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伝承
四
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途中で浜風と暁がギスギスとしたものの、牛車で帰ればあとはそれぞれ自室に帰るだけだが。それだけでは場の空気は変わらないと、夕花姫は察する。
どのみち浜風の記憶を取り戻すまでは一緒にいるのだから、もうちょっと空気をよくしたかった。
「ねえ、暁」
浜風を客間に送り、夕花姫を部屋まで送り届けたあと、そのまま待機部屋まで帰ろうとする暁に、彼女は声をかけた。
暁はちらりと怜悧な瞳で彼女を見る。
「なんですか、姫様」
「さっき、さちからたっくさん貝をもらったじゃない。ひとりだと食べきれないわ」
「まあ、そうですね。どうしますか、お父上にも差し上げますか?」
「そうじゃなくってね……ねえ、暁。あなたの得意料理を食べたいの。それじゃ駄目?」
それに、暁は心底頭が痛いとでも言いたげに、眉間に深く皺を付けた。
「姫様、俺は別に料理なんて得意じゃありません」
「あら。あなたいっつも、私がもらってくるものをおいしく料理してくれるじゃない」
「そりゃそうでしょ。姫様は拾いものしてきては、すぐ傷ませて腹を壊すのですから。それでしたら傷む前にさっさと調理してあなたに安全なものを食べさせたほうがまだマシでしょう」
「暁、あなた過保護って言われない?」
「誰のせいなんですか」
暁は溜息を着いて、夕花姫がもらってきた籠を取り、中身を見た。
貝に、さちが気を遣ったのか魚の日干しまである。どれもこれも、たしかにひとりで食べきれる量ではない上、貝はさっさと火を通さないと傷む。いくらここが国司の屋敷だからといえど、氷室なんて上等なものは存在していなかった。
「……魚鍋でよろしいですか?」
「なんでもいいわ。あなたの料理っておいしいもの」
「わかりました」
「あっ、そうだ。浜風にも食べさせてあげたいんだけれど。よろしい?」
「食事まであの男と取るつもりですか?」
浜風の名前を出した途端に、心底嫌そうな声を上げる暁に、夕花姫は頬を膨らませる。
「あなた、浜風のこと嫌い? さっきから喧嘩ばかりじゃない。あの人記憶喪失なんだから、もうちょっと優しくしてあげなさい」
「俺は姫様のそういうところが心配です。普通にあの男は怪し過ぎますから、お父上から見張りを任されているんですよ、俺は。姫様もそのつもりで接してください」
「気にし過ぎよ。そんなことばかり気にしていたら、生活できないでしょう?」
「……とにかく、俺は姫様があの男に気を向けるのは、反対です」
「はいはい」
暁は憮然とした顔で、夕花姫のもらった籠を持って厨に行くのを見届けてから、今度は浜風のところへと向かっていった。
浜風はというと、またも庭を眺めながら、横笛を吹いていた。
この音色の美しさに、仕事をしていた女房がひとり、またひとりと廊下で足を止めて、うっとりと聞き惚れている。
横笛は元々貴族の、それも男しか嗜まない。国司は芸事がとかく苦手なために歌も楽器もあまり上手くはない上、ここを訪れる貴族たちもお世辞にも芸事が得意とは言い切れなかったため、なおのことこの美しくも儚い音色は稀少価値の高いものであった。
夕花姫もしばらくは黙って彼の笛の音に耳を傾けていた。
庭木は日暮れの光を受けて金色にきらめいている中、流れる切ない旋律。
美しい旋律の中でこのような光景を見ていると、なんだか胸が締め付けられるような想いがする。
最後に余韻を残して曲が終了したところで、浜風は悠然とした態度で振り返った。
「おや、姫君。どうかしたかな?」
「か、からかわないでくれるかしら? 一緒に食事はどうかしらと思ったの。今、暁がつくってくれているのよ?」
「暁が? へえ、この国の侍は料理までできるのかい?」
やはり侍が料理をするのは都でも珍しいんだろうか、と夕花姫はぼんやりと思う。
「暁はちっとも認めたがらないけどね。あの人、私が拾い食いしてお腹を壊すのを見かねて、漁師から魚の捌き方から煮込み方まで学んだらしくって。漁師はほとんど味付けしないから、味付け自体はうちの使用人から学んだらしいんだけどね」
「変わった経歴だね? 過保護というにはやや惜しいけれど」
「そうかしら。とにかく暁の料理おいしいのよ。一度振る舞おうかと思って」
「彼は私が姫君と仲良いと、顔色変えるけど、いいのかい?」
浜風はクスクスと笑って話を向けてくるのに、夕花姫はさっと頬を赤くする。
暁はほとんど笑うことがないし、国司や出張してくる貴族は皆くたびれているため、このように喜怒哀楽のはっきりした男性を近くで見ることがほとんどないのだった。
そもそも物語に書かれるような恋物語は、都や伊勢などで行われるものであり、小国の姫はどんな恋をしているのか、彼女だって知らない。
とにかくからかわれているのだろうと、夕花姫は必死で考えて、口を動かす。
「暁はね、幼馴染なの。ずうっと一緒にいたわ。だからかしらね、あの人私に誰かが近付くと、あからさまに態度が悪くなるの。本当にわかりやすいんだから」
「おやおや。彼は妬いているのかな?」
それに夕花姫はきょとんとする。
幼い頃から一緒にいた夕花姫と暁の仲を勘繰るものは多けれど、特にそのような仲になった覚えがない。
「どうかしら。あの人、私に対しても一線引いているところがあるから、よくわからないわ」
「もし姫君がそう思っているのだったら、私は暁に対して少しばかり同情するけどねえ……そういえば、姫君は。秘密や冒険は好きかな?」
「ええ?」
冒険というと、日頃から漁師や百姓の子たちと洞穴探検をしたり、山の散策を行っているから好きなのだと思う。秘密は小国の姫君の情報なんて、どこからでも漏れるから、そもそもあってないようなものだった。
珍しいものが好き、というのだったら、きっと好みなのだろうと夕花姫は考える。
「多分、好きだと思うけど……?」
「おや疑問形なのかい。まあいいか。漁師の子供たちが歌っていた羽衣について興味があるのだけれど、それをふたりでこっそり探すというのは、秘密の冒険にならないかな?」
「え、ええ…………?」
夕花姫は目を瞬かせた。
暁はあれは昔ばなしだと完全否定していたが、浜風が妙に食いつきのよかった話である。そもそも夕花姫は、子守歌として普通に知っていたが、都から来た人間がそこまで興味を持つ内容とは思ってもみなかったのだ。
都から派遣されてきた貴族だって特に気にしている様子はなかったから、浜風が珍しいんだろうか。
「それ、そんなに面白い話なのかしら……?」
「充分面白いと思うよ。なんたって天女なんて都にはいないからね。だから、羽衣のあるなしはともかく、その話を探ってみるのは好奇心が満たされて面白いと思うよ。その上、姫君がひとりで出歩くのは駄目でも、私と一緒だったら、ひとりにはならないだろう?」
「うーん……そうなのかしら……?」
夕花姫がひとりで歩き回っていると、当然ながら暁から文句を言われるが。一緒に歩く人がいたら、そこまで口うるさくならないような気は……している。
「そうとも。それに私はあなたも実に興味深いからね。ひとりで漁師や百姓の子供にも愛称で呼ばれるほど親しみやすい姫君なんて、私は初めて見たから。つくづくこの国に愛されているねと」
暁の言葉ではないが、浜風は口から先に生まれたのではないかというくらいに、口が上手い。周りに妙齢の男性がいなかったせいで、余計にそう思うのかもしれない。
だんだんと夕花姫が頬に熱を持つ中、空気を変えるように「姫様」と声がかけられた。
簾の向こうから、暁の声が聞こえる。そして温かく食欲をそそる磯のいい匂いが漂ってくる。
「あら、暁。もうできたの?」
「つくれと言ったのはあなたでしょうが。こちらにお持ちしてよろしかったですか?」
「ええ、ええ。さあ浜風。一緒に食べましょう? 暁特製の魚鍋よ」
そう言って簾を巻き上げて暁を部屋に招き入れると、暁はそろそろとお膳を持ってきた。
お膳の上には鉄の鍋。そこの下には炭が赤々と燃え、中身をぐつぐつと煮立たせていた。中にはたっぷりの貝に、魚。野菜。添えられている椀にはこんもりと姫飯《ひめいい》が盛られているが、湯気を出して炊き立てだと教えてくれている。
「これが魚鍋かな?」
「ええ。もらった魚と貝、野菜を、酒に入れて煮立てたのよ。さあ、召し上がれ」
「へえ……」
酒を出汁代わりにし、もらいものを放り込んだだけのものだが、元々貝も日干しも出汁になる。一見手の込んでいるようには思えない料理でも、驚くほどの旨味が味わえる。
木杓子でひと口すくって飲んだ味に、浜風は目を見張った。
「これはこれは……おいしいね」
「でしょう? 貝は新鮮じゃなかったらおいしくないのよねえ」
「姫様、ですから貝の拾い食いはやめろとあれほど」
「もう、ここでそんなこと言う場合じゃなくない!?」
またも夕花姫と暁がギャーギャーと言い合いを繰り広げる中、浜風はしみじみと魚鍋を味わった。
そもそもここで出される食事は魚鍋だけでなく、姫飯まで日常的に出されている。都の貴族ですら、干《ほ》し飯《いい》や雑穀ご飯はよく食すが米だけの姫飯は滅多に食べることができず、そのほっくりとした味わいに満たされるものがあり、貝の旨味が充分に出た魚鍋の出汁の味わいに舌鼓を打つ。貝も干し貝や蒸し貝でなければ滅多に食せるものでもあるまい。
夕花姫は夕花姫で、暁から出された魚鍋を当たり前のように平らげていた。
「おいしい……! やっぱり貝をたくさん食べるとしたら、鍋が一番ね」
「傷むのが嫌ならば、あまり採らなければいいでしょ」
「全部干してしまったら、こんな味にはならないじゃない」
彼女がおいしいおいしいと気持ちよく魚鍋を食べ、姫飯も頬張る中、ふんわりと浜風は笑った。
「まさかこれだけおいしいものが味わえるとは思ってもいなかったからね。なにかお礼をさせてくれると嬉しいな」
浜風はにこやかにそう提案するのを、暁は意外そうなものを見る目で見た。
ふたりがまた喧嘩をするのではないか、また暁が余計なことを言うんじゃないかと思い、夕花姫はハラハラと見守っているが、暁の「……好きにするといい」のひと言で、ひとまずその場は治まった。
どのみち浜風の記憶を取り戻すまでは一緒にいるのだから、もうちょっと空気をよくしたかった。
「ねえ、暁」
浜風を客間に送り、夕花姫を部屋まで送り届けたあと、そのまま待機部屋まで帰ろうとする暁に、彼女は声をかけた。
暁はちらりと怜悧な瞳で彼女を見る。
「なんですか、姫様」
「さっき、さちからたっくさん貝をもらったじゃない。ひとりだと食べきれないわ」
「まあ、そうですね。どうしますか、お父上にも差し上げますか?」
「そうじゃなくってね……ねえ、暁。あなたの得意料理を食べたいの。それじゃ駄目?」
それに、暁は心底頭が痛いとでも言いたげに、眉間に深く皺を付けた。
「姫様、俺は別に料理なんて得意じゃありません」
「あら。あなたいっつも、私がもらってくるものをおいしく料理してくれるじゃない」
「そりゃそうでしょ。姫様は拾いものしてきては、すぐ傷ませて腹を壊すのですから。それでしたら傷む前にさっさと調理してあなたに安全なものを食べさせたほうがまだマシでしょう」
「暁、あなた過保護って言われない?」
「誰のせいなんですか」
暁は溜息を着いて、夕花姫がもらってきた籠を取り、中身を見た。
貝に、さちが気を遣ったのか魚の日干しまである。どれもこれも、たしかにひとりで食べきれる量ではない上、貝はさっさと火を通さないと傷む。いくらここが国司の屋敷だからといえど、氷室なんて上等なものは存在していなかった。
「……魚鍋でよろしいですか?」
「なんでもいいわ。あなたの料理っておいしいもの」
「わかりました」
「あっ、そうだ。浜風にも食べさせてあげたいんだけれど。よろしい?」
「食事まであの男と取るつもりですか?」
浜風の名前を出した途端に、心底嫌そうな声を上げる暁に、夕花姫は頬を膨らませる。
「あなた、浜風のこと嫌い? さっきから喧嘩ばかりじゃない。あの人記憶喪失なんだから、もうちょっと優しくしてあげなさい」
「俺は姫様のそういうところが心配です。普通にあの男は怪し過ぎますから、お父上から見張りを任されているんですよ、俺は。姫様もそのつもりで接してください」
「気にし過ぎよ。そんなことばかり気にしていたら、生活できないでしょう?」
「……とにかく、俺は姫様があの男に気を向けるのは、反対です」
「はいはい」
暁は憮然とした顔で、夕花姫のもらった籠を持って厨に行くのを見届けてから、今度は浜風のところへと向かっていった。
浜風はというと、またも庭を眺めながら、横笛を吹いていた。
この音色の美しさに、仕事をしていた女房がひとり、またひとりと廊下で足を止めて、うっとりと聞き惚れている。
横笛は元々貴族の、それも男しか嗜まない。国司は芸事がとかく苦手なために歌も楽器もあまり上手くはない上、ここを訪れる貴族たちもお世辞にも芸事が得意とは言い切れなかったため、なおのことこの美しくも儚い音色は稀少価値の高いものであった。
夕花姫もしばらくは黙って彼の笛の音に耳を傾けていた。
庭木は日暮れの光を受けて金色にきらめいている中、流れる切ない旋律。
美しい旋律の中でこのような光景を見ていると、なんだか胸が締め付けられるような想いがする。
最後に余韻を残して曲が終了したところで、浜風は悠然とした態度で振り返った。
「おや、姫君。どうかしたかな?」
「か、からかわないでくれるかしら? 一緒に食事はどうかしらと思ったの。今、暁がつくってくれているのよ?」
「暁が? へえ、この国の侍は料理までできるのかい?」
やはり侍が料理をするのは都でも珍しいんだろうか、と夕花姫はぼんやりと思う。
「暁はちっとも認めたがらないけどね。あの人、私が拾い食いしてお腹を壊すのを見かねて、漁師から魚の捌き方から煮込み方まで学んだらしくって。漁師はほとんど味付けしないから、味付け自体はうちの使用人から学んだらしいんだけどね」
「変わった経歴だね? 過保護というにはやや惜しいけれど」
「そうかしら。とにかく暁の料理おいしいのよ。一度振る舞おうかと思って」
「彼は私が姫君と仲良いと、顔色変えるけど、いいのかい?」
浜風はクスクスと笑って話を向けてくるのに、夕花姫はさっと頬を赤くする。
暁はほとんど笑うことがないし、国司や出張してくる貴族は皆くたびれているため、このように喜怒哀楽のはっきりした男性を近くで見ることがほとんどないのだった。
そもそも物語に書かれるような恋物語は、都や伊勢などで行われるものであり、小国の姫はどんな恋をしているのか、彼女だって知らない。
とにかくからかわれているのだろうと、夕花姫は必死で考えて、口を動かす。
「暁はね、幼馴染なの。ずうっと一緒にいたわ。だからかしらね、あの人私に誰かが近付くと、あからさまに態度が悪くなるの。本当にわかりやすいんだから」
「おやおや。彼は妬いているのかな?」
それに夕花姫はきょとんとする。
幼い頃から一緒にいた夕花姫と暁の仲を勘繰るものは多けれど、特にそのような仲になった覚えがない。
「どうかしら。あの人、私に対しても一線引いているところがあるから、よくわからないわ」
「もし姫君がそう思っているのだったら、私は暁に対して少しばかり同情するけどねえ……そういえば、姫君は。秘密や冒険は好きかな?」
「ええ?」
冒険というと、日頃から漁師や百姓の子たちと洞穴探検をしたり、山の散策を行っているから好きなのだと思う。秘密は小国の姫君の情報なんて、どこからでも漏れるから、そもそもあってないようなものだった。
珍しいものが好き、というのだったら、きっと好みなのだろうと夕花姫は考える。
「多分、好きだと思うけど……?」
「おや疑問形なのかい。まあいいか。漁師の子供たちが歌っていた羽衣について興味があるのだけれど、それをふたりでこっそり探すというのは、秘密の冒険にならないかな?」
「え、ええ…………?」
夕花姫は目を瞬かせた。
暁はあれは昔ばなしだと完全否定していたが、浜風が妙に食いつきのよかった話である。そもそも夕花姫は、子守歌として普通に知っていたが、都から来た人間がそこまで興味を持つ内容とは思ってもみなかったのだ。
都から派遣されてきた貴族だって特に気にしている様子はなかったから、浜風が珍しいんだろうか。
「それ、そんなに面白い話なのかしら……?」
「充分面白いと思うよ。なんたって天女なんて都にはいないからね。だから、羽衣のあるなしはともかく、その話を探ってみるのは好奇心が満たされて面白いと思うよ。その上、姫君がひとりで出歩くのは駄目でも、私と一緒だったら、ひとりにはならないだろう?」
「うーん……そうなのかしら……?」
夕花姫がひとりで歩き回っていると、当然ながら暁から文句を言われるが。一緒に歩く人がいたら、そこまで口うるさくならないような気は……している。
「そうとも。それに私はあなたも実に興味深いからね。ひとりで漁師や百姓の子供にも愛称で呼ばれるほど親しみやすい姫君なんて、私は初めて見たから。つくづくこの国に愛されているねと」
暁の言葉ではないが、浜風は口から先に生まれたのではないかというくらいに、口が上手い。周りに妙齢の男性がいなかったせいで、余計にそう思うのかもしれない。
だんだんと夕花姫が頬に熱を持つ中、空気を変えるように「姫様」と声がかけられた。
簾の向こうから、暁の声が聞こえる。そして温かく食欲をそそる磯のいい匂いが漂ってくる。
「あら、暁。もうできたの?」
「つくれと言ったのはあなたでしょうが。こちらにお持ちしてよろしかったですか?」
「ええ、ええ。さあ浜風。一緒に食べましょう? 暁特製の魚鍋よ」
そう言って簾を巻き上げて暁を部屋に招き入れると、暁はそろそろとお膳を持ってきた。
お膳の上には鉄の鍋。そこの下には炭が赤々と燃え、中身をぐつぐつと煮立たせていた。中にはたっぷりの貝に、魚。野菜。添えられている椀にはこんもりと姫飯《ひめいい》が盛られているが、湯気を出して炊き立てだと教えてくれている。
「これが魚鍋かな?」
「ええ。もらった魚と貝、野菜を、酒に入れて煮立てたのよ。さあ、召し上がれ」
「へえ……」
酒を出汁代わりにし、もらいものを放り込んだだけのものだが、元々貝も日干しも出汁になる。一見手の込んでいるようには思えない料理でも、驚くほどの旨味が味わえる。
木杓子でひと口すくって飲んだ味に、浜風は目を見張った。
「これはこれは……おいしいね」
「でしょう? 貝は新鮮じゃなかったらおいしくないのよねえ」
「姫様、ですから貝の拾い食いはやめろとあれほど」
「もう、ここでそんなこと言う場合じゃなくない!?」
またも夕花姫と暁がギャーギャーと言い合いを繰り広げる中、浜風はしみじみと魚鍋を味わった。
そもそもここで出される食事は魚鍋だけでなく、姫飯まで日常的に出されている。都の貴族ですら、干《ほ》し飯《いい》や雑穀ご飯はよく食すが米だけの姫飯は滅多に食べることができず、そのほっくりとした味わいに満たされるものがあり、貝の旨味が充分に出た魚鍋の出汁の味わいに舌鼓を打つ。貝も干し貝や蒸し貝でなければ滅多に食せるものでもあるまい。
夕花姫は夕花姫で、暁から出された魚鍋を当たり前のように平らげていた。
「おいしい……! やっぱり貝をたくさん食べるとしたら、鍋が一番ね」
「傷むのが嫌ならば、あまり採らなければいいでしょ」
「全部干してしまったら、こんな味にはならないじゃない」
彼女がおいしいおいしいと気持ちよく魚鍋を食べ、姫飯も頬張る中、ふんわりと浜風は笑った。
「まさかこれだけおいしいものが味わえるとは思ってもいなかったからね。なにかお礼をさせてくれると嬉しいな」
浜風はにこやかにそう提案するのを、暁は意外そうなものを見る目で見た。
ふたりがまた喧嘩をするのではないか、また暁が余計なことを言うんじゃないかと思い、夕花姫はハラハラと見守っているが、暁の「……好きにするといい」のひと言で、ひとまずその場は治まった。
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