あなたの推し作家は私

石田空

文字の大きさ
13 / 25
買い物に出かけるときは本当に楽だし

3話

しおりを挟む
 私と浜尾さんは、仕事が休みの日にショッピングモールに出かけることにした。大きな本屋があるし、それっぽいことができるだろうかと思ったからだ。
 そうは言っても。
 私は服を選びながら、かなり悩んでいた。
 人間嫌いがひど過ぎて、デートどころか同性の友達とすらまともに遊んだことのない私は、どんな格好をすればいいのかすらわからなかった。女性誌は読んでいると疲れるのであまり読んでないし、ネットのファッション特集もあまりにもピンからキリまででどれを参考にすればいいのかわからない。
 仕事用の服はマネキンひとつを上から下まで全部買っているから、あまりにも他の用事に着て行く服の参考にならない。
 正直浜尾さんと一緒にいるのは楽なのだ。そんな楽な相手に職場の飲み会で着るような、ビジネスライクな服を着るのは気が引けるし、でも部屋着でショッピングモールに行って知り合いになんて会いたくない。
 結局は新しく卸したカットソーにデニムと、普段着にしては真新しい分だけ綺麗な服で落ち着いた。どうせ本をたくさん買うのだから、大きな鞄を持って行くし、ヒールの高い靴を履いてわざわざ足元ぐらつかせることもないからいいや。
 そう思って着替えたところで、既に浜尾さんも服に着替えていた。形の綺麗なポロシャツにパンツと、比較的型崩れしてない服だなと思って眺めていて気が付いた。

「おはようございます、浜尾さん」
「ああ、おはようございます。かしこ先生。それじゃあいつから出ましょうか」
「その前にですね。ええっと、値段。値段ついてます」

 私は首元をとんとんと叩いて訴えたら、浜尾さんは「はっ!?」と声を上げて、そのままドタドタと洗面所へと走っていった。
 浜尾さんも困り果てた末に、新しい服を用意してくれたんだろうか。だとしたら申し訳ないなと思う。
 人間嫌いの私に、女性恐怖症の浜尾さんで、連れだって出かける。シュール過ぎる光景だ。他人事だとそう思うのに、当事者はそれでもかなり楽に思えるのはなんでだろう。
 職場の飲み会は行くのが鬱陶しくてしょうがないのに、浜尾さんと出かけるのはなんとなく楽しいと浮足立つ。変なの。

****

 私と浜尾さんが着いたショッピングモールの本屋は、今日はなんかの本の発売日なんだろうか。レジに向かって長い長い会計の長蛇の列を見てたじろぐけれど、とりあえず欲しい本を探さないと。

「浜尾さん、欲しい本とかありますか?」
「ええっと……買ってるレーベルの新刊がありまして……」
「それ、私の同業者の?」
「すみません」

 謝られてしまった。別に腐男子で欲しい本があるのかと思ったから聞いただけなんだけれど。
 私が打診を受けたキャラクター文芸の本棚は、本屋によって棚が違うから確認したかっただけなんだけどな。
 ちなみにBL小説は基本的にライトノベル。マンガと一緒に売られるケースが多く、ビルまるまる一棟同じ本屋だと同じ階に売られていることが多い。
 だけれどキャラクター文芸の場合は、本屋によって「ライトノベルの同種」と扱われてマンガやライトノベルと一緒に売られる本屋もあれば、「一般文芸の亜種」と扱われて一般文芸と一緒に売られる本屋もある。
 正直私も打診を受けるまでは、好きな作家さんの本を手に取るくらいだったから、ここの本屋だと扱いはどうなっているのか知らないんだ。

「とりあえず、なにかあったらレジ近くに落ち合いましょう」
「えっと……はい」

 浜尾さんはコクンと頷いて、慣れた足取りでBL小説の棚へと歩いて行った。本当に好きなんだなあと感心しながら、私はキャラクター文芸の本棚を探しに行った。
 本屋に遊びに行って困るのは、欲しい本が近いジャンルじゃなかったら、平気で行方不明になるってところだ。あと時間を忘れる。本屋も壁の端っこには時計がかかっているんだけれど、スマホなしで本棚ばかり眺めていたら、本当に時間を忘れて一時間くらい本屋にいることだってざらにある。
 私はそんなことを思いながら、棚を探して、適当に何冊か手に取って、パラパラ捲ってから、買う用に持って行く。
 もらったレーベルの本だけだったら、なにを書いたらいいのかわからない。丁寧な暮らしのブロマンスってなにと、それらしい本を数冊買い、ついでに観光ガイドの棚に行って地元のレストランや観光名所の本を手に取る。どうも観光ガイドみたいな内容にしたら、丁寧な暮らしを書けないと迷うこともないらしい。
 私は本をおいしょと持ってレジに並んでいると。真後ろに人がいることに気が付いた。
 まあこの人も並んでいるんだろうな。そう思ったものの。距離が異様に近い。前方を見てもこんな髪の毛がくっつくほど近くになんて誰も並んでいないし、後ろの人……。
 私は思わず振り返ると、その人はなにも持っていなかった。
 ……もしかしたら図書カードを買いに来たのかもしれないし、予約した本を取りに来ただけかもしれない。そう思いたかったけれど、いくら混雑したレジ前でも、そこまで近くに並ばなくてもいいでしょ。
 この前の歯医者で知り合いの歯垢を取ったことを思い出し、肌にポツポツと鳥肌が立ちはじめた。
 ……わからないから本屋に行こうなんて、しなきゃよかった。最初から通販に頼っていたら、こんなことには。
 大好きな本屋だというのに、だんだん吐き気が込み上げてきたところで。

「あの、すみません」

 私と真後ろの人の間に割り込んできた気配があった。浜尾さんだった。

「なんだ、あんた」
「すみません。前方の方と一緒の会計ですから。あの、お待たせしました」

 そう言っていつものおたおたした口調で笑いかける浜尾さんに、私は心底ほっとした。
 さっきまでの吐き気が治まり、帰りたくなっていた泣きたさも消え失せていた。

「……ありがとうございます」
「ええ? 自分は先生と会計したかっただけですから」

 浜尾さんは心底とぼけ切っていたら、真後ろの人は「チッ」とわかりやすいくらいに不機嫌に舌打ちをしてから、そのまま混雑した会計の列から抜け出してしまった。その人を眺めながら、浜尾さんがボソリと呟く。

「これは会計のときに伝えたほうがいいですね。混雑していますけど」
「で、でも……もういないですし」
「他の人が先生みたいに近くにくっつかれるかもしれないじゃないですか。触られなくっても、普通に怖いじゃないですか」

 私は少しばかり驚いて浜尾さんを見た。
 本当に、私は触られてもいないけれど、近くにいただけで怖くて声が出せなくなっていた。ほとんどの人は、「自意識過剰」「触れれてもないのに」とか揶揄するのに、この人はきっちりと「怖いものは怖い」と言ってくれた。
 この人だって、女性恐怖症が原因でたつきを本当に怖がっていたのに、私の近くに来て助けてくれた。

「……ありがとうございます」

 もう一度お礼を伝えたものの、やはり浜尾さんは困った顔をして笑うばかりで、それ以上の返答はなかった。
 レジについたとき、私たちはレシートを分けてもらって会計を済ませ、先程の不審者のことを伝えたら、店員さんは「申し訳ございません!」と謝って、慌てて上の人に伝えてくれた。
 店員の見回りが増えれば、もう少しだけここの店も安全になると思う。
 私は自分の鞄の中に本を詰める浜尾さんをちらりと見た。

「それで、今回はどんな本を買ったんですか?」
「かしこ先生の本じゃなくってもいいですか?」
「私も……他の人のどんな本が好きなのか興味ありますし、普通に読みますから」
「あー。石油王の話ですよ。石油会社の社員と石油王のラブロマンスです」
「定番なネタなのに、意外とリーマンものは出てこないですよね。石油王ネタって。本にカバーもされてますし、よかったらどこか喫茶店で読みませんか? 私も資料買ったんで、ちょっと読んでみたくて」
「なに買われたんですか?」
「私も丁寧な暮らし系の話はちょっと書けないんで、ご当地ものだったらなんとかならないかと思って観光ガイドを」
「でもご当地ものでブロマンスも割と難しくないですか?」
「それでちょっと悩んでますねえ」

 ふたりでそう言い合いながら、ショッピングモールの地図を見に行き、喫茶店の場所を確認してから歩いていく。
 私は人にすら触られなかったら比較的大丈夫だけれど、浜尾さんはどうなんだろう。横を歩く浜尾さんをちらりと見る。他のショッピングモールはよく知らないけれど、ここは比較的女性向けの雑貨や服屋が多くて、休みの日になるとどっと女性客が増える。前方も後方も女性客だらけな中で、まばらにカップルや親子連れが歩いている具合だ。
 その中で浜尾さんはゆったりと歩いている。私よりも歩幅が大きいものの、ついていけないこともないから、そのままついていく。
 やがて喫茶店に辿り着いた。
 地元メーカーのコーヒーのおいしい喫茶店であり、メーカーのプリンやアイスクリームもおいしい。私は読書に糖分が必要だからと、プリンとコーヒーを頼もうかなと辺りを付けていたら、浜尾さんはメニューを持ってうずうずしていた。

「浜尾さんはどうされますか? ここの店はコーヒーが定番ですけど、比較的紅茶もおいしいですし、ジュースもありますけど。さすがに昼からアルコールは抵抗ありますけど、欲しかったらありますよ」
「い、いえ……ここのパフェって、どれくらいの大きさですかね?」
「はい?」

 たしかにここはメーカーのプリンを使ったパフェも出しているけれど、私は食べたことがない。
 どこかの席で出てないかなときょろきょろしていたら、パフェグラスをウキウキ鳴らしながら食べているのが見つかった。

「あれくらいの量みたいですけど……どうしますか?」
「食べます!」
「わかりました」

 店員さんに注文すると、浜尾さんはにこにこと笑った。

「ありがとうございます。こういうところ、行きたくってもなかなか行けなくって」
「ひとりでパフェって苦手ですか?」
「というより、今日はすぐ入れたからよかったですけど、女性と一緒に並んでいるのが怖かったんで。今日は、かしこ先生が一緒ですから大丈夫でしたけど、ひとりでは怖くて並べませんでした」
「ああ、そっちですか」

 最近は男性も甘いものを抵抗なく食べるとは聞くけれど、あんまりそういう光景を見たことがない。もしかしたら甘党の店には女性客が多過ぎて、甘いものは好きだけれど女性が苦手な人は入れなかったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...