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搭乗の際にはお足元にお気を付けください─誰かの未来を守るため─

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 俺が晴さんを連れて駅長室に戻ると、既に高校生は立ち上がっていた。
 涙を拭いて、晴さんに大きく頭を下げる。

「お願いします、何度も何度も考えましたけど、やっぱり納得ができません! 友達が生きている世界に、連れて行ってください!!」

 普段だったら、晴さんは悩んでいるお客さんが決心を固めたら、すぐに「わかりました」と言ってパラレルラインの準備をするのに。今日に限っては本当に珍しく歯切れが悪い。
 いつも穏やかに笑っている端正な顔つきの人が厳しい顔をしているのは、正直おっかなく見える。

「……先程も説明しましたが、必ず全員が納得できる並行世界というものは、存在しません
。それでも、行きますか?」
「はい……!」
「後悔、しませんか?」
「はい……!!」

 今日は本当に様子がおかしい。
 俺は見かねて晴さんに言った。

「ええっと、あの子の話は俺も聞きました。もう俺たちでは決心は変えられないと思います。行かせてあげましょうよ」
「テルくん……」
「そもそも、そこまで悩まなかったら、ここに入れないじゃないですか。だから俺のことも心配してくれたんでしょう? この子だって同じです」

 俺の説得に、晴さんは目を伏せた。
 そのあと、やっといつもの穏やかな笑みに戻った。

「……わかりました。それでは、パラレルラインを出しましょう」

****

 昔、学校で映画を見たことがある。
『銀河鉄道の夜』っていう名作童話の映画で、親友ふたりが銀河鉄道に乗って、宇宙のあっちこっちを巡るという物語だった。
 でも、せっかくふたりで旅をしたのに、ふたり一緒に銀河鉄道を降りることはできない。
 なぜなら、親友はとっくの昔に死んでいたから。
 ふたりであっちこっちを巡ったのは、別れの覚悟を決める旅だったのだ。

『それではーパラレルライン後悔駅ー、後悔駅に電車が入りまーす。お乗りの方は、白線の内側までお下がりくださーい』

 駅長さんのアナウンスと一緒に、電車が滑り込んできた。
 近未来的な形の電車に、綺麗過ぎて映画のセットにしか思えないホーム。どうしてそれで名作映画を思い出したのかは、俺もわからなかった。
 見送りに来てくれた売店の兄ちゃんだけが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「本当に大丈夫か?」

 もし、『銀河鉄道の夜』のように。
 さよならを言うためだけに旅立つのなら、俺は切符を破り捨てて逃げ出すかもしれない。納得できないから。
 ただ、並行世界であいつが生きている世界。そこでもうちょっとだけ友情を大切にしたいと思った。

「店員さんは、『銀河鉄道の夜』って知ってますか?」
「ええっと……教科書でちょっとだけ読んだことがあるくらいかなあ。宮沢賢治だっけ?」
「俺、友達のことをカムパネルラにしたくないんですよ」

 そう言って、電車に飛び乗った。そして、店員さんと駅長さんに手を振った。
 近未来的なデザインの電車には誰もいなくて、座った途端にふかっとした座席の心地よさに、頭がぼやけてくる。
 ゆっくりと扉が閉まると、そのまま走り出し、その走り出して景色が逆走していく不可思議な光景を背に、俺は寝こけてしまった。

「おーいおーい」
「……ん?」
「重いから降りろって」

 そう言われて、俺はパチンと目が覚めた。
 電車の中にあいつがいた。

「よっ」
「……っっ! なんでお前ここにいんだよ!?」
「お前が寝てたから起こしに来たんだろうが」
「俺、お前が全然起きないから、お前が起きてる世界に行こうとしてるのに!!」
「えっ? そういうことになってるの?」
「えっ?」

 どうにも話が噛み合わない。
 これだと、昔の日本語で書かれていて、一読だけじゃなんにも読み込めなかった『銀河鉄道の夜』のほうがまだわかりやすいような気がする。
 あいつは涼しげな顔で、うちの学校の制服を着て、普段肩に提げている鞄を膝の上に載せていた。

「多分パラレルラインってそういう場所なんだと思う。並行世界で願いを叶えようとしたときに、たまぁに事故るんじゃないの? 駅長さん、俺に無茶苦茶口酸っぱく言ってたもん。本当に後悔しないかって、念押し」
「そういえば……俺のときも本当にずぅーっと念押ししてた。一緒にいた売店の兄ちゃんが間を取り持ってくれなかったら、このまま返されそうな勢いだった」
「ふうん、お前のときもそうだったんだ。俺のときもだったんだよな」

 ふたりで話をしてみると、驚いたことに、事故に遭って意識不明の重体になっている相手が入れ替わっていた。
 つまり、あいつがパラレルラインに乗る世界では、俺が線路に落ちて意識不明になっていたらしい。

「となったら、駅長さんが止めたのって、どっちがどっちかの世界に行くから、行き違いにならないよう待ってろってことだったのかな?」
「さあ? どうなんだろう。たしか、並行世界に渡った場合、並行世界から出て行ったほうが忘れられるんだよな」
「どっちもいなくなった場合、どうなるんだろう」

 ふたりともそれぞれに会いに出て行った場合、別の世界に行ったら事故ることもあるのかな。ふたりで腕を組んでみたが、いまいちわからなかった。

「まあ、いっか」
「だな。どうせ一緒に同じ電車に乗ってるんだし、どこかには着くだろ」
「そうだな。まあふたり一緒だからいっか」

 並行世界でも、同じ世界とは限らない。
 なにかが足りない世界だったり、なにかが欠けている世界だったりするらしいし、完璧で正しい世界は存在しないらしい。
 でも。互いがいる。へんてこな世界かもしれなくっても、互いがいるんだったら、間違いなく最高な世界だろう。
 だんだんまたも眠たくなってきたけれど、ふたりでいるんだったら、まあいい世界なんだろうと思うことにした。

****

 最初に鼻を通ったのは、薬の匂いだった。
 まるで保健室で、身体測定を受けるときみたいな匂い。

「──ふたりとも、目が覚めました!」

 白衣でパンツルックの女の人の声で、俺は「へっ」と声を上げた。喉に痰が絡む。
 見てみると、看護師さんやお医者さんに囲まれていた。お医者さんは声を上げる。

「本当に事故に遭ったのによく無事で!」
「えっ?」

 起き上がろうとすると、体が固定されていて動けなかった。よく見てみると、首も腕も、足も。ギブスでギチギチに固められていた。
 向こうをなんとか見ようとしたら、あいつも同じように「なんで?」という顔で寝ていた。
 俺たちは車椅子に乗せられて、説明を受けた。
 どうも脱線事故にあって、俺たちは巻き込まれたらしい。幸い死傷者は出なかったものの、俺たちはなかなか起きなかったらしく、親はずっと泣いていたらしい。
 体中打ち付けて骨がずれたからと、こうして固定されている。あと三日もすればリハビリして帰れるらしい。

「なんか、変な話だよな。どっちがよかったんだって話だけど」

 俺たちは互いの入院室に、車椅子を回して遊びに行き来していた。あいつも神妙に頷く。

「だよな、俺の世界だったら、お前が意識昏睡状態で目が覚めなくって」
「俺のときは立場が逆だったから。こっちだとどっちも事故に巻き込まれて昏睡状態で親泣かしてやんの。ばっかじゃないの」

 並行世界で、どこに行っても必ずどちらかが事故に遭う世界とか、そんなんありかと思ってしまう。そりゃ駅長さんも、そんな世界があったらたまらないと思って止めるよなあと。なによりもどっちもパラレルラインに乗ってしまったんだから、余計になんとか引き合わせないとすれ違ってしまうし。全部勘だから本当のことはなにもわからないけれど。

「うーん、そうかあ?」

 俺が「ばーかばーか」と言っている件に、あいつは首を傾げた。

「なんで怒んないんだよ?」
「そう言われてもなあ? だって、線路に人が落ちたら、賠償金ってすごいらしいぞ? もし俺たちがそれぞれいた世界で、俺たちの入院費と鉄道会社の賠償金請求来たら、俺らの親まずかったんじゃないか?」
「なんだよ、それ。いきなり金で殴ってくるとは怖いんだけど」
「そう言うなよ。なんかそういう話、ネットで見たことがある」

 なんでも出てくるネット。最近はネットは当てにならないって話もちょこちょこ出るけれど、昔起こった事件を検索するのは、やっぱりネットで探すのが一番探しやすい。
 あいつは続ける。

「でも鉄道会社の脱線事故だったら、鉄道会社は保険入っているし、今回は事故に遭った人たち誰も死んでないらしいから、一番マシだったんじゃないの?」
「んーんーんーんー……そうなのか?」
「もしかしたら、こういうのでとばっちり食らっている人たちがいるのかもしれないけど」

 俺たちは、ただもう一度会いたかっただけなのに、話が大きくなり過ぎて、もう訳がわからんと髪を引っ掻き回していたら、「まあまあ」と言われる。

「だから駅長さんも言ったんじゃないの? 本当にそこに後悔はしないのかって。全員が全員幸せになることはできないけれど、自分たちの願いが叶う場所があるかもしれないって。ほら、たとえばじゃんけんだって、俺たちがどっちも勝てるじゃんけんは、理論上無理だろ。じゃんけんはひとりしか勝てないようになっているし。全員取りこぼさないって方法は、なかなか難しいんだと思うよ」
「んー……そうなのかあ……」
「ほら、『銀河鉄道の夜』だって」

 ふたりでパラレルラインの中で話した話を、ふと思い出した。
 映画で見た、やたらと抽象的な旅の様子。原作童話は難しい昔の日本語で、いちいち訳を読まないと理解ができないのがまどろっこしくて、結局全部読み通すことができなかった。

「あの話の銀河鉄道に乗ってる人たちって、ほとんどは死んだ人だったんだよな。ジョバンニだけ、生還できた」
「んーんーんーんー……そんな暗い話だったっけ?」
「むしろ逆だと思うよ。ジョバンニからしてみれば悲劇であっても、カムパネルラからしてみれば奇跡だったって話」
「あ」

 俺たちは、互いがジョバンニのつもりだったけれど、実際は違った。
 互いが互いの無事を願った、カムパネルラだったんだろう。
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