魔法少女の食道楽

石田空

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関西きつねうどんをすする

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 次の日、気まずい思いながらも出勤する。
 経理の仕事は忍耐だ。ひとつ山が終わったところで、また次の山に登る準備をしなければならない。
 私が気まずい思いをしているものの「ああ、おはよう。一ノ瀬さん」と挨拶をされた。
 立川さんがあまりに普通だったのに、私は少しだけほっとしながら、「おはようございます」と挨拶をした。

「とりあえず、この間の件だけれど」
「ああ、すみません……本当に急用で出て行ってしまって」

 まさか魔法少女として闇妖精と戦って苦戦を強いられていたなんて、どうして言えようか。私がタラタラ冷や汗を流している中、立川さんはこの間の湿っぽさが嘘のようにあっけらかんとしている。

「まあ忙しいなら仕方ないし。でもたまには食事付き合ってくれよ?」
「……それくらいならば、できれば外食でお願いします」
「それはもちろん。さすがにこの間はやり過ぎた」
「ははは……」

 本当に先輩のマンションに出かけていってなにもなかったのは、ただの運だ。立川さんが単純にいい人だったからであり、誰でもそんなに都合よくいかない。
 ……普段だったら働く警戒心が、立川さんには働かなかったんだなとは、気付かなかったことにした。
 私は「ですけど」とだけ言う。

「私、カフェインドリンクで結構胃をやってますから。今胃に優しい生活送ってますから、あんまりこってりしたもの食べられませんよ」
「そりゃ知ってる。飲み会でも酒も避けるし、油っぽいもの全然食べないから。でも多分油は少しは摂ったほうが体にいいと思うよ」
「……それはどうも」

 どうにもふたり揃うとすぐに食べ物の話になるなあ。
 そう思いながら、私たちは仕事に取りかかった。
 なんでもかんでもデジタル化移行とか言ったのどこの誰だ。多分今が一番書類仕事と領収書の仕分けに追われている。

****

 その日も仕事が終わり、珍しくリリパスからの出動要請もなかった夜。
 私は立川さんと一緒に食事に出かけた。

「酒は飲まない。胃に優しい。肉はあんまり……夜には結構難しいなあ。締めに行くような店だったら大丈夫か」
「すみませんすみません。最近はちょっとだけ健康にはなったと思うんですけど」
「まあ、一時期残業続きでカフェインドリンクがぶ飲みしてたからなあ。あれに比べたらまだマシだろうし」
「不摂生だったし若くってカフェインドリンクの恐怖が身に染みてなかったんですよ」
「うん、身に染みないほうがよかったしなあ、それは」

 ふたりで他愛ないこと言っていたら、屋台が来ているのに気付いた。最近は屋台の店が結構減っているけれど、出汁のいい匂いがする……これは、関西風の出汁だ。
 関東風と違って、何故か甘いんだよな、関西風の出汁って。

「きつねうどんかあ……関西風うどんってときどき食べたくなるんだよなあ。一ノ瀬さんはどうする?」
「うどんだったらいいかなあ……食べたいです」
「すみませーん。きつねうどんふたつ」
「はいよ」

 そう言いながら椅子をふたつ持ってきて、テーブルに並べてくれた人を見て気が付いた。

「……いつかの焼き芋屋さん?」
「あれ、一ノ瀬さん知り合い?」
「知り合いじゃないですけど……石焼き芋は今時珍しかったんで」
「はははは、それで覚えてくれたかい。うん、最近はなにかと商売上がったりでねえ。他の店ややめようかと迷ってるところの手伝いしたり、事業引き継いだりして、なんとか食いつないでるよ。関西風のうどん屋もそれのひとつさね」

 そう言いながらうどんを湯切りし、さっさと器に入れてくれた。
 出汁をたっぷりかけられ、最後にお揚げと青ネギを乗せてくれる。

「それじゃあおあがり」
「ありがとうございます」

 お金を支払うと、ずるずるとすする。
 うどんはもっちもっちしていて、冷凍うどんくらいしかお世話になっていない私でも、このうどんは生地から捏ねられたんだなあとわかるようなこしをしているとわかる。
 そしてお揚げは味が染みていて甘く、出汁も不思議と甘い。

「おいしいですけど、関西風ってどうして出汁が甘いんですかねえ」
「関西だと出汁は飲むもんだからねえ。関東だったら蕎麦とかは蕎麦湯を足さないと飲まないだろう?」
「味が濃過ぎますし、たしかに割らないと無理ですね」
「そのまんまで飲みたがるからねえ。関西だったら出汁は醤油と一緒にみりんも入れるから」

 なるほど、甘い訳だ。
 立川さんは立川さんで、うどんをすすって感激していた。

「すごいですねえ、この麺。こしがすごい」
「この店継がせてくれた奴に言ってやっておくれ。元々麺づくり専門だったのに周りに乗せられて店持っちまったもんだから倒れてねえ。いろいろやって、どうにか麺づくり家業に専念することになったからさあ」
「麺だけと店持つのとだと、やっぱり勝手が違いますか」
「店を出すだけと店を続けるだったら、どうしても勝手が違ってくるからねえ。味にこだわりたい奴ほど店を出すのは嫌がるさ」

 この辺りは私の全然知らない世界だなあと思いながら、うどんをすすった。
 それにしても。ふつか続けて気風のいい口調を聞くのは気持ちがいい。
 魔法少女の変身後は年が若返るし、妖精オーラのせいでどうにも顔が見破れない。……まさかなあと思いながらも、立川さんへの気持ちと同じく、そっと見なかったことにした。
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