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【本編】
07
しおりを挟む「よし、じゃあ契約書な」
「?」
まるで最初から用意していたかのように、池田はそう告げると目の前に一枚の紙切れを広げてきた。
マジシャンみたいに華麗な手つき。
一体どこから出てきたのか一瞬分からなかった。
左利きだというにはあまりに器用な右手だ。
だが。
「……契約書?」
これが?
そう訊ねた俺に、きっと罪はないだろう。
華麗な手つきより何より、目の前に差し出された紙切れに目を奪われた。
ずいと突きつけられたそれには、何も書かれていない……どこからどう見てもただのコピー用紙だ。
「おう。じゃあこれに署名捺印……は持ってねえだろうから、拇印で良いわ」
「……え、」
何か不安になってきた。
本当にこんな何の変哲も無いコピー用紙で良いんだろうか?
そう思いながらも、さあさあと囃し立てられる勢いに負けて「片山涼二」と署名すると、これまた周到に準備されていた朱肉に親指を押し付けられ拇印まで取られた。
赤く染まった俺の親指を、どこかうきうきとした調子で池田の指が拭ってくる。
「じゃあ名前の前に今から言うこと記入な」
「はあ、」
げふん、と咳払いをした池田の態度に、半ば流されるように身構えてコピー用紙に向かう。
「私、片山涼二は――」
「わ、わたくし……」
浪々と何かを読み上げるような池田の声に、慌てて紙面にペンを走らせた。
何か変だ、と思いつつも、ちょっと待ってと口を挟む隙が見付からない。
「雇い主である池田玖朗に、」
「雇い主である……え?」
池田?
雇い主って、池田なのか?
思わず手が止まりそうになると、
「おら、手止まってんぞ」
なんて厳しい声が飛んでくるもんだから、わけが分からないながらにも飛び上がるようにしてまた文字を綴る。
何か変だ。
何か、変じゃないか?
「夏休み終了日まで」
「な、夏休み……」
「一切逆らわないことを、ここに誓います」
「はあッ?」
何だそりゃ!
何だそりゃ!
愕然としながらも書き上げ、出来上がった「契約書」とやらに、素っ頓狂な悲鳴が漏れた。
何だこれは?
これは一体何なんだ?
『私、片山涼二は、雇い主である池田玖朗に
夏休み終了日まで一切逆らわないことを、ここに誓います。
片山涼二』
この文面……契約書っていうより、誓約書っていうんじゃないのか……?
「ほいご苦労さん」
「あッ」
目を白黒させながらも、出来上がった文章と署名を何度も何度も見返す。
そんな俺の頭上から、ひょいとばかりに伸ばされた池田の手が「契約書?」を取り上げた。
なんか変だ。
ざわりと不信感が腹の底から頭をもたげる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ池田さん……!」
慌てて取り戻そうと身を乗り出したが、池田は唇と右手で手早く折り畳むとそれをシャツの胸ポケット仕舞い込んでしまった。
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