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後編
第8話(1/3)
しおりを挟むふだんは履かない長靴は、いつもは静かにしているしかない靴箱からの思わぬ登用に、音を立てて喜んでいるようだ。
雨はそれほど強くない。ただ荷物が多くて、合羽を着てきたほうがよかったかな、と思う。
傘が弾く雨音はそれでも心地良い。
肩で傘の柄を挟んで玄関を開ける。
大量の荷物を下ろしてから、靴を脱いで傘を畳んだ。旅支度はたいへんだ。
三日休んで、出発することになった。
休みと言ってもただ遊んでいられるわけではない。オーガ、男鹿半島を回って、そのままオホーツク海の調査に行くことに決まったからだ。
トーキョーにも寄って銃も調達する必要がある。
荷物についた水滴を払ってリビングに入ると、ソファでヤマトが黒猫とじゃれていた。
「ただいま、お兄様、ジュリー。雨だからお家に入ってきたのね」
ヤマトはこちらに気づいて膝に乗せていたジュリーを床に追いやった。
「帰ってきたのか、ジュリー。ん、こいつなんて名前なんだ?」
「その子? ジュリーですよ」
彼は困惑している。子どもの頃には何とも思っていなかったが、私もその猫も同じ名前なのは、普通違和感があるのかもしれない。
「その子、ずっとうちへの通い猫だったみたいなんです。この家に私が産まれて、ごはんのときによく来てたらしくて、私が呼ばれるのを自分の名前だと覚えちゃったんですって」
ソファから追い出された猫のジュリーは廊下を歩いてどこかへ行った。寝床を探すつもりだろう。
「すると、お前の名前を呼ぶと、あいつも寄ってくるのか、この家じゃ」
「あの子は気まぐれですからいつも来るかはどうでしょう、機嫌が良ければ寄ってくるかも」
彼はふうん、と息を吐くと、ソファから降りて荷物を解きはじめた。
「これ、重かったんですから。やっぱりお兄様にもついてきてもらえばよかった」
「俺この街の人間じゃないし変な噂が立つかもしれないだろ」
どうせ面倒だっただけに違いない。
「それならお兄様ひとりで行ってもらえばよかったわ」
「俺、この街の店わからんし」
彼はあっけらかんとした様子でてきぱきと買ってきた道具をより分けている。そちらは任せて、別をすることにした。
「ん、ジュリー、お前何歳だっけ」
同い年なのだから忘れるはずもないのに。
満で十七歳だと答えると、彼は眉を寄せる。何か考えている顔だ。
「あの猫、いくつだ?」
「ええと、どうでしょう。けれどそう、私が産まれたときにはもういたわけですから、猫にしてはもう高齢なのかも」
「ふうん」
彼はまたよくわからない相槌を打った。
彼がどうしても味噌汁が飲みたい、と主張したので今晩は白いごはんを炊いた。
カボチャがあったからお昼に甘く煮たのに、味噌で煮るつもりで鯖を買ってきてしまった。冷蔵庫にひじきの煮たのも入っている。煮物の行進だ。
それでもヤマトはうまいうまいと食べているので、気にすることもなかったな、と思う。
「ナギサ様、どうしているでしょうか」
「どうかな、お前の話を聞く限り、頭だけだったんだろ? あいつ、俺と同じとか言いながら、頭だけでも動くんだな……しかも喋ったって、人間じゃないな。少なくとも肺はない」
「同じ、ということは、ナギサ様もきっと躰が治る人なのでしょうか」
「まぁ、治ると考えておいたほうが、治らないと思い込むよりは安全だろう」
ヤマトは鯖の味噌煮のお皿に残っていた汁をごはんに掛けながら言う。
頭だけで生きている、死なない、と言っても、頭に銃を向けると危ないと言った。ナギサにも、銃は有効だ。あの時当たっていれば殺せたかもしれない。
今なら、殺せる。
当たる。当てられる自信がある。
あの時、私が居なければ、ヤマトは死なずに、あんなにも無益な、長い時間を過ごさせることはなかっただろう。ずっとそれを後悔している。
あの時、私も考えていた。彼は死なないから。彼が獣もナギサも一人で引き寄せて、私一人隠れて逃げて、いずれ復活する彼を回収しに行けばいいと。
その考えを振り払っていて、他の選択肢を見つけられなかったのだ。
言い訳だ。
今なら、私一人で獣でも、ナギサでも立ち向かえる。
「ジュリー?」
名前を呼ばれて我に返った。お箸も止まっていた。
「はい! なんでしょう、お兄様?」
「……いや、いいや。ごちそうさま」
彼は黙って自分の食器を片付けはじめた。
階段から黒猫が降りてくる。自分の名前を呼ばれたと思ったのかもしれない。
ヤマトはそれに気づくと、猫用の皿を出して餌を入れ、床に置く。
猫のジュリーは彼に向かってにゃあ、と鳴いた。
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