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永遠にかなわぬ夢を見て。

終わりの…

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 私、永夢(えむ)の目の前には、心療内科の先生から処方された2週間分の薬がある。それぞれ、睡眠薬に向精神薬。気持ち的に多少まともになってきたから少し長めに様子を見ましょう、という事でいつもより次の診察までの間が開き、長めの分を処方されたのだ。―だが、まともになったなどただのその場をしのぐ嘘でしかなかった。

 事務仕事をしながら声優を目指していた私は、ある時から激しい難聴に悩まされ、職場の上司からの嫌味にも耐えかねて、仕事をやめ、声優としての活動もやめて療養に専念する道を選んだ。それから心療内科と耳鼻科に通うようになったのだが、一向に気持ちも耳の聞こえも上向かない。いつも半音下がった音が片耳から聞こえるだけだ。焦りは日々募り、とうとう両方の医者から言われるままに強い薬に手を出した。その副作用で全身に力が入らない日々が続き、ニキビも増え、自慢だった良く通る声も声帯が急にしぼんで失われる始末。おまけに自転車で通院していたある日には腰を強く打ち、その治療費もままならない。老いた両親に治療費のほとんどを頼っていた私は、新たに腰を痛めたなどと言い出すこともできなかった。歩き方も日々よろよろになっていくだけだった。もはや私は、何のとりえも魅力もない女になり果てていた。

 毎晩、毎晩、タイムリープの方法を調べたりしてはそれに縋ろうともしてみた。健康だった、夢を実現しかけていたあの頃に戻りたいと。しかし、こんな睡眠状態ではとてもタイムリープの一手段といわれる明晰夢すら見ることはかなわない。

 ある日とうとう、私は思った。いつもより多めに薬をもらい、それであわよくばそのまま自分の名の通り、永遠に夢を見続ける身になってしまえばいい―と。その為には、毎週通いにしていた心療内科のスパンを薬が処方できる限りの範囲で長くする必要があったからこそ、2週間分にしてもらえるよう嘘をついたのだ。

 ベッドの横には少し大きめのマグカップ。私は、処方された薬をすべて、詰まりそうなほど小さなくなった喉に1つずつ押し込みながら飲んでいった。科学的には当然死ねる量ではないが、それでも一晩起きることはなく、気付いたら病院に運ばれてそのまま―という事もあるだろう。そんな事に一縷の望みを賭け、ただこの身体をこの世から捨てて楽になりたい、とだけ願ってベッドに潜り込んだ。

 
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