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戦いの終わり……そして
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鬼は燐火を散らしていたが、それは陰陽師たちにより阻止された。
いよいよ持って彼の首を落とそうとする者たちが躍りかかってくる。
「ふん……どれだけいようとも、関係はないわ……!」
ひとりを大きく蹴り上げ、数人にぶつける。そのまま地面に落ち、血を吐き出したのを、慌てて助けに行く者たちが出る。
その中でも、この中で一番小柄な分なんとか避けきったほのかは、刀を構えて鬼の元に躍りかかった。
「あんたには……あたしの夫を人質にされた恨みがあるから!!」
そのまま首を落とそうとするものの、鬼は刀身を掴んで受け止めようとする。が。なにかぬるりとしたものが付いたことで、鬼は手を離してしまった。
「……なんだ、今のは」
「あたしの夫、あれでも凄腕の術者なのよ。過保護だから、この地に結界を好き勝手弄ったってさ!!」
「……まさか」
陰陽師の邸宅というものは、基本的に土地を測り、龍脈を確認してから風水に則って建てられる。侵入者避けの結界は陰陽師の力だけではそこまで持たないため、基本的に龍脈に流れる気を利用して張り巡らされている。
その結界を突破する際、黒斗は気の流れを横流しし、この場で戦っている者たちにその気が行き届くように書き換えていたのだ。
しかし条件はいくつもある。
ひとつ。まず鬼の懐に到着しなくてはいけない。
ひとつ。鬼に刀に触れさせなければいけない。
ひとつ。黒斗から直接術式をかけられていないといけない。
黒斗は札を術式の使えない朱明の者たちに配布し、一斉攻撃をさせていたのだが。彼らは刀身を鬼に触れさせることなく、腹やあばらを蹴り飛ばされてしまったので、一旦治療に入らなければならない。
そして現状、黒斗の条件を一番満たしていたのがほのかだった。
「あんたの力……一部いただいた」
「……貴様……!!」
ほのかは大きく刀を振る前に、鬼の腹を大きく蹴り飛ばした。そこで彼の足下がふらつく。そして、ほのかはその蹴りの勢いのまま刀を振りかぶって、彼の鉄でも斬るかのように頑丈な腹に刃を当てたのだった・
「ぐうううう……!」
「観念なさい! 異形の王がなんなのか知らないけど……そんなもの起こさせる訳にはいかないの!」」
「……貴様らは、いつまでもいつまでも綺麗事ばかり……!」
「綺麗事のなにが駄目なの!? なにがいけないの!? そんなことばかり言うから、あんたたちは滅んだんでしょうが……!!」
平安の世を守る。その綺麗事を家を守る、血筋を守って陰陽師の血統を守る。その言い訳のために綺麗事を捨てたがために、麒麟の一族はこの国の敵となってしまった。今は拝み屋たちが彼らを駆逐して回っている。
そしてかつていたはずの鬼も、一族を守るという綺麗事は、この国を滅ぼすという復讐心を前に完全に消え去ったようにしか、ほのかには思えなかった。
「あんたたちは……弱い人たちばっかり傷つけて! 自分から綺麗事捨てちゃった癖になに言ってるんだ!!」
「貴様に……二桁ほどしか生きていない貴様になにがわかるというのか……!!」
「わかる訳あるかあ……!!」
そもそも復讐をしたいのならば、弱い者を巻き込まなければよかった。既に復讐は大義名分と化し、その本質は破壊にしかない。
ほのかですら、完全に異形と化してしまったとはいえど、人に手をかけている。それは罪だという自覚がある。が、その罪すら認めぬ者とは、そもそもわかり合うことどころか、話し合いの土俵にも立てない。
ほのかは大きく首を狙う。前は完全に脅されるだけでなにもできなかったが、今は黒斗から大量に術式を刻まれ、体はこの値の龍脈の力で満ち、鬼の動きが見える。
(今なら……仕留められる!!)
そのまま大きく切り倒そうとしたが。それでもなお、鬼は抵抗した。
「まだだ……この地の龍脈は……」
「この地の龍脈、そろそろ汚してもいいだろうか?」
ふいに間延びした声が耳に届いた。飛縁魔のものだった。
そういえば先程から彼女がいないと思ったが。彼女はにこやかに小瓶を持っていた……変若水だ。変若水を持っているのは、目がうつろになってしまっている陰陽師……おそらくは陰陽寮の者だ。彼女は戦う力こそないものの、術式を大量に刻んでいなかったら防げないほどの洗脳の力を持っている。
(やられた……! さっきまでいたのは、囮……どうりで戦っている最中に急に見えなくなったと思ったら。あれは鬼が防戦のために神通力を解いただけだ!)
ほのかはギリッと歯を食いしばったが。
先程から黙っている黒斗は、にやりと笑っている。
「……この戦い、俺たちの勝ちだ」
「……どういうこと?」
「わかる」
黒斗の言葉に、ほのかが首を傾げている中。
飛縁魔は変若水を、鬼は富士の霊薬と人魚の血を、とぼとぼと流しはじめた。
あたりは血のにおいが充満していく。
「……蘇れ、我らが怨念。我らと共にこの国に憎悪を向けき物……蘇れ、八岐大蛇……!!」
それにほのかは唇を噛んだ。
八岐大蛇。かつてこの国で暴れていたとされる幻獣。いろいろ諸説はあるが、その諸説のひとつに、大陸から渡ってきた異形だという説がある。
「どこまで言っても無責任かよ……!!」
ほのかが叫ぶが。陰陽師たちは動じていない。もちろん、この地にずっと札を貼り、式神を飛ばして術式を刻み続けていた黒斗も。
地面が揺れた。それはいつか鬼が神通力により地響きを起こしたときと同じ。だが。
その力はすぐに治まってしまった。
「む?」
「これはいったい?」
異形たちは困惑している。だが、陰陽師たちを代表して黒斗が告げた。
「まだわからないのか? この地の龍脈は、俺たちが掌握した。大方、麒麟の一族や麒麟の一族討伐に来た俺たちの血を生け贄に八岐大蛇を復活させようとしたんだろうが……その儀式が発動しようとしたら、すぐに反転できるように書き換えた」
「……そんなこと、今やってきたばかりだというのに!?」
「たしかに陰陽師の力の一番は、血統だろう。だが、血統だけで陰陽師ができる訳じゃない! 俺たちが培ってきたのは、血だけじゃない。知識だ。知恵だ。本来は、血縁統制だって、術式を次に繋げ、深め、学ぶためのものだったというのに!!」
そもそも、どうして今でもなお陰陽寮が存在し、陰陽師たちが学府で学んでいるのか。そんなもの、知識の継承に他ならない。
青龍の一族は言霊による術式の軽量化の継承。
白虎の一族は式神による術式の強化の継承。
朱雀の一族は魑魅魍魎に打ち勝てるような武術の継承。
玄武の一族は術式を重複させることによる強化の継承。
そして彼らの培った技術は、学府で学んだ拝み屋たちにより継承され、市井にも流れていっている。
血縁統制による力の維持は必要だが、一番大切な知識の継承が途絶えれば、全てが終わる。
彼らは朱明の者たちが暴れている間に、龍脈を乗っ取っていたのである。
麒麟の一族は、異形と予言の維持に固執するあまり、その大義を忘れてしまっていた。
「……貴様ら……!!」
「だから、本当に、いい加減にしろ……!!」
鬼の激高は、朱明の者たちによる串刺しで終わった。ほのかたちが暴れている間に、止血した者たちによるものだった。
鬼が崩れていく。それに飛縁魔は「ちっ……」と舌打ちする。
「……大陸を渡ったというのに、これじゃあ」
「あんたを斬り終わってなかったわよね?」
逃げおおせようとする飛縁魔は、ほのかにより首をはねられた。そのまま落ちるが、やがて崩れ落ちていく。
このおかげで、やっとこの地に静寂が訪れたのだった。
****
「つーかーれーたー……」
瑞樹邸に族滅に出た陰陽師。負傷者は出たものの、死者はゼロで終わったのは本当に運がいい話だった。
南雲をはじめとする拝み屋たちに至っては、初めて国をかけた戦いができると張り切り過ぎたおかげで、死者どころか負傷者ゼロという数字を叩き出した。もしかしたら、拝み屋が陰陽寮よりも力を持つ時代は来るかもしれない。
「でもさ……今までは血縁統制の濃過ぎる結果、異形が生まれていた訳だけど……それらをずっと管理していた瑞樹家が滅んだ場合、もう生まれなくなるのかな……」
ようやく別荘に帰ってきたほのかは、もう湯浴みする気力もなく、浴衣に着替えて布団で転がっていた。黒斗と話し合った末、撫子の側仕えだった凪は連れ帰って使用人たちに預けてきた。彼女の心が安らかになればいいが、傷なんてそう簡単に癒やせるものでもないから、できる限り忙しくすることで、少しでも気持ちを軽くする他あるまい。
手持ちの札が切れたから、新しく札をつくっていた黒斗は「さあな」と返す。
「飛縁魔のように、大陸で陰陽師がいなくなってもなお、ほのかが倒すまで逃げ続けていた異形もいるんだからな。まだ陰陽師が完全に必要なくなるまで時間はかかるだろうさ。それに……五行の一族で空きができてしまった以上、陰陽寮でまた権力闘争がはじまるだろうさ」
「面倒臭いな、じいさんたちは!?」
「そう言うな。現場に出てこないだけありがたい話だろ。命令してくる癖に、口を出してきて金も出さないのは最悪だ」
「それもそうだね」
そもそもが、不老不死の薬に、勝手に人魚を産み出した挙げ句に血を搾っていたなんてことを告げたら、若い陰陽師たちはもっと権限を剥奪されるところだったが、一転して態度を軟化させてきたのだから、しばらくは若い陰陽師たちも自由に活動できるだろう。
やがて、札をつくり終えた黒斗は筆を置いた。
「ほのか」
「なあに、黒斗……」
そのまま灯りを消して覆い被さってきた黒斗に、ほのかは唇を尖らせた。
「あたし、今日は大立ち回りしてきたから疲れてますが」
「知ってるが。今日ほど弱ってるときじゃなかったら、俺が上に乗られるから嫌だ。主導権は俺がいい」
「なにを言ってるのかな、あんたは?」
黒斗もまた唇を尖らせてくる。体力はどう考えてもほのかの方が有り余っているから、疲れているときのほのかでなかったらどうにもならないと、絞め技食らって考えたらしい。
ほのかは溜息をついた。
「まあ……加減してくれるなら」
そう言って体を明け渡した。
いよいよ持って彼の首を落とそうとする者たちが躍りかかってくる。
「ふん……どれだけいようとも、関係はないわ……!」
ひとりを大きく蹴り上げ、数人にぶつける。そのまま地面に落ち、血を吐き出したのを、慌てて助けに行く者たちが出る。
その中でも、この中で一番小柄な分なんとか避けきったほのかは、刀を構えて鬼の元に躍りかかった。
「あんたには……あたしの夫を人質にされた恨みがあるから!!」
そのまま首を落とそうとするものの、鬼は刀身を掴んで受け止めようとする。が。なにかぬるりとしたものが付いたことで、鬼は手を離してしまった。
「……なんだ、今のは」
「あたしの夫、あれでも凄腕の術者なのよ。過保護だから、この地に結界を好き勝手弄ったってさ!!」
「……まさか」
陰陽師の邸宅というものは、基本的に土地を測り、龍脈を確認してから風水に則って建てられる。侵入者避けの結界は陰陽師の力だけではそこまで持たないため、基本的に龍脈に流れる気を利用して張り巡らされている。
その結界を突破する際、黒斗は気の流れを横流しし、この場で戦っている者たちにその気が行き届くように書き換えていたのだ。
しかし条件はいくつもある。
ひとつ。まず鬼の懐に到着しなくてはいけない。
ひとつ。鬼に刀に触れさせなければいけない。
ひとつ。黒斗から直接術式をかけられていないといけない。
黒斗は札を術式の使えない朱明の者たちに配布し、一斉攻撃をさせていたのだが。彼らは刀身を鬼に触れさせることなく、腹やあばらを蹴り飛ばされてしまったので、一旦治療に入らなければならない。
そして現状、黒斗の条件を一番満たしていたのがほのかだった。
「あんたの力……一部いただいた」
「……貴様……!!」
ほのかは大きく刀を振る前に、鬼の腹を大きく蹴り飛ばした。そこで彼の足下がふらつく。そして、ほのかはその蹴りの勢いのまま刀を振りかぶって、彼の鉄でも斬るかのように頑丈な腹に刃を当てたのだった・
「ぐうううう……!」
「観念なさい! 異形の王がなんなのか知らないけど……そんなもの起こさせる訳にはいかないの!」」
「……貴様らは、いつまでもいつまでも綺麗事ばかり……!」
「綺麗事のなにが駄目なの!? なにがいけないの!? そんなことばかり言うから、あんたたちは滅んだんでしょうが……!!」
平安の世を守る。その綺麗事を家を守る、血筋を守って陰陽師の血統を守る。その言い訳のために綺麗事を捨てたがために、麒麟の一族はこの国の敵となってしまった。今は拝み屋たちが彼らを駆逐して回っている。
そしてかつていたはずの鬼も、一族を守るという綺麗事は、この国を滅ぼすという復讐心を前に完全に消え去ったようにしか、ほのかには思えなかった。
「あんたたちは……弱い人たちばっかり傷つけて! 自分から綺麗事捨てちゃった癖になに言ってるんだ!!」
「貴様に……二桁ほどしか生きていない貴様になにがわかるというのか……!!」
「わかる訳あるかあ……!!」
そもそも復讐をしたいのならば、弱い者を巻き込まなければよかった。既に復讐は大義名分と化し、その本質は破壊にしかない。
ほのかですら、完全に異形と化してしまったとはいえど、人に手をかけている。それは罪だという自覚がある。が、その罪すら認めぬ者とは、そもそもわかり合うことどころか、話し合いの土俵にも立てない。
ほのかは大きく首を狙う。前は完全に脅されるだけでなにもできなかったが、今は黒斗から大量に術式を刻まれ、体はこの値の龍脈の力で満ち、鬼の動きが見える。
(今なら……仕留められる!!)
そのまま大きく切り倒そうとしたが。それでもなお、鬼は抵抗した。
「まだだ……この地の龍脈は……」
「この地の龍脈、そろそろ汚してもいいだろうか?」
ふいに間延びした声が耳に届いた。飛縁魔のものだった。
そういえば先程から彼女がいないと思ったが。彼女はにこやかに小瓶を持っていた……変若水だ。変若水を持っているのは、目がうつろになってしまっている陰陽師……おそらくは陰陽寮の者だ。彼女は戦う力こそないものの、術式を大量に刻んでいなかったら防げないほどの洗脳の力を持っている。
(やられた……! さっきまでいたのは、囮……どうりで戦っている最中に急に見えなくなったと思ったら。あれは鬼が防戦のために神通力を解いただけだ!)
ほのかはギリッと歯を食いしばったが。
先程から黙っている黒斗は、にやりと笑っている。
「……この戦い、俺たちの勝ちだ」
「……どういうこと?」
「わかる」
黒斗の言葉に、ほのかが首を傾げている中。
飛縁魔は変若水を、鬼は富士の霊薬と人魚の血を、とぼとぼと流しはじめた。
あたりは血のにおいが充満していく。
「……蘇れ、我らが怨念。我らと共にこの国に憎悪を向けき物……蘇れ、八岐大蛇……!!」
それにほのかは唇を噛んだ。
八岐大蛇。かつてこの国で暴れていたとされる幻獣。いろいろ諸説はあるが、その諸説のひとつに、大陸から渡ってきた異形だという説がある。
「どこまで言っても無責任かよ……!!」
ほのかが叫ぶが。陰陽師たちは動じていない。もちろん、この地にずっと札を貼り、式神を飛ばして術式を刻み続けていた黒斗も。
地面が揺れた。それはいつか鬼が神通力により地響きを起こしたときと同じ。だが。
その力はすぐに治まってしまった。
「む?」
「これはいったい?」
異形たちは困惑している。だが、陰陽師たちを代表して黒斗が告げた。
「まだわからないのか? この地の龍脈は、俺たちが掌握した。大方、麒麟の一族や麒麟の一族討伐に来た俺たちの血を生け贄に八岐大蛇を復活させようとしたんだろうが……その儀式が発動しようとしたら、すぐに反転できるように書き換えた」
「……そんなこと、今やってきたばかりだというのに!?」
「たしかに陰陽師の力の一番は、血統だろう。だが、血統だけで陰陽師ができる訳じゃない! 俺たちが培ってきたのは、血だけじゃない。知識だ。知恵だ。本来は、血縁統制だって、術式を次に繋げ、深め、学ぶためのものだったというのに!!」
そもそも、どうして今でもなお陰陽寮が存在し、陰陽師たちが学府で学んでいるのか。そんなもの、知識の継承に他ならない。
青龍の一族は言霊による術式の軽量化の継承。
白虎の一族は式神による術式の強化の継承。
朱雀の一族は魑魅魍魎に打ち勝てるような武術の継承。
玄武の一族は術式を重複させることによる強化の継承。
そして彼らの培った技術は、学府で学んだ拝み屋たちにより継承され、市井にも流れていっている。
血縁統制による力の維持は必要だが、一番大切な知識の継承が途絶えれば、全てが終わる。
彼らは朱明の者たちが暴れている間に、龍脈を乗っ取っていたのである。
麒麟の一族は、異形と予言の維持に固執するあまり、その大義を忘れてしまっていた。
「……貴様ら……!!」
「だから、本当に、いい加減にしろ……!!」
鬼の激高は、朱明の者たちによる串刺しで終わった。ほのかたちが暴れている間に、止血した者たちによるものだった。
鬼が崩れていく。それに飛縁魔は「ちっ……」と舌打ちする。
「……大陸を渡ったというのに、これじゃあ」
「あんたを斬り終わってなかったわよね?」
逃げおおせようとする飛縁魔は、ほのかにより首をはねられた。そのまま落ちるが、やがて崩れ落ちていく。
このおかげで、やっとこの地に静寂が訪れたのだった。
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「つーかーれーたー……」
瑞樹邸に族滅に出た陰陽師。負傷者は出たものの、死者はゼロで終わったのは本当に運がいい話だった。
南雲をはじめとする拝み屋たちに至っては、初めて国をかけた戦いができると張り切り過ぎたおかげで、死者どころか負傷者ゼロという数字を叩き出した。もしかしたら、拝み屋が陰陽寮よりも力を持つ時代は来るかもしれない。
「でもさ……今までは血縁統制の濃過ぎる結果、異形が生まれていた訳だけど……それらをずっと管理していた瑞樹家が滅んだ場合、もう生まれなくなるのかな……」
ようやく別荘に帰ってきたほのかは、もう湯浴みする気力もなく、浴衣に着替えて布団で転がっていた。黒斗と話し合った末、撫子の側仕えだった凪は連れ帰って使用人たちに預けてきた。彼女の心が安らかになればいいが、傷なんてそう簡単に癒やせるものでもないから、できる限り忙しくすることで、少しでも気持ちを軽くする他あるまい。
手持ちの札が切れたから、新しく札をつくっていた黒斗は「さあな」と返す。
「飛縁魔のように、大陸で陰陽師がいなくなってもなお、ほのかが倒すまで逃げ続けていた異形もいるんだからな。まだ陰陽師が完全に必要なくなるまで時間はかかるだろうさ。それに……五行の一族で空きができてしまった以上、陰陽寮でまた権力闘争がはじまるだろうさ」
「面倒臭いな、じいさんたちは!?」
「そう言うな。現場に出てこないだけありがたい話だろ。命令してくる癖に、口を出してきて金も出さないのは最悪だ」
「それもそうだね」
そもそもが、不老不死の薬に、勝手に人魚を産み出した挙げ句に血を搾っていたなんてことを告げたら、若い陰陽師たちはもっと権限を剥奪されるところだったが、一転して態度を軟化させてきたのだから、しばらくは若い陰陽師たちも自由に活動できるだろう。
やがて、札をつくり終えた黒斗は筆を置いた。
「ほのか」
「なあに、黒斗……」
そのまま灯りを消して覆い被さってきた黒斗に、ほのかは唇を尖らせた。
「あたし、今日は大立ち回りしてきたから疲れてますが」
「知ってるが。今日ほど弱ってるときじゃなかったら、俺が上に乗られるから嫌だ。主導権は俺がいい」
「なにを言ってるのかな、あんたは?」
黒斗もまた唇を尖らせてくる。体力はどう考えてもほのかの方が有り余っているから、疲れているときのほのかでなかったらどうにもならないと、絞め技食らって考えたらしい。
ほのかは溜息をついた。
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