大罪人の娘・前編

いずもカリーシ

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第肆章 武器商人の都、京都炎上の章

第五十三節 京都への警告であった比叡山焼き討ち

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「織田信長が未曾有みぞうの大軍を率いて、この京の都を焼き討ちにするらしい」
この知らせに、京の都に住む人々は天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。

過去の記憶がよみがえって来る。
2年前。
比叡山ひえいざんを焼き尽くす炎が、東の空を真っ赤に染めた日のことだ。

口々にこう言っていた。
「あれは……
延暦寺えんりゃくじの方角では?」

「まさか!
高野山こうやさん[現在の和歌山県高野町]と並ぶほどの聖地である比叡山を焼き討ちにしていると!?」

「織田信長め!
あの細川政元ほそかわまさもと[数十年前に比叡山を焼き討ちにした武将のこと]に続き、まさに第六天魔王だいろくてんまおう[仏教の敵のこと]のごと所業しょぎょうを!」

「細川政元?
ここ京の都の邸宅で行水ぎょうすい[風呂のこと]の最中さなかに『暗殺』された管領かんれい[将軍に続く幕府のナンバー2の要職]のことか?」

「暗殺ではない!
神仏しんぶつ天罰てんばつを下したのじゃ!
信長にもいずれ、同じ天罰が下ることだろう」

それから2年が経ち……
あの日の光景が、今度はおのれの身に降り掛かろうとしている。

口々にこう言い始めた。
比叡山ひえいざんでは足りず、この京の都も火の海にするつもりだと!?」

「馬鹿な!
信長は、この世に終末しゅうまつもたらしたいのか!」

こうして……
京の都の主だった人々は京都所司代きょうとしょしだいの屋敷へと大挙して押しかけたのである。

 ◇

京都所司代・村井貞勝むらいさだかつ

地位もなく、貧しく、無名の家に産まれた男でありながら……
優れた行政手腕を織田信長に見出みいだされると瞬く間に出世し、京の都の治安維持を一手にになう要職にまで抜擢ばってきされた。

村井むらい
誰だそれは?
田舎大名の、そのまた家来のことなど知るわけがなかろう。
佐久間さくまはやし柴田しばたならかろうじて聞いたことはあるが、村井なんて聞いたことすらないぞ?」

最初こそ京の都に住む人々から軽蔑けいべつの目で見られていたが……
治安維持に加えて朝廷ちょうてい公家くげ[貴族のこと]、寺社、商人との窓口も務め、それぞれで発生する様々な揉め事を一つ一つ解決させていく『手腕』には誰もが一目置かざるを得なくなっていく。

「信長の暴挙を止めるには、村井の力に頼るしかない」
人々からこう思われるほどに村井貞勝むらいさだかつの名前はとどろいていたのだ。

 ◇

所司代しょしだい様。
織田信長様が京の都に火を放つと聞きましたが……
まことにございましょうか?」

慌てふためく京の都の主だった人々に比べ、貞勝は非常に落ち着いている。
「おぬしたちは……
2年前の『警告』を忘れたわけではあるまい?」

「警告とは何のことで?」
比叡山ひえいざんを焼き尽くす炎が、東の空を真っ赤に染めた日のことよ」

「……」
「信長様はすべてご存知であられた。


「……」
「信長様は何度もおおせであったではないか。
『京の都に巣食うクズども。
わしは……
京の都に、土倉どそう[モノを担保としてお金を貸す業者のこと]を生業なりわいとする薄汚い集団が数百も存在していることを知った。
随分と高い利息で民に銭[お金]を貸し、利息を払えなくなれば武装した者に踏み込ませて家の中の物をことごとく奪い、足りなければ家を取り上げ、妻や子供までも奪う暴挙に出ることも知った。
そして。
うぬらが築いた土色のくらの中には莫大な兵糧や武器弾薬があり……
勝って欲しいと思う側に流して、さらなる荒稼ぎに励んでいることも知った。
さらに。
儲けの一部を裏で幕府に収めていることもな』
と」

「……」
「それだけではないぞ。
信長様は、こうもおおせであった。
『京の都に巣食うクズども。
わしの敵に兵糧や武器弾薬を流すことを直ちに止めよ。
うぬらはおのれの欲を満たすために争いの種をき散らし、みかど[天皇のこと]が望む天下てんか静謐せいひつ[現在の近畿地方の平和のこと]の邪魔をしている。
東の空を見よ。
比叡山ひえいざんを焼き尽くす炎を見よ!
次はうぬらの番だぞ!
わしは……
うぬらがどれだけクズであるかも知っている。
おのればかりを安全な場所に置き、他人ばかりを危険な場所に置いて将軍殺しという前代未聞ぜんだいみもんの悪事まで働かせたこともな。
その傲慢ごうまんな態度を改めず、あくまで天下てんか静謐せいひつを邪魔し続けるのであれば……
日ノ本ひのもとの中心として、千年の長きにわたって繁栄を極めた京の都であろうと、絶対に容赦はしない!
比叡山と同じく、京の都のすべてを火の海にしてやる』
とな」

「何と……」
「京の都の者たちよ。
2

「……」

 ◇

一人の土倉どそう生業なりわいとする者が、こんな主張を始めた。

所司代しょしだい様。
京の都で土倉どそう生業なりわいとする集団が数百も存在していることは事実ですが……
信長様のおおせの通りに生業を止めたとして、何をかてに生きていけば良いのでしょうか?」

「……」
土倉どそう生業なりわいとする集団にも家族がおり、養っている者たちがいます。
全てを捨てて乞食こじきになれとおっしゃるので?」

「……」
「加えて。
?」

「需要と供給の関係?」
「銭[お金]を借りたい『需要』があるからこそ、土倉どそう生業なりわいとする集団が栄えているのもまた事実です」

「……」
「高い利息によって苦しむ人々がいることも、事実ではありましょう。
だからと申して……
土倉どそう生業なりわいとする集団をすべて『悪』と見なすのもいかがなものかと存じます」

「……」
「止むを得ない事情もあるのでしょうが。
高い利息と知りながら銭[お金]を借りたわけですから、『自業自得じごうじとく』では?」

「……」
「それにも関わらず。
我ら土倉どそう生業なりわいとする集団だけを一方的に悪と見なし、全てを捨てて乞食こじきになるか、それをおこたったから京の都を火の海にするとおおせで?
この京の都には数多くの女子おなごや子供もいるのですぞ?
あまりに乱暴では?」

さすがの貞勝さだかつも苛立ちを見せた。
「一つ、問いたい」

「何でございましょう?」
「止むを得ない事情で高い利息と知りながら銭[お金]を借りるしかなく、その高い利息のせいで元金がんきんを返せず、借金地獄へと陥る者が『生ずる』であろうこと。
土倉どそう生業なりわいとする集団は……
?」

「そ、それは」
「人を『だます』行為と何の違いがある?」

「お言葉を返すようではありますが。
我らは、人を騙す行為などしておりません」

「ほう。
なぜ?」

「人を騙す行為とは……
いつわりを教え、伝えることではありませんか。
我らは隠れてこそこそと高い利息を掛けてなどいません。
『正直』に相手へ伝えた上で、銭[お金]を貸しているのです」

「ははは!
物は言いようだな。
まあ良い。
それよりも。
おぬしは、もっともらしい話にすり替えることで『論点』をずらそうと必死に足掻あがいているようだが」

「……」
?」

「……」
一人の土倉どそう生業なりわいとする者は、沈黙してしまった。

 ◇

「もう一度、繰り返すが。
信長様が最も問題にされていたのは……
天下てんか静謐せいひつ[現在の近畿地方の平和のこと]の『邪魔』をするなということ」

「……」
「信長様は、京の都におわすみかど[天皇のこと]より京の都とその周辺の静謐せいひつ[平和のこと]を守るようおおけられていた。
それにも関わらず!
おぬしたちは、信長様の敵に兵糧や武器弾薬を流している。
口先だけは従う素振りを見せながら……
隠れてこそこそとな。
わしは、その『理由』を分かっているぞ」

「……」


どういう意味なのだろうか?

 ◇

村井貞勝むらいさだかつは的確に本質を突く。

天下てんか静謐せいひつが実現すれば、いくさに必要な兵糧や武器弾薬の『価値』は下がっていく。
これはつまり、くらの中にある担保の価値も下がるということ。
結果、おぬしたちが倉を築くために投資した多額の銭[お金]は『回収』不可能となろう?」

「……」
「要するに。
天下てんか静謐せいひつは、土倉どそう生業なりわいそのものを『崩壊』させてしまう……


「……」
いくさをする理由を問うと……
皆、こう主張するらしい。
『侵略者から国を、家族を、愛する者を守るために必要なのじゃ。
あらかじめ脅威を排除するために必要なのじゃ』
などと」

「……」
「だが、それは『本質』ではない」

「……」
いくさをせざるを得ない状況に『追い込まれて』いるからよ」

「……」
「おぬしたちのような……
兵糧や武器弾薬などで銭[お金]を儲けている連中の『せい』でな」


【次節予告 第五十四節 酷い差別が存在していた京都】
万見仙千代は、京の都の中で存在する『格差』に目を付けます。
お金持ちの上流階級が住む上京と、そうでない人々が住む下京でした。
上京の人々は常に下京の人々を見下して差別し、下京の人々は常に上京の人々への敵愾心を燃やしていたのです。
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