オーパーツ・ディストラクション─君が背負うもの─

石田空

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襲撃

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 本日、晴天。アラートなし。
 午後一番の授業は気怠い。
 和歌子わかこは新任教師のもたついた授業を、あくびを噛み殺しながら受けていた。新任教師になると、どうしても生徒の態度が悪くなる。要は舐められるのだ。
 その中で、彼女は泣きそうになりながらも、スクリーンを教壇の上に吊して、一生懸命教科書の内容をわかりやすく写し出していた。

「オーパーツ災害のことは、皆さんもご存じだと思いますが、これにより、地球の三割は海面上昇による津波、地盤沈下による崩落で被害を受けましたが、日本では直接的な被害を受けることがなく、災害国への援助に尽力することとなりましたが……」

 オーパーツ災害については、今でも年に一度、世界規模で黙祷イベントが開催されるような、どの国の教科書にも書いてある事象である。生まれる前の出来事を、こう何度も何度も聞かされていても、和歌子はそれをどう捉えればいいのかがわからなかった。
 もうオーパーツ災害については、災害というよりも、事故の一種類みたいになってしまい、日常的に起こるものなのだから。
 そう。
 ブーブーブーブーブー
 教室中のスマホというスマホ、端末という端末から、不愉快で耳を突き刺す音が鳴り響いた。アラートだった。

【オーパーツ襲来! オーパーツ襲来! 皆さんはシェルターに避難してください! 外の皆さんは急いで建物の中に逃げてください!】

 新任教師は、泣きそうな顔で悲鳴を上げた。

「み、皆しゃん! 急いで地下に行きますよ! 走らず、慌てず、騒がず、落ちちゅいて……!」

 もう泣いて化粧が崩れているのを見たら、さすがに舐めている教師であったとしても、女子たちが慌てて寄っていく。

「先生、呼吸して! 早く行こう! ねっ!?」

 廊下に出ると、教師たちが慌てて窓のカーテンを閉めて回っているのが見える。私立であったらカーテンではなくシャッターを降ろすのだろうが、公立はいつだって予算不足だ。固いが布のカーテンしかかかっていない。
 廊下は既に避難を開始した生徒たちでごった返し、いつになったら地下にあるシェルターに避難が完了できるかわかったものではなかった。
 和歌子もそこに並んでいたが。ふいに並んでいた友達と会う。

「大袈裟だよねえ……いちいちアラートって」
「そう?」
「そうだよ。今までだってアラートは空振りだったじゃない。うちらの街、全然オーパーツの被害ないしさ」
「うん……」

 話を合わせつつも、和歌子はむずむずとしたものを感じていた。
 今時は友達同士でも住所を教え合う習慣がないために、友達に彼女がどこに住んでいるのか教えていない。
 和歌子はアラートのことは怖くても仕方ないと思って従うしかないが、他の子たちは違うのだ。そのことに、ギシリと重いものを感じていたときだった。
 バリンッ! と強い音が響く。カーテンがなにかに引き裂かれ、耳障りな音を奏でている。その中、ギラリと光った石の破片が、和歌子のほう目がけて飛んできた。

「あ」

 彼女に突き刺さったそれが、彼女を浸食していく。

【痛い】
 【ナニモシラナイクセニスキカッテナコトバカリイウナ】
【痛い】
 【怖い思いも痛い思いもしたことない癖に】
【痛い痛い】
   【クケケケケケケケケケケケケケケケ】
  【痒い痒い】
     【オ母サン オ父サン】

【──私ガ私ジャナクナッテイク】

 和歌子の頭の中は支離滅裂になり、手を挙げようとしても脚が上がり、声を出そうとしても耳鳴りがし、体の信号をでたらめに押されたような、自分の体が自分のものじゃなくなったような、絶望感に囚われた。
 なによりも。だんだん視界が塞がれていくのだ。
 彼女の体に突き刺さった石が、彼女の皮膚という皮膚を覆っていく。制服は破れ、髪が押し込められ、彼女が彼女ではなくなっていく。
 もう、人間とは呼べない──異形としか言い様のないものに成り果ててしまったのだ。

****

【オーパーツ降下反応! 既に浸食済み!】
「こちら……公立長唄高校!? 真壁まかべさん、長唄高校ですよ!」
「聞こえてる」

 バイクが走っている。細い路地を猛スピードで走れば道路交通法に引っかかりそうだが、ふたりは気にすることなくバイクのスピードを上げていた。
 バイクを運転しているのは、全身をライダースーツで覆った男であった。ヘルメットで覆われた顔は怜悧で目つきが鋭く、ナイフを擬人化したと言えば伝わりそうな男であった。その男の後ろに乗っているのは、黒スーツの女であった。パンツルックでヘルメットを被った彼女は、必死に男にしがみつきながらも、胸元に入れている端末で情報を取得していた。
 既に目的の場所が見えてきていた。アラートが鳴ったせいで、近辺住民たちはシェルターに避難が進み、路地には誰ひとり出ていない。
 そして。本来ならば真っ先に避難が進むであろう校舎では、異様な光景が広がっていた。校舎の渡り廊下が割れ、生徒や教師が必死に逃げ回っている。本来ならシェルターに逃げるだろうに、シェルターに行くことができず、逃げ回っているようなのだ。

「これはいったい……」
「知らん。あれだけ暴れ回っていたら、オーパーツがあるのはあそこだろ。出るぞ」
「あっ!」

 真壁と呼ばれた男は、校門の前にバイクを停めると、ヘルメットを女に押しつけた。

長瀬ながせ、さっさと許可を取れ」
「ああ、もう! 報連相は全然してくれないんですからぁ!」

 長瀬と呼ばれた女はそう叫ぶと、慌てて端末でシェルターの場所を特定すると、走りはじめた。いくら国から認められているとはいえど、オーパーツに関する攻撃行為は敷地内のあらゆるものを壊すため、敷地の最高責任者に許可を取ってからでなかったら、たちまちここでの破壊活動の金は宇宙防衛機構に請求される。
 最高責任者が許可を出した場合は、オーパーツ災害保険が降りるために、宇宙防衛機構も学校も困らないのだった。
 長瀬はひいこら言いながらシェルターまで走り抜ける。シェルターの扉を叩き、「宇宙防衛機構です! これからオーパーツ回収作業を開始しますが、許可をいただけませんかっ!?」とひたすら叫ぶ。恐怖で凝り固まった人は、外からの声すらシャットダウンするから困るが。
 扉を開けてくれたのは、ジャージを着た中年男性であった。教師だろうかと長瀬が思っていたら。

「校長、宇宙防衛機構の方です」
「ああ……うちの生徒が……その。オーパーツの浸食受けまして……あの」
「わかりました! 生徒さんは必ず助けますから!」
「……これ、マスコミが介入しますか? 生徒が異形になって暴力事件起こしてるって……」
「オーパーツ災害は災害ですから。誰も悪くはありませんよ。それでは」

 長瀬は内心「クソじじいが。保身かよ」と毒づいたが、口に出すことはなかった。代わりに胸元に入れていた端末に声をかける。

「真壁さん、許可降りました。作業オッケーです」
【了解。こちらも浸食者を特定した】
「そちら、生徒や教師の犠牲は?」
【死んじゃいねえ。ただ生徒四人、教師ふたり軽傷で転がってる】
「……了解しました。異形体は?」
【深度2。まだ摘出すれば助かる】
「わかりました……救急車手配します」

 そこで沈黙が流れたが、いつものことなので長瀬は放置する。本部に「負傷者確認しました……」と負傷者の報告と救急車の手配の連絡をした。
 オーパーツ回収は、真壁の仕事なのだから。

****

 真壁が向かった先には、生徒があらぬ方向に体を曲げて倒れていた。

「おい、なにがあった?」

 頭を打っていても、まだ意識のある生徒に声をかけると、生徒は脅えたように声を上げる。

「化け物が……」
「異形体か。で?」
「化け物が、暴れて……なんかバリア張りまくって、シェルターに辿り着けなくって……先生とか一階にいた生徒とかしか、シェルターに到着できなくって……」
「なるほど。わかった。そこ転がっとけ。もうちょっとしたら救急車が来る」

 情報収集をするだけして、真壁は生徒を転がしたまま、目的の方角を見た。
 たしかに。生徒が言った通りバリア……マンガやアニメに出てくるような、薄くて透明な障壁があちこちに張り巡らされていた。
 おおかた一部の生徒があらぬ方向に体を曲げて倒れていたのも、障壁にぶつかった衝撃だろう。

(障壁は……当たるとまずいのか、それとも当たる直前に衝撃を反射させるのか……)

 どのみち障壁を突破しないことには、異形体になった生徒からオーパーツを回収することはできない。
 そこまで考えてから、真壁は手袋を外して、ライダースーツのポケットの中に無理矢理ねじ込んだ。手からドロリと彼の体液がこぼれる。
 汗と呼ぶには粘りがあり、血と呼ぶには色がない。
 その体液が、校舎のコンクリートを蕩かせていく中、その体液を試しに障壁に振りかけると、その障壁は「ジュッ」と音を立てて穴をつくった。それを真壁は鼻で笑った。

「なんだ、ただのこけおどしか」

 そう言いながら、迷わず障壁を溶かしはじめた。
 その奥で、シクシク泣いている声を耳にする。

「痛い」
 「ナニモシラナイクセニ」
「痛い痛い」
 「ウルサイキエロ」
「痛い痛い痛い」
   「アタラシイカラダ!」

 声は痛がって泣いている少女の声と一緒に、機械的なノイズ混じりの声がまるでぴったりと寄り添うように出ている。
 そして奇声を上げ、あちこちに障壁を出しまくったのは、明らかに人間の姿をしていなかった。表面はツルリとした鉱石で覆われ、手足は太く、目はない。それに真壁は「なるほど……」と言いながら彼女に掌を向けた。

「とっとと出て行け、オーパーツ」

 彼がどろりと粘液を射出した。途端に異形は悲鳴を上げる。

「ナニスルノ!? イタイ!」
「うるせえ、とっとと出てけ」

 真壁の胸ポケットに突っ込んでいる端末は【浸食レベル硬直状態。深度は2のままです】と報告をする。オーパーツが突き刺さった生徒は、まだ浸食されきっていないから、まだ助かる。
 表面を溶かすと、異形は必死の抵抗で障壁を作り出す。ぶつかれば痛くて人体を損傷させるそれも、溶かせば飴細工と同じ。彼は迷わず体液を霧状にして噴射し、障壁を蕩かせて突破したのだ。そして霧状に異形に振りかける。

「とっとと出て行け」
「ヒッ……ヒイッ……!!」

 蕩けた鉱石を無理矢理手で引きちぎると、たしかに人間の皮膚があった。そして人間の首筋の部分。そこに突き刺さった欠片が、彼女から抜け出て逃亡しようとしたが。それより早く霧を噴射し、動きを止めた。
 真壁はそれを抜き取ると、当然ながら生徒は血を噴き出す。が、なんとかその血は止まった。欠片を黙って首にかけていたロケットの中に押し込むと蓋をした。
 そこまでやって、やっと長瀬が到着した。長瀬のヘルメットは普段は半帽ヘルメットだが、真壁の仕事後はいつもフルフェイスだ。

「あと二十分で救急車到着します! ……もう! また素手でオーパーツ引っこ抜いたでしょう!? 生徒さんが火傷してしまいます!」
「知るか。オーパーツを突き刺すのが悪い」
「誰だって首にオーパーツ突き刺したくなんてないですよ! ごめんなさいね、すぐ応急処置しますから!」

 長瀬は慌てて手持ちのペットボトルの水で、生徒の首筋を洗いはじめた。それを真壁は「ふん」と言って手袋を嵌める。

 オーパーツ災害は、既に日常となっている。
 どこかの街でオーパーツが襲来し、誰かがオーパーツに浸食されている。
 そのたびに、宇宙防衛機構が現場に急行し、オーパーツを回収していく。このいたちごっこの状態を、かれこれ三十年続けているのが、現代であった。
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