7 / 32
七日間から抜け出せない
6
しおりを挟む
チャイムが鳴った直後、如月さんの家のドアは、昨日と違ってすぐに開いた。
メガネ越しの目は吊り上がり、ぶすくれている。
ドアには魚眼レンズ。多分、私のことを見ていたのだろうに。
「開けてくれるんですね……」
「だって君、絶対にまた叫び出すだろう? うるさいんだ。近所迷惑になるんだ。さっさと入ってくれ」
「はあ、お邪魔します……」
「ちっ」
舌打ちされたものの、素直に入れてくれる辺り、この人はもしかしたらいい人なのかもしれない。というより、昨日うるさくされて参ったのだったら、少しは反省したほうがいいかも。
そう思いながら彼の背中を眺めていて、「あれ?」と気付いた。昨日はドアを開けた途端ににおいたつほどに油絵の具のにおいがしたのに、廊下に入っても気のせいかにおいが薄らいでいる気がする。
昨日キャンパスの置いてあったリビング。昨日も真っ白だったキャンパスは、今日も真っ白なままだった。
「……あれだけ私に文句言ってたのに、絵が描かれてないですけど……」
「……うるさいな、放っておけ」
彼はそうぶつぶつ言いながら、私にペットボトルを差し出してきた。冷蔵庫の中は、ペットボトルのお茶に栄養ゼリー、あとカフェインドリンクばかり入っている。本当に体に悪そうだ。
なんだっけか。才能ある人がある日突然いつもやってたことができなくなる現象。スポーツ選手とか歌手とかでも、そんなのがあった気がする。
少し考えて、私は思いついたことを口にしてみた。
「もしかして、スランプですか?」
「……うるさいな」
途端にまたしても顔を歪められてしまった。私は「すみません」と頭を下げる。
とりあえず如月さんからもらったペットボトルの中身を確認した。ノンカフェインのお茶だ。たしかカフェインの摂り過ぎは利尿効果でトイレが近くなるんだっけか。こんなに神経質な人でも、描けないときは描けないんだなあと思ってしまう。
「昨日如月さんが捨てた絵ですけど。私あの絵、すごく素敵だったから、あなたに会ってみたくなったんですよ」
そう言った途端に、またしても如月さんは目を吊り上げてしまった。ここで褒められたと取らないなんて、どれだけこの人根性ひん曲がってしまってるんだと呆れてしまう。
「わざわざ僕に会いに来て馬鹿にしに来たのか?」
「違います。ただ、あの絵が素敵だったのに捨てられたのは、多分納得できないからですよね? だから会いに来たんですけど……どうせだったら、スランプどうにかしませんか?」
「どうするって言うんだよ」
「私と一緒に遊びましょうよ」
それに如月さんはまたしても目を吊り上げた。この人は本当に、喜怒哀楽の怒以外見せてくれない人だなあとしみじみ思った。
私もどうせリセットされるしなんて思ってなかったら、こんな変な提案はしない。
どうせ忘れられてしまうし、どうせなかったことになるし。それだったら、せめて素敵な絵を見たいなあと思っただけなんだ。
「……やっぱり僕をからかいに来たんだろ」
「違いますってば。如月さんの大学のサイト見て、個展を見て、すごいすごいって思ったから、あなたに絵を描いてほしいだけですってば」
「もう帰ってくれ!」
私にペットボトルを押しつけると、そのままぽいっと追い出してしまった。そのままチェーンをかけられた辺り、完全に拒絶されてしまったらしい。
私は仕方なく、ペットボトルを傾けながら、しばらく閉まった扉にもたれかかっていたけれど、結局向こうでなにがあったのかわからなくなって、私は玄関に「また来ます」とだけ言って、帰って行くことにした。
もらったお茶は花の匂いがして、少し変わった味がした。そのペットボトルをぶら下げながら、私は高層マンションを見上げる。
「……スランプってどうやって治せばいいんだっけか」
とりあえず【スランプ 治し方】と検索をかけてみた。
【もう駄目だと思ったら一旦区切って寝る】
【気分転換にドライブに行く】
そういう具体的な解決法をなるほどと眺めている中、ひとつ気になる記事を見つけた。
【スランプというものは、できなくなる理由があります。たとえば嫌な作業にぶつかったとか、嫌な人間関係に巻き込まれたとか。そのせいで腕が動かなくなることがあります。いったいなにがぶつかってスランプになったのか、その原因を突き止めることが今度のスランプを予防することになります】
「……ほう」
私は一旦スマホを片付けて、ペットボトルのお茶を飲み干してから、ゴミ箱を捜してから帰ることにした。
あれだけ素敵な絵を描いて、それがすごい勢いで売れていくっていうのは、順風満帆過ぎて、本当だったらスランプになっている暇なんてないと思うけれど。
そこまで考えて、ふと気付いた。
「……如月さん、大学生だよね? 学校どうしてるんだろう」
私は学校をサボっているからここにいるんだけれど、如月さんは大学大丈夫なんだろうか。もう一度高層マンションを見上げてから、お母さんに見つからないよう時間を潰さないとなと、一旦繁華街に出ることにした。
メガネ越しの目は吊り上がり、ぶすくれている。
ドアには魚眼レンズ。多分、私のことを見ていたのだろうに。
「開けてくれるんですね……」
「だって君、絶対にまた叫び出すだろう? うるさいんだ。近所迷惑になるんだ。さっさと入ってくれ」
「はあ、お邪魔します……」
「ちっ」
舌打ちされたものの、素直に入れてくれる辺り、この人はもしかしたらいい人なのかもしれない。というより、昨日うるさくされて参ったのだったら、少しは反省したほうがいいかも。
そう思いながら彼の背中を眺めていて、「あれ?」と気付いた。昨日はドアを開けた途端ににおいたつほどに油絵の具のにおいがしたのに、廊下に入っても気のせいかにおいが薄らいでいる気がする。
昨日キャンパスの置いてあったリビング。昨日も真っ白だったキャンパスは、今日も真っ白なままだった。
「……あれだけ私に文句言ってたのに、絵が描かれてないですけど……」
「……うるさいな、放っておけ」
彼はそうぶつぶつ言いながら、私にペットボトルを差し出してきた。冷蔵庫の中は、ペットボトルのお茶に栄養ゼリー、あとカフェインドリンクばかり入っている。本当に体に悪そうだ。
なんだっけか。才能ある人がある日突然いつもやってたことができなくなる現象。スポーツ選手とか歌手とかでも、そんなのがあった気がする。
少し考えて、私は思いついたことを口にしてみた。
「もしかして、スランプですか?」
「……うるさいな」
途端にまたしても顔を歪められてしまった。私は「すみません」と頭を下げる。
とりあえず如月さんからもらったペットボトルの中身を確認した。ノンカフェインのお茶だ。たしかカフェインの摂り過ぎは利尿効果でトイレが近くなるんだっけか。こんなに神経質な人でも、描けないときは描けないんだなあと思ってしまう。
「昨日如月さんが捨てた絵ですけど。私あの絵、すごく素敵だったから、あなたに会ってみたくなったんですよ」
そう言った途端に、またしても如月さんは目を吊り上げてしまった。ここで褒められたと取らないなんて、どれだけこの人根性ひん曲がってしまってるんだと呆れてしまう。
「わざわざ僕に会いに来て馬鹿にしに来たのか?」
「違います。ただ、あの絵が素敵だったのに捨てられたのは、多分納得できないからですよね? だから会いに来たんですけど……どうせだったら、スランプどうにかしませんか?」
「どうするって言うんだよ」
「私と一緒に遊びましょうよ」
それに如月さんはまたしても目を吊り上げた。この人は本当に、喜怒哀楽の怒以外見せてくれない人だなあとしみじみ思った。
私もどうせリセットされるしなんて思ってなかったら、こんな変な提案はしない。
どうせ忘れられてしまうし、どうせなかったことになるし。それだったら、せめて素敵な絵を見たいなあと思っただけなんだ。
「……やっぱり僕をからかいに来たんだろ」
「違いますってば。如月さんの大学のサイト見て、個展を見て、すごいすごいって思ったから、あなたに絵を描いてほしいだけですってば」
「もう帰ってくれ!」
私にペットボトルを押しつけると、そのままぽいっと追い出してしまった。そのままチェーンをかけられた辺り、完全に拒絶されてしまったらしい。
私は仕方なく、ペットボトルを傾けながら、しばらく閉まった扉にもたれかかっていたけれど、結局向こうでなにがあったのかわからなくなって、私は玄関に「また来ます」とだけ言って、帰って行くことにした。
もらったお茶は花の匂いがして、少し変わった味がした。そのペットボトルをぶら下げながら、私は高層マンションを見上げる。
「……スランプってどうやって治せばいいんだっけか」
とりあえず【スランプ 治し方】と検索をかけてみた。
【もう駄目だと思ったら一旦区切って寝る】
【気分転換にドライブに行く】
そういう具体的な解決法をなるほどと眺めている中、ひとつ気になる記事を見つけた。
【スランプというものは、できなくなる理由があります。たとえば嫌な作業にぶつかったとか、嫌な人間関係に巻き込まれたとか。そのせいで腕が動かなくなることがあります。いったいなにがぶつかってスランプになったのか、その原因を突き止めることが今度のスランプを予防することになります】
「……ほう」
私は一旦スマホを片付けて、ペットボトルのお茶を飲み干してから、ゴミ箱を捜してから帰ることにした。
あれだけ素敵な絵を描いて、それがすごい勢いで売れていくっていうのは、順風満帆過ぎて、本当だったらスランプになっている暇なんてないと思うけれど。
そこまで考えて、ふと気付いた。
「……如月さん、大学生だよね? 学校どうしてるんだろう」
私は学校をサボっているからここにいるんだけれど、如月さんは大学大丈夫なんだろうか。もう一度高層マンションを見上げてから、お母さんに見つからないよう時間を潰さないとなと、一旦繁華街に出ることにした。
10
あなたにおすすめの小説
となりのソータロー
daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。
彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた…
という噂を聞く。
そこは、ある事件のあった廃屋だった~
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる