵那市など]を治める遠山一族。
2つ目は、徳川家と武田家の国境に接している三河国・設楽郡[現在の愛知県北設楽郡]を治める、山家三方衆である。
ところで。
2つの国衆は、なぜ歓喜の声を上げたのだろうか?
これは、数か月前に起こった三方ヶ原合戦とほぼ同時期に侵攻してきた秋山信友[虎繁とも言う]率いる武田軍に『降伏』してしまったからだ。
敵方へ降伏したことで、結果として味方を裏切る形となってしまったが……
彼らにだってそれなりの言い分はある。
「秋山信友は武田四天王の一人ではないものの、それに匹敵するほどの名将ぞ?
2年ほど前に起こった『上村合戦』では兵数でも地の利においても圧倒的に劣勢であったのに……
『奴ら』に操られて迎撃してきた遠山一族の軍勢2,500人を完膚なきまでに叩き潰し、同時に『奴ら』の手下となって甲斐国で乱暴狼藉[殺人、強盗などの犯罪行為のこと]を働いた者どもを悉く討ち果たしたのじゃ。
こんな名将が率いる武田軍を相手に戦って勝利できるはずがないではないか」
と。
彼らの言っている上村合戦とは、どんな戦いだったのだろう?
そして。
奴らとは一体、何者なのだろう?
◇
1570年12月。
三方ヶ原合戦の2年ほど前のこと。
この頃は、まだ織田家と武田家の『同盟』が続いていた時期であったが……
織田家に属する遠山一族が、秋山信友率いる武田軍を一方的に迎撃して上村合戦を起こしていた。
それにしても。
同盟が続いていたにも関わらず……
武田軍が織田家に属する遠山一族を攻めるなどおかしいし、遠山一族が武田軍を一方的に迎撃するのもおかしい。
つまり。
何者かに『操られた』結果として、上村合戦は起こっていたのだ。
そうならば。
遠山一族を操って戦へと発展させた『黒幕』は誰なのか?
◇
事の起こりは……
上村合戦の直前に発生した、一つの『事件』にあった。
何者かによって遣わされた犯罪者集団が徳川家康の異父兄弟・康俊を奪還するために甲斐国[現在の山梨県]へと侵入し……
罪のない数百人の民を嬲り殺しにした挙句、美濃国の恵那郡[現在の岐阜県恵那市など]を経由して三河国の設楽郡[現在の愛知県北設楽郡]への逃走を図っていた。
勿論。
数百人の民を嬲り殺しにした理由は、康俊を護衛する兵士たちを民の救援に向かわせるための陽動だ。
大勢の民の無惨な死体が転がっている現場を見た武田信玄は最初に涙し、次いで怒り狂った。
信頼する家臣に命令を下す。
「この犯罪者集団が己の『意志』でわしの民を傷付けたのか、あるいは何者かに『利用』されてわしの民を傷付けたのか……
そんなことはどうでもいい!
これは、正しいか間違いかの区別も付かない赤子がやったことではない。
大の大人がやったことぞ?
ならば、犯した罪の代償を支払え。
秋山信友よ。
心して聞け。
国を治める支配者として最も大事なことは……
犯罪を犯して社会の秩序を乱した者が、何の裁きも受けずにのうのうと生きていけるような世を決して許さないことじゃ!」
「仰せの通りと存じます。
信玄様。
それがしは必ず……
例え『国外』へ逃げ込んでも地の果てまでも追い掛け、犯罪者集団を悉く捕らえるか、悉く討ち果たしてご覧に入れます!」
主の命令を受けた秋山信友は猛然と犯罪者集団の追撃を開始し、恵那郡を治める遠山一族に捕縛の協力を依頼したのだが……
何者かに操られた結果として遠山一族は武田軍を一方的に迎撃することに決定し、上村合戦が起こってしまったのである。
◇
さて。
犯罪者集団を遣わし、遠山一族を操って上村合戦を起こすという……
この一連の出来事を企てた黒幕は誰なのだろうか?
上村合戦が織田・徳川方と武田方の衝突であったことから、わたしはこのように『見立て』ている。
「織田・徳川方と武田方の衝突を望む人間、つまり武器商人が黒幕である」
と。
そもそも武器商人は、戦争に必要なモノを売って金儲けする連中だ。
天下人を目前にした織田家と、東日本最強の大名である武田家との間で戦争を勃発させれば……
戦争に必要なモノの『値段』は瀑上がりし、武器商人には巨万の利益が転がって来るのだから。
この当時。
武器商人の都が、京の都と堺に2つあった。
京の都と堺。
黒幕はどちらなのか、あるいは両方か?
◇
遠山一族と山家三方衆の言い分に話を戻そう。
まだ続きがあるようだ。
「武器商人どもが企てた上村合戦で織田家と武田家の同盟が壊れることはなかったが……
織田信長の愛娘が亡くなったことで同盟は破綻してしまった。
そして、三方ヶ原合戦とほぼ同時期に秋山信友率いる武田軍がやって来た。
今度こそ本当に侵攻を目的としてじゃ。
ところが。
肝心の織田軍は北近江[現在の滋賀県長浜市など]で朝倉・浅井連合と対峙しており、一兵たりとも救援に駆け付けられなかった!
これでは降伏する以外に生き残る方法がないではないか!」
と。
止むを得ない事情があったとはいえ、敵方へ勝手に降伏して一度は味方を『裏切る』形となったことに……
遠山一族と山家三方衆は戦々恐々とした思いがある。
だからこそ、信長が勝頼との和平の意志を持っていることに歓喜の声を上げたのだ。
勿論。
これが偽りの和平などとは知る由もない。
◇
1573年、春。
作戦は『第二段階』へと移行する。
5万人もの圧倒的な大軍で室町幕府、続けて朝倉・浅井連合を滅ぼすことだ。
武田家との国境に張り付けていた軍勢をすべて回し、国境を『がら空き』にして織田軍のほとんど全兵力が岐阜城へと集結する。
未曾有の大軍を前に、信長は得意の演説を始めた。
長い話が苦手な人間であったはずが……
珍しく長い演説となった。
「皆に問いたい。
およそ230年前に足利尊氏公が開きし室町幕府であるが……
今や帝[天皇のこと]を疎かにして秩序を軽んじ、大名に援助という名の賄賂を要求し、貪欲にも公家[かつての貴族のこと]や寺社の財産を横領し、働く者に支払う給料が公平ではなく、飢饉などで米が値上がりすると米を転売して金儲けをする輩の集団と成り果てている!
こんな輩に、日ノ本を治める資格があると思うか?」
ある者が、こう答えた。
「腐り果てた輩に……
日ノ本を治める資格など、あるはずがありません!」
「よう申した!
そう、その通りよ。
さらに問いたい。
不甲斐ない幕府が日ノ本各地で起こる問題を解決できず、大名や国衆どもの争いが一向に止まない結果……
どうなったか?
確かに戦は、相手の領地や財産を手に入れる絶好の機会[チャンス]ではある。
ただし、勝利できればじゃ。
敗北したら元も子もなく、己の命すら危うい。
さて。
仮に勝利できたとしての話だが……
相手から奪った領地や財産は、公平に分けられているだろうか?」
別の者が、こう答えた。
「公平に分けられてなどおりません!
相手から奪った領地や財産のほとんどは……
大名一族とその家臣、兵糧や武器弾薬を扱う商人ばかりが得ています。
戦場で命を懸けて戦った我らは、わずかな恩賞にありつけるだけです。
それも戦場で死ねば何も得られません」
「なぜ、公平に分けられていないと思う?」
「なぜ?
何の地位もなく、貧しい家に生まれ育ったのだから『仕方ない』かと……」
「それは違うぞ!
そちたちも含めて日ノ本の民は皆……
幕府などの権力者、そして武器商人などの富んだ者に欺かれているのよ」
「『欺かれて』いる?」
「恩賞をちらつかせて、そちたちを危険な戦場へと送り込んでいるではないか。
戦が、絶好の機会[チャンス]ではあるかのように見せることで……
な」
「な、何と!?」
「はっきり申すが。
絶好の機会[チャンス]など、ない。
富んだ者がますます富み、貧しい者はますます貧しくなるだけじゃ。
世襲という制度が……
権力や富の『独占』を可能にしているからな」
「……」
「だが。
わしは違うぞ。
実力ある者が、実力を磨く努力を怠らない者が、真に報われる世を作ると『約束』しよう」
【次節予告 第五十節 京の都、焼き討ち】
幕府を討つことに肯定的な意見が大勢を占めるのを見た織田信長は、ある命令を発します。
「日ノ本を治める資格のない幕府を倒す前に……
我らには、倒しておくべき『敵』がいる」
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