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愛してる?愛せない?

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「え、ええっ!翔陽のサッカー部だったのねっ!なんか、すごく尊敬するっ!」

目を潤ませてキラキラ日射しに瞳を反射させながら千鶴は感動で両手を胸に当てて、その高鳴りを抑えている。

頬を子供のように染め、無邪気な笑顔を浮かべ恥ずかしそうにしている。

「そうでもないよ。俺のサッカーのピークは高校に上がる15歳だった。残念なお話だよ。」

サッカーの話は好きではなかった。いや、サッカーの話は嫌いではなかったが、サッカー選手としての自分を語るのは嫌いだった。

「じゃ、中学まではすごかったの?」

彼女は興奮して訊いてくる。

「U-15の沖縄県代表で全国大会に出た。ガンバ大阪とかベルマーレ平塚とかの下部組織からオファーも来たけど。沖縄翔陽高校に進学した。でも、そこが俺のサッカーにピーク。笑っちまうだろ?」

嫌な話をしなきゃ行けないな。今日は。元はと言えば自分自身でサッカー部だったと口を滑らせたせいだったからだが。

「すごーい!沖縄翔陽高校に行くより、今はJリーグの下部組織に所属してヨーロッパに行くパターンもありだよ!そっちの方がよかったのに~。」

「そうだね。そういう選択肢もあった・・・かな?同年代の仲間で海外に出たヤツもいたし。」

千鶴は両手に顎を乗せて肘を立てて、目をトロンとさせ、うっとりしている。

麻琴といえば、千鶴の右肘の下にある、彼女の河合塾の全統模試の結果を見ようと手を伸ばしているが、なかなか手に入れる事ができない。

意外と彼女はケチ臭かった。

「見せろよ!」

「嫌よ。」

「何でだよ。」

「恥ずかしい点数だから。」

「まだ、見てないだろ。」

「オホホホホホ・・・沖縄翔陽高校サッカー部様の点数を見てしまったら、私のモノなど。お代官様。」

「誰がお代官様だ、誰が。それにもう、サッカーは辞めた。元部員だ。」

「今日、最難関クラス分け試験で麻琴の隣に私がいたのは。偶然じゃないわ。必然よ。私達は愛するために産まれてきたんだって、席の隣にあなたを見つけた時に間違いなく思ったの。」

麻琴はドキッとした。

彼は自分が今いる状況も彼女と同じで奇跡のように思えた。

千鶴と出会えた時、梨沙と初めて出会った時のような奇妙な既視感があった。千鶴と梨沙を同一視する訳ではない。今でも梨沙は大切な彼女である事には変わりがない。しかし・・・

「なにバカ言ってるんだよ。成績表、見せろよ。沖縄興国高校だろ?頭が爆裂いいいんだろ?証明しろよ。」

ーーひと目惚れはあり得るのか?しかも、とはいえ、自分には梨沙という東京に彼女がいるのに。

「嫌よ。私、バカだもん。」

ーーこんな気持ち久し振りだ。梨沙に告白コクって以来、なかった溢れ出す好きになりそうなこの想い。

千鶴が紙切れを投げてくれなかったら成立しない二人の会話。その全てがいとおしく感じる。

千鶴を慕う自分の姿さえも。

「分かった。分かったよ。ちづ。もう何が何だか分からなくなってきた。と、とにかく、アイスコーヒー飲むよ。」

「私も抹茶フラペチーノ飲む。」

束の間、沈黙が訪れ、1メートルという二人の微妙な距離にカラカラと氷がこすれる音がする。

梨沙は千鶴とは全く違う。梨沙は派手な女で、地味めだが、おしとやかな千鶴とは正反対だ。千鶴の方が上品で高貴だ。

短い髪もクルッと丸まった前髪も長い睫毛、大きな目、沖縄では珍しい紅い頬、可愛い鼻、薄めの唇。高い身長。全部を愛したい!という極めて能動的な気分になる。

彼女に対して良からぬ妄想が頭をもたげる。そんな風に麻琴は思った。

何より、千鶴の全身から湧き出る若々しい透明感が彼を虜にさせる。

これ以上、至近距離にいると、間違いなく好きになってしまうかも知れない。

いや、もう、好きになっているのかも知れない。

しかし、それなら梨沙はどうなるのだろう?

孤独で一人寂しく、膝小僧を抱えて故郷を想い麻琴を想いながら彼女は東京での生活を過ごしているのかも知れない。

それは、放って置けない。

何かを千鶴は悟った。勘がいい女の子だ。

「意地悪して、ゴメン。全統模試の結果見せる。」

急に潮らしくなった、千鶴が試験結果の冊子を麻琴に差し出した。

アイスコーヒーを飲みながら、片手にとる麻琴。その時、驚愕のあまり、思わず飲んでいたアイスコーヒーを鼻から噴き出しそうになってしまった。

「東京大学理科三類B判定だって?」

彼女は恥ずかしさで静かに頷くことしかできなかった。




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