一週間後、また君を好きになる

石田空

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あなたの心を捕まえたい

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 次の日、私は早朝に起きると、いそいそと制服を着替えた。途中で脱ぐとはいえども、如月さんの家にはないものが多いのだから、いろんな場所で買い出しに行かないとオムライスひとつ買うことだってできない。
 私がパタパタと用意しているのを、起きてきたばかりのお父さんは怪訝な顔で見ていた。

「あれ、晴夏。おはよう。今日は早いな?」
「お父さんおはよう。今日はまあ、いろいろ」
「ふうん。そうか」

 出席日数が足りていてよかった。やる気のない生徒にしては、皆勤賞狙えていたくらいには学校にちゃんと通っている。基本的に風邪も全然ひかないから余計にだ。
 私が急いで昨日の残り物で朝ご飯を済ませようとする中、お父さんはパンをトースターで焼き、お湯を沸かして珈琲を入れる準備をはじめた。
 私はそれを眺めながら「お父さん」と尋ねた。

「お父さんってスランプになった場合ってどうしてるの?」
「唐突だなあ……晴夏はスランプになるようなことってあるのか?」
「私はないけど。知り合いがしんどそうだったから」
「ふーん。一応仕事の企画が全く通らないっていうのはあるけど」
「絵でも企画って必要なの?」
「ラフ画を何枚も出して、その内のどれを採用するかって見ないといけないからな」

 そこは素直に知らなかったなと思う。でも如月さんの場合はお父さんと同じく絵描きではあるものの、少し作業の状態が違うみたいだ。
 そう思いながらご飯を食べ終えたとき「でもなあ」と言う。

「企画が通らないって焦れば焦るほど、自分の中身を全部出してみてなにが足りないのか理解してみないとはじまらないんだよ」
「自分の中身を全部出すって?」
「とにかく描き続けてみたいと、自分が描けないものがわからなくなる。それを周りが欲しがっている場合があるから」
「はあ……私がスランプになっている人、ずっと苦しんでいるから。その人、描きたいものが腕に追いついてないみたいだった」
「技量が足りないとか?」
「それは全然ないと思う。お父さんと業種は違うけれど、絵がものすごく上手い人だよ」
「お父さんの仕事は、絵描きであっても芸術家ではないからなあ……芸術のことは上手く説明はできないけど。ただ芸術っていうのは、余裕がないとそれに浸れない。それは芸術を楽しむほうも、芸術を提供するほうも」
「え?」

 それは初めて聞く話だから、思わずお父さんを見た。お父さんはようやっと沸いたお湯でコーヒーを淹れはじめた。私に「飲む?」と尋ねるので「今日はいい」と答えた。
 それに「そうか」とだけ言いながら、お父さんはお湯を注ぐと、ふくよかなコーヒーの匂いが漂いはじめた。

「余裕がなくなっていると考えたら、一旦立ち止まらないと大変なことになる。そしてどうしたら余裕を取り戻せるのかも。その人もなんとかなるといいな」
「……うん。そうだね。お父さんありがとう」

 私は急いで洗面所で身支度を調えると、財布の中身を確認する。ICカードの余裕はあるから、それでオムライスの材料はコンビニで買える。あとはホームセンターに行ってフライパンとフライ返しを買えばなんとかなるかな。
 そう考えて、私は家を飛び出した。

****

 オムライスの材料で、シーフードミックス、野菜ミックスをカゴに入れ、ご飯と卵、あとバターとケチャップを買い足した。あの人調味料もなかったけど、塩胡椒を買ってもいいんだろうか。悩んだ末にそれも買い、ICカードで支払いを済ませた。
 続いてホームセンターにより、フライパンとフライ返しを買う。学校の先生に見つからないよう、急いで買うと、如月さんのマンションへと向かった。
 マンションの管理人さんが掃除をしている横を擦り抜け、すっかりと見慣れてしまったマンションのエレベーターを通る。そして、如月さんの家に「おはようございます」と挨拶をした。
 神経質な如月さんは、少し怪訝な顔をしたあと、開けてくれた。

「……本当に来たのか」
「そりゃ来ますよ、如月さん。約束しましたし」
「オムライス……本当に」
「鶏肉買おうか迷ったんですけど、さすがに朝のコンビニでは売ってないので、シーフードミックスで我慢してください。あと野菜ミックスもありますよ」

 私は入れ物にシーフードミックスをドサドサと流し入れ、一緒に買ってきた塩胡椒を入れた。本当なら塩で戻さないといけないものの、そんなもん如月さんの家にはないしなあ。
 そして私は「あれ」とキャンパスに視線を向けた。前のとき、私が拾ったキャンパスはへしゃげて捨てられてしまっていたけれど。昨日かろうじて捨てられずに済んだキャンパスはまだ、イーグルに載ったままだった。そしてそこには加筆が行われている。
 今朝も加筆していたんだろう、生々しい油絵の具のにおいが漂った。

「あの絵、加筆したんですね」
「バラ迷路を見て、少し思いついたことを足しただけだ」
「あははっ、もし植物園に行ったことで、少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」

 私はフライパンを取り出し、そこにバターのカケラを入れた。コンビニ売りのバターってすごいな。ちゃんと程よい量で切られている。それを自分で切るとなったら面倒だもんなあ。私はそう思いながら、野菜ミックスをざっくりと炒めはじめた。
 全然使われてないICコンロはどうかとヒヤヒヤしたものの、概ね使い心地はうちの家のものと同じようだ。
 戻したシーフードミックスとご飯も投下し、ある程度火が通ったら塩胡椒とケチャップで味を付ける。私は少し味を見て「よし」と声を上げると、一旦器にご飯を取り出した。

「これを卵でくるんだらオムライスができますけど、どうしますか? もうつくりますか? あとでにしますか?」

 私がそう声をかけた先で、如月さんは初めて私の目の前で筆を動かしているのが見えた。水面に光が増えていった。そして波のうねり、遠くに見える空の明るさ。私が初めて見たときよりも、確実に色は鮮やかに美しくなっていた。
 なによりも、小さな額縁に閉じ込めた今にも動き出しそうな躍動感をだんだんとこの絵も帯びはじめた。もし、如月さんがスランプを脱出できたのなら……。
 そのときは、もう死ななくってもいいのかな。私はドキドキしながら彼の背中を見ていたものの、彼がだんだん小刻みに震えてきたのに気付いた。

「あれ、如月さ……」
「……駄目だ。描かないといけないのに。こんなじゃ……」

 如月さんが、あの絵を叩き割ろうと乾いてないキャンパスをそのまま持ち上げた。それに私は慌てる。

「ちょ、待って、如月さ!」
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