大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~

石田空

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偽夫婦、またまたトラブルに対処します

2話

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 ファミレスに到着したとき、ちらりと窓から店内を覗いたら、大勢のグループがドリンクバーを行儀悪く占拠しているのが見えた。ここでパソコンを持ち込んで仕事している人たちも、食事休憩に来た人も、そのグループを遠巻きにしているようだった。
 ……でもあの派手な服装は、日名大の子たちの種類ではないような。ブランド物を見せびらかすように持ち、原色を派手に使っている服装には、なんとなく違和感を覚える。事務所に報告に行ったりする際に目にする日名大の子たちには、あんなに派手な連中はいなかった。日名大の子たちは全体的にシンプルな格好をしていて、得意不得意はあれども皆勤勉な印象だ。勉強やバイトに時間を割いているから、あんまり派手な格好をしている印象がない。
 それはさておき、七原さんがここのトイレに籠城してるんだよなあ。俺が出入口のほうで立ち往生していたら、店員さんが声をかけてくれた。

「いらっしゃいませ、おひとり様でしょうか?」
「あ……」

 俺はちらりと派手なグループを見た。どう考えても、七原さんが逃げているのはあのグループからだろう。俺はあちらのメンバーに悟られないよう、持ってきていたスマホに文章を打ち込むと、店員さんに見せた。

【すみません、自分は日名大の寮の管理人をしています。うちの寮生がトイレに閉じ込められているみたいなんですが、彼女を回収して帰りたいんですが】

 店員さんは目を大きく見開いたあと、「失礼ですが、このスマホをお借りしてもよろしいでしょうか?」と尋ねてきたので、俺は頷く。そのまま店員さんは上司らしい人になにかひと言かけて、すぐに奥へと引っ込んでいった。
 俺が緊張した面持ちで入口で待っていたら、やがて別の店員さんが俺のやってきて、俺のスマホを返してくれた。

「お待ちのお客様をお連れしますので、裏口に回ってもらってもよろしいですか?」
「ありがとうございます……!」

 そのまま俺は案内されて、ファミレスの裏口へと向かった。ドキドキしながら待っていたら、七原さんが先程の店員さんに連れられて出てきた。日頃からおしゃれな彼女は、今日も可愛らしいワンピースを着ていたものの、顔は化粧が取れるくらいに泣いてしまっている。

「管理人さんー……!」

 俺を見て安心したのか、途端にそのまま抱き着いてきたので、俺は体を跳ねさせる。こちらから触ったらセクハラで怒られるだろうと、背中をさすることも頭を撫でることもできず、ビクビクしながら泣いている七原さんを眺める。

「ど、どうしたの……いきなりアプリで呼び出されて驚いたけど……とりあえず、ここでは話せないか?」

 そうおそるおそる尋ねたら、七原さんは大きく頷いた。普段から快活で青陽館のムードメーカーな子なのに、ここまでらしくないのは本当に珍しい。こりゃこっちが思っている以上に大事に巻き込まれてやいないか。
 七原さんが泣き止んだのを見計らって、ファミレスにたむろしている派手な連中に見つからない内に、慌てて青陽館に帰った。
 そのまま管理人室に連れて帰り、お茶を出そうとしたら「あたし、お茶はペットボトルのしか飲めませんので!」と断られてしまった。なるほど、そういう味覚趣向なのね。そう思っていたら、俺より先に素子さんのほうが口火を切った。

「でもどうしたんですか、七原さん。いきなりファミレスからSOSってびっくりしましたよ……今日はサークル活動だって聞いてたのに……」
「はい……あたしもそのつもりだったんですよう。うちのサークル、基本的にゆるゆるなんで、試合で勝敗決めようっていうんじゃなくって、皆で楽しくテニスしようーくらいのもんなんですけど……今日は他校のテニスサークルと共同で皆で遊ぼうって感じだったんですけど……他校のOBやOGが来てから、ちょっと……」
「他校のねえ……」

 さっきファミレスで他の客がものすごく遠巻きにしていた集団を思い返す。明らかに日名大の子たちの空気と違ったあの連中だろうなと辺りを付ける。ファミレスの前にも明らかに高い外車が並んでいたから、若いながらも羽振りがいいんだろう。
 よっぽど怖い目にあったのか、また涙と嗚咽でグズグズになってしまった七原さんに、素子さんは慌てて寮生からのおすそ分けのお菓子を持ってきて「話すのはゆっくりでいいですからね」と差し出すと、彼女はコリコリとお菓子を食べてから、再び口を開く。

「……なんかOBの人たちが、これをすると儲かるとか言って、パンフレット配り出してから様子がおかしくなったんですよう。車に乗ってきていた人たちは、話を聞いたら駄目だと判断したらしくって、言い訳して帰ったんですけど……あたしは寮生だし、車も人数オーバーで乗せてもらえなくって……」
「パンフレット? まさかと思いますけど、それってマルチ商法じゃ……」

 それに俺は目を見開く。
 マルチ商法。ときどきSNSを賑わせ、ネットニュースで上げられるそれに、まさかうちの寮生が巻き込まれるなんて冗談じゃないぞ。
 素子さんの指摘に、七原さんは俯く。

「マルチ商法って言葉は聞きませんでしたけど……ただ先輩が言ったんです。この商材を友達に紹介したら、そのキックバックがもらえる、これで自分も外車を買ったって……変な空気になって盛り上がってたんですけど、あたしは寮に帰りたいけど、これにサインしないと帰らせてくれないって……結局お腹痛いと言って女子トイレで籠城するしかできなかったんですけど……」

 言ってないだけで、それ完全にマルチ商法じゃないか。

「それは災難でしたね……」
「でもどうしよう管理人さん。スマホの番号をOBの人たちに回されちゃったし、これで青陽館の皆に迷惑がかかったら……」

 途端に彼女は、またしてもグズグズと泣き出してしまった。
 少なくとも、七原さんはサインしてないんだから、彼女は無事に逃げ出せたことで話は終わりなはずなんだけれど。素子さんは困った顔で「もし怖いんでしたら、皆で一緒に警察に行きますか?」と提案する。

「でも……あたし、OBの人に恨まれたりしませんか?」
「もう卒業してるから問題ないと思いますよ。それに七原さんが逃げられなくなった時点で、監禁罪に問えるかと思いますから」
「そうなんですか……?」
「たまに、試着や施術したあと、下着のまま契約するまで出してもらえない着物屋やエステがありますが、あれも逃げられない状態に追い込んだ時点で監禁罪に値します。警察に被害を訴えればなんとかなります。どうしますか?」

 そうだったのか。世の中の商売怖いな。全く知らないサービスの押し売りに身を震わせていたら、七原さんは黙り込んでしまった。さすがに素子さんの提案が過激過ぎたんだろうか。
 しばらく黙ってから、七原さんは口を開いた。

「……今回は、やめておきます……あたしは逃げ切れたんですけど……他校の子で断り切れなかった子もいるんで……下手に恨まれるの怖いです」
「いや、七原さんなんにも悪くないし、怖いと思って逃げた人たちが先にいた訳だから、七原さんを恨むのも筋違いでしょ?」

 俺は思わず口を挟んだものの、七原さんは黙り込んでしまった。それに素子さんは口を挟んだ。

「いろんな人がいますから。理屈より先に感情を優先してしまって、ひどい目に合うことだって多いですよ」

 素子さんは俺をそうたしなめると、七原さんに面と向かって言った。

「それでも本当に苦しいつらいって思ったら、私たちに相談してくださいね。私たちは、あなたの味方ですから」
「……はい」

 七原さんはようやくいつもの快活な笑みを取り戻して、元気に管理人室を後にした。
 俺はその背中を見送ってから、素子さんに振り返る。

「そりゃこれ以上首を突っ込んで藪から蛇が出てきても困りますけど。これなにも解決してないんじゃ」
「……これは春先の早川さんの問題とは、ちょっと状況が違いますからね」

 早川さんもブラックバイトにどっぷりと漬かってしまっていて、彼女の洗脳状態を解くのに骨が折れた。でも早川さんのときに積極的に首を突っ込めたのは、このまま放っておくと寮則を破り過ぎということで彼女に退寮を迫らないといけなかったからだ。
 今回はいくら寮生が巻き込まれているとはいえども、サークル内の問題だから、大学寮の管理人がどこまで介入できるのかという話ではある。
 でもなあ……。泣いて俺に抱き着いてきた七原さんを見ていたら、よっぽど怖かったんだと思うし、マルチ商法の本元を放置してしまっていたら、また巻き込まれるかもわからない。これどうするのがいいんだ、と頭を抱えてしまう。

「……一応俺たちにできることと言ったら、事務所に報告入れるくらいでしょうかね。うちの寮生がマルチ商法の勧誘でトイレに閉じ込められたと」
「今できることは、それが関の山でしょうね。あとは琴吹さんから大学内のサークルの状況をそれとなく聞くくらいでしょうか」
「俺は寮監だからって、全部あの子に問い合わせるのも気が引けますけどねえ……」

 俺がそうボソリと言ったら、素子さんは目をぱちぱちとさせた。あれ、俺変なこと言ったっけ……?

「ええっと……俺、失礼なこと言ったでしょうか……?」
「いえ、そうじゃなくって。亮太くんって、いろんなことを面倒くさがる割には、人に頼るところと頼らないところとパックリと分かれていますね……?」

 素子さんにそう指摘されて、俺は自分の言ったことについて振り返る。素子さんが感心するほどのこともあるのかな……。

「いやあ。俺、大学はどうだか知りませんけど、高校のときは結構散々でしたから。今はどうなんでしょうね、スクールカーストとかグループ分けとか」

 高校ではいまいちぱっとしないグループにいて、やけに目立つイケメングループに押し付けられた雑用ばかりしていたような気がする。そのせいでおべんちゃらを使う声ばかりでかい奴は信用しなくなったし、人に押し付けるっていうのも苦手になった。
 ラノベ作家になっていなかったら、きっとそのまんま人間不信をこじらせていただろう。手に職万歳。

「なあんか、上からあれこれと押し付けられる経験が多かったんで。高校時代にそういうのが心底嫌だったんで、俺も同じこと寮生にしてないだろうなあって、いつも考え込んでるんです」
「私はむしろ、亮太くんみたいな人がいて、寮生の子たちは助かってるかと思いますよ?」
「ええ……?」

 素子さんの言葉に、俺は目をパチパチとさせる。元社会人の素子さんは寮内の人間関係に目を配っているが、俺は全然そんなことしてない。人間関係をちゃんとしていないと損するのはわかっていても、ただの管理人が偉そうにあれこれ口を出してもしゃあないだろうと思うからだ。上から目線の大人が嫌いなのは、若者あるあるなんだから。
 でも素子さんはニコリと笑って続ける。

「だって、亮太くん。わからないなりに寮生の子たちの視点に立って考えようとしているじゃないですか。人ってどうしても、嫌なことをされたら、そのされて嫌だったことが心身に刷り込まれて、同じことを人にしてしまうときがありますから。それに気を付けて自戒するって、難しいことなんですよ? すごいです」

 そうきっぱりと言われて、俺は唖然と素子さんを見た。普通は優柔不断とかいい加減とか取られる態度を、そこまでしっかりと褒められるとは、思ってもいなかったから、ただただ俺はポカンとして彼女を見ていた。
 素子さんはいつもの朗らかな雰囲気のまま、口元をゆるりと緩めた。

「でもそうですね……サークルの状態を聞くくらいだったら、琴吹さんの負担にはならないかと思いますよ。さすがにマルチ商法と繋がっているサークルがあるなんてことは教えなくってもいいと思いますけど、日名大の中の様子までは私たちも知りようがありませんから」
「まあ、そうですね……これくらいだったら」

 そう言って、俺たちは一旦この話題を切り上げた。
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