独裁者・武田信玄

いずもカリーシ

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【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す

第五十三話 南蛮貿易という醜悪な取引

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武田武田家を滅ぼす策略にあらがうべく、武田信玄が『西上作戦』を開始した頃。

鉄砲が日本に伝来して30年ほどが経過していた。
最初こそ南蛮人なんばんじん[スペイン人とポルトガル人のこと]から買っていたが、値段は非常に高く、納品に何年も掛かっていたらしい。

「もっと値段を安くし、もっと早く届ける方法はないか?」
優秀な日本の鍛冶かじ職人たちは……
鉄砲を分解して構造を研究すると、次々と模倣品を作り始めた。
日本人の『模倣技術』の高さに、さすがの南蛮人も驚嘆きょうたんしたという。

日本各地で生産され、大勢の武器商人が取り扱うことで『競争』も働き、もっと値段は安くなり、もっと早く納品されるようになった。

 ◇

当たり前のことだが。

『弾丸と火薬』がなければ、鉄砲を撃つことなどできない。


「鉄砲の数だけ揃えても全く意味がない」
第二十四話で、どこかの武器商人が言った通りである。

どの歴史書にも書かれていないが……
弾丸と火薬の『作り方』は、どうなっているのだろうか?

まず弾丸。
これはなまりという金属で出来ていて、方鉛鉱ほうえんこうという鉱石から得られる。
日本は元々、金、銀、銅や鉄を採掘する鉱山を保有し、鉛も一緒に得ることはできたものの……
鉄砲を撃つ度に大量消費されることから、鉛は常に『不足』していた。

次に火薬。
これは硝石しょうせきという化合物で出来ているが、当時の日本人は作り方そのものを『知らなかった』。


模倣技術の能力こそ高いが、おのれの頭で筋道を立てて『考える』能力は低いようだな」

こう考えた南蛮人は、日本人を徹底的に利用することに決めた。
「馬鹿な日本人ども。
我々から弾丸と火薬を買い続けよ。
日本人どもがいくさに明け暮れている間に、我々は日本の富を全て吸い尽くしてやろう」
と。

 ◇

ところで。
南蛮人は、どんな方法で大量の弾丸と火薬を確保していたのだろうか?

まず弾丸の原料となるなまり
南蛮人は、東南アジアにいくつもの鉛鉱山を持っていた。
そこでは現地の人間を奴隷として送り込み、ひたすらむち打って過酷な作業をさせていた。
劣悪な衛生状態で満足な食事も休息も与えず大勢の人間を作業中に死なせたらしい。
同じ人間を『虫けら』のように扱うことで、安価で大量の鉛を得ていたのである。

こうして得た大量のなまりを積んだ船を、戦国乱世の日本へと向ける。
日本に着いて鉛と売るのと引き換えに、日本の金や銀、戦争で奴隷となった若い男女や子供などを買った。

次に火薬の原料となる硝石しょうせき
特に中国では黒色火薬こくしょくかやくの原料として人間や家畜の排泄物はいせつぶつから作る技術があったが、意図的に日本人には秘密にしていた。
南蛮人は何らかの手段を用いてこの事実を『かせた』のだろう。

彼らは日本で得た金や銀、日本人奴隷の一部を中国へと売って大量の硝石しょうせきを買う。
これをなまりと同じように日本へ持って行って高く売り付けた。

南蛮人との貿易、つまり『南蛮貿易』の中身とは……


エンターテインメントばかりを追求する歴史書は、南蛮貿易のキラキラした部分だけを書いて醜悪しゅうあくな現実から目をらしている。

 ◇

さて。
南蛮貿易という醜悪しゅうあくな取引は、『どこ』で行われていたのだろうか?

歴史書によると……
さかいのある和泉国いずみのくに[現在の大阪府堺市など]、安濃津あのつのある伊勢国いせのくに[現在の三重県]、摂津国せっつのくに[現在の大阪府北部と兵庫県東部あたり]の3つであったらしい。
実は4つ目として博多のある筑前国ちくぜんのくに[現在の福岡市]もあるが、ここは本編の舞台から遠いので考慮に入れないこととする。

大量の弾丸と火薬を確保する重要性を強く認識していた織田信長は、最初に和泉国いずみのくにを狙った。
足利義昭あしかがよしあきを将軍に据えた褒美ほうびにこの国を要求し、松井友閑まついゆうかんという代官を置いて直轄地としてしまう。

次に狙ったのは伊勢国いせのくにであった。
この国を治める大名の北畠きたばたけ家へ、次男の信雄のぶかつを送り込んで家ごと乗っ取った。

そして武田家を不倶戴天ふぐたいてんの敵と見なすことを決めた信長は、残る摂津国せっつのくに掌握しょうあくを急いだが……
この国を治める大名がとっくの昔に没落したために秩序は完全に崩壊し、池田いけだ一族などの国衆くにしゅう[独立した領主のこと]や石山いしやま[現在の大阪市中央区]に総本山を置く本願寺ほんがんじ教団などが各地に割拠かっきょして勝手気ままな行動を取っている『無法地帯』と化していた。

「無秩序な連中め!
どいつもこいつもおのれの都合ばかり……
国衆も厄介だが、教団はもっと厄介だぞ!
国の掌握が全く進まんではないか!」

焦る信長を助けたのは、ここでも明智光秀の策略であった。
「この国で最も『勢い』のある男を利用するのです」

「誰じゃ?」
荒木村重あらきむらしげを」

「荒木村重!?
あるじ池田勝正いけだかつまさを追放してその城を我が物とした『大罪人たいざいにん』のことか?」

「はい」
「奴のことを下剋上げこくじょうの手本とたたえる馬鹿も多いらしいが……
わしが秩序を乱す者をどれだけみ嫌うか、そちもよく存じておろう?」

「信長様。
あの男を、摂津国せっつのくにの『大名』に抜擢されては如何いかが

信長は激しい苛立いらだちを見せた。
「何だと!?
このわしが、村重を大名に?」

御意ぎょい
「馬鹿げたことを申すなっ!
村重はあるじを追放した不義不忠ふぎふちゅうの大罪人であろうが。
そちの正義は、一体どこへ消え失せたのじゃ!」

「信長様。


信長は短気であったが、計算高い男でもあった。
「『正しさにこだわってはならない』
か……
そちの口癖くちぐせであったな」

「ここは、忍耐のときかと」
「分かった。
そちの申す通りにしよう」

「お聞き届け頂き、有り難く存じます」
「光秀よ。
ただし、このわがままだけは通させてもらうぞ」

「どのような?」
「あんな大罪人と親戚になるなど絶対に嫌じゃ!」

「……」
「考えるだけでも虫唾むしずが走る!
!」

「承知致しました。
荒木家には、それがしの長女であるりんを嫁がせましょう」

「凛?
ああ、あの娘か」

「覚えておいでで?」
「忘れるはずがあるまい。
凛は、わしの愛娘と同じ『目』をしていたのじゃ」

しばらく後。
織田信長は荒木村重を摂津国せっつのくに国主こくしゅに抜擢し、織田軍の将帥しょうすいの一人に任命した。
村重は感激のあまり涙を流して信長に忠誠を誓ったという。

これが策略の一環だとは、当の本人ですら夢にも思っていなかった。

 ◇

一人の男が独裁者・武田信玄に復命ふくめいしている。

「信玄様。
まことに申し訳ありません。
さかいの港より送り出した船が、徳川水軍に拿捕だほされてしまいました」

「前田屋よ。
積んでいた鉄砲の弾丸と火薬はどうなった?」

「徳川水軍に……
全て『奪われた』とのことです」

「正直に申せ。
伊賀者いがものを使って罪のない数百人もの民をなぶり殺しにし、遠山とおやま一族を買収して上村合戦かみむらかっせんを引き起こし、一族の無能者むのうものまで操って織田信長の愛娘を恵林寺えりんじへと向かわせた一連のくわだて……
うぬも一枚噛んでいるのか?」

「……」
「答えよ!
うぬは……
『我が娘』でもある女子おなごを殺したのか!」

「申し訳ございません。
全ては、武田家の将来を考えてのことです」

「どんな将来ぞ?
さっさとさえずれ」

「織田信長は……
南蛮貿易なんばんぼうえきの拠点である和泉国いずみのくに伊勢国いせのくにを瞬く間に直轄地としました。
残る摂津国せっつのくにを掌握されれば、弾丸と火薬を全て信長に『独占』されてしまいます」

「それで?」
「信長が摂津国せっつのくにに全軍を投入できないよう、各地に火種を起こさねばなりません」

「うぬと比べれば……
我が娘は、はるかに『優れた』人物であったな」

「……」
「うぬが我が娘を殺さなければ……
貿

「……」
「役立たずの無能者めが。
余計なことをして、全てをぶち壊しおって。
『代償』を払え」

「だ、代償……?」
「うぬの家族よ」

「家族!?」
「欲深く、人でなしの伊賀者いがものどもは……
銭[お金]のためなら何でも引き受けるらしいではないか」

「ま、まさか!」
「わしは、うぬの家族を全てさらった。
息子の勝頼に預けている。
家族を死なせたくなければ、最後の最後まで武田家のために尽くせ」


【次話予告 第五十四話 武田信玄、望まぬ戦いに出撃す】
武田信玄の演説は、2つの声を地鳴りの如く響かせます。
「卑怯者の徳川家康を倒せ!」
「奸賊の織田信長を倒せ!」
と。
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