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前編
第2話(2/3)
しおりを挟む「何故、殺す必要があるのですか?」
「普通なら生き物を殺しちゃいけませんとか言うんじゃないか? 可哀想とかさ。変わってるよ、ジュリー」
ヤマトは半ば笑いながら言う。
「無意味に生き物を殺すのはいけないことです。だから、ちゃんと理由があるなら殺すのは仕方ない、と思います。お兄様は街では獣に会いたい、神様に取り次いでもらう、と言いました。でも、今は殺すと……それは後ろめたい理由があるからではないですか?」
「ほんっと、ずけずけと物を言う。嫌いだな。君たちはとても優しい人間だから、殺しに行くなんて言ったら場所を教えてもらえないだろう。事実君も初めは教えてくれなかった」
矢継ぎ早に彼は言う。
「君は理知的な人間だ。だから分かって欲しい。俺は森で大人しくしている獣を殺す危険人物。こんなのと一緒にいると危ないだろう。ただでさえ犯罪のにおいがするんだ」
「ハンザイ……ってどのようなものですか?」
私がした質問がおかしかったのか彼は絶句し、舌打ちすると、諦めたように森の方を振り返る。
差し込んだ右手をそのまま森に、埋めていく。粘土に型を押し込めるようにヤマトの躰は少しずつ森に入っていく。樹々の壁は粘性の高い液体のような歪み方をしている。そのまま、躰全部が森に取り込まれていった。
駆け出した。あそこにはきっと穴が開いている。飛び込めばついていけるかも知れない。手を差し出すと指先が樹々のあいだに差し込まれた。通れる。
穴の中から腕が飛び出してきて、私の躰を乱暴に押し出した。ヤマトだ。息が一瞬止まった。
呼吸を戻しながらヤマトの方を見ると、彼もこちらを見ていた。
困った顔。エリー先生と同じ顔。
自分がわがままな自覚はある。それでそんな顔をさせてしまう。
でも、私は自分が正しいと思ったことしかしていない。間違いはない、と思う。
多分私は本当に正しいのだ。だから、彼らは困る。一に一を足すと二になるように、折り紙を順番に折るとツルになるように、そんな正しいことでは、立ち行かないことがあって。正しいことを正論で覆すのは難しい。だから困る。
そのようなことが最近わかるようになってきた。
ついてきてはいけない、と言うヤマトの気持ちもなんとなくわかる。
しかし、わかるということと、納得できるということは別なのだ。
ヤマトの姿はまったく見えなくなっていた。
壁にそうっと手を当てる。それだけで何か言葉にできない不安感に襲われる。何故ヤマトはここを通れたのだろう。まるで森に沈んでいくようだった。
ふと思いついた、体当たりをしたらどうだろう。怖いだなんて思わないうちに通り抜けられるかもしれない。
思い切り助走をつけて、肩から壁に突っ込んだ。肩に何かがあたる。樹なんかではない。ここには、壁が、本当の物理的な壁があるのだ。壁は柔らかくやはり粘度が高い。だから、ずぶずぶと沈むように入っていかなければならない。
突然、壁の奥から重い衝撃音が聞こえた。
ずうん、とお腹に響く音。大きな動物が地面を踏みしめたらきっとこんな音だ。獣の跫か。
また、壁に手を当てる。この先にはヤマトがいるから、大丈夫だ。不安なんてない。自分に言い聞かせながら力を込めると、数cmだけ指が入った。怖い。別の生き物の体内に入っていくようだ。ゆっくりと押し込めていく。
大丈夫。中に入っても、大丈夫。だって眼の前で入った人がいるのだから。大丈夫だ。肩までが全部入った。
額を壁に当てた。頭を入れるのはすごく怖い。
(神様……どうか)
祈りながら躰を押す。その瞬間、躰が固まった。
壁が石のように固い。ぴくりとも進めない。どうして突然?
祈ったからか、神様に。
信心があると通れなくなるのか、だから、彼は通れるのか。神様を信じていないから。神様に取り次ぎをしてもらうだなんてやっぱり全部嘘っぱちだ。
確かめたい。彼が何をするのか。
彼のことを考えると躰が動く気がする。神様のことは出来るだけ考えないようにする。頭が少し壁にめり込んだ。やはりそうだ。
私はとんでもない矛盾をしようとしている。
考えない。考えちゃいけない。耳が抜けた。
ヤマトは今どうなっているだろう。左肩を引っ張る。
胴が抜けると、左手までがすぽっと壁を抜けた。
粘着質の植物たちがゆっくり穴を塞ぐ。
また跫が聞こえた。
入り口と同じような森が広がっていた。深い土が足にまとわりつくし、樹の天井が覆いかぶさっていて進むほど暗い。草叢を何度も潜らなければならなかった。
どれくらい走っただろう、音はかなり近づいてきた。走るのには自信があるのに、息切れがひどい。心臓が痛いくらい動いている。運動の授業は午前中だったかな、と余計なことを考える。
もつれた足で先に進むと、一際明るい場所が見えた。跫は先ほどからとても短い周期で聞こえてくる。
樹々の隙間に動くものが見えた。大きい。
呼吸を忘れてさらに近づく。枝を除けると、それの上半身が顕れた。
一言で言えば、巨大だ。真っ黒で湿り気のある躰。自分の三倍はありそうな歪で丸い頭には、ぎょろっとした蛙を思わせる目玉。黒く脂光りした肌からは何らかの分泌液が垂れ流しで気持ち悪い。
森のどの大木より分厚い二本の腕でかろうじて生き物であると判断できた。
これが、獣か。
悪意の塊のようなそれを見て息を呑んだ。
ヤマトがいる。長身の彼と比べても、獣は大きすぎる。敵うわけがない。
獣の両腕が交互にヤマトに向かって振り下ろされている。ヤマトは……ヤマトの左腕がぶらんとあり得ない方向に湾曲していた。
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